平凡な自分から、特別な君へ

暇神

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母親、襲来する。

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 偽物だ。

 幸せとは何だろう。
 あの学生も、あのサラリーマンも、あのコンビニ店員も、全員が幸せを感じているだろう。だが、それは紀元前の人間も感じていたであろう、混じりっけの無い、純粋な幸せと呼べるのだろうか。
 『幸せになりたいからこうする』と言った、幸せになる為の行動によって手に入る幸せに、如何程の勝ちがあるだろうか。幸せとは元来、『あれがやりたいからやる』のような、手段を目的に置いた行動によって得られる、達成感のような物ではなかったのか。
 承認欲求を満たす為の行動。それ自体は健全な事だ。欲を抑え、何もしない事の方が不健全だ。ただ、何かが違うと、そう感じてしまう。偽物だと、考えてしまう。
 だが、俺自身はどうだろう。他人に流されるだけの、心地良いだけの人生。それで満足できる程、俺は欲が無かっただろうか。偽物だと笑う俺が、一番の偽物信者かも知れない。
 ただ、俺はそれでも良いと思える、理由を見つけた。

 七海と居たい。それだけで、俺は行動できる。

 あれから、二か月が過ぎた。春の訪れを感じる程度には温かくなった。厚く着込んでいた服は薄くなり、人々は嬉しそうに外に出る。

 しかし、俺にとって最も重要なのは、別の事だ。
 明日は、俺がここに来て丁度一年の日。初めて七海と会った日。思えばあっという間だった。あの喫茶店に行って、樫の木古本屋に行って、仙台、千葉、果ては長野まで行った。これらは全て、七海の影響による物だ。
 俺は七海が好きだ。もうどうしようも無く、七海が好きだ。その気持ちに気付いてから二か月経つが、俺は一向に行動できていない。
 だが、それもここまでにする。俺は明日、七海にこの気持ちを打ち明ける。
 正直、凄く怖い。今の関係が崩れてしまうのではないか。もう二度と、あの無邪気な笑顔を向けてくれなくなるのではないか。そう考えるとぞっとする。もし告白してそうなったら、俺は一生後悔するだろう。
 しかし、告白しない方が、明らかに後悔は深い物になる。恐らく、一生引き摺る。だから、少しでも後悔の少ない方へ、希望がある方へ、俺は進む。そうした方が、楽しそうだ。
 恋愛経験が無かった俺は、陽太にアドバイスを頼んだ。豊富ではないが経験はある陽太に助言を頼み、どうすれば気持ちが伝わり易いかを聞いた。
 ただ、帰って来た答えは「やりたいようにやれ。それが一番だ」だった。これだけで一体どうすれば良いと言うのか。
 いや、俺は俺のやり方でやるしか無いのだ。当たって砕けろの精神ではないが、俺が一番嬉しい行動を取ろう。
 七海から、明日は一緒に外出しないかと誘われている。チャンスがあるとするならば、間違い無くそこだろう。俺はそこに向けて、何か贈り物をしようと考えている。
「いや、それでなんでウチに来るの?」
「そう言わないでくれ茜。ここには読書をしに来ただけなんだ」
 俺は樫の木古本屋に来ている。理由は、まあ読書の為だ。茜は結構気安い友人だし、ここは落ち着く。考え事をするにも読書をするにも、ここが一番良い。
「ま、私にとって亮太さんは、近所のお兄さんみたいな物だしね。頼られるのは悪い気しないし。でも、マスターさんとやらじゃダメなの?」
「あの人を頼るのは何か癪だしな。それに、七海にバレる心配がある。サプライズっての、一回やってみたいんだ」
「人生初の告白に、『やってみたい』で行動できるの凄いね」
「人間のあるべき姿さ」
 しかし、肝心の贈り物が決まっていない。持ち運びが簡単で、形が崩れにくい物となれば、中々難しい。花束は大きさ的に無理。手紙は内容が上手く書けない。高い物は金銭面で断念。言葉だけという選択肢もあるが、物をプレゼントしてこそのサプライズだと考えているので、これも却下。
 さあてどうしよう。俺は小説から顔を離し、本に囲まれた周囲を見渡す。何か良いアイデアは無いか、考えを巡らせる。
「そうだ。本のプレゼントはどうだろうか。恋愛小説のプレゼントだ」
「お、良いですね。七海さんとやらは本も読むんですか?」
「まあ、ちょくちょく読むらしい。少なくとも嫌いではない筈だ」
 うん。我ながら悪くないアイデアだと思う。正直、告白で小説手渡しはどうなのかとも思うが、ジャンルが恋愛系だし大丈夫だろう。
 そうと決まれば、後は渡す本だけだ。幸いな事に、ここは古本屋。安くて面白い本があるし、今ならここで働いている人も居る。これは活用する他手は無い。
「てな訳で、オススメの恋愛小説を教えてくれ」
「は~い」
 そして茜は、レジカウンターの内側から、三冊の本を取り出した。まさか中に大量の小説があるのか?ちょっと気になるな。
「恋愛小説なら、この三冊がオススメですよ。ま、一回目を通してみてください」
「ありがとう。助かるわ」
 俺はそれらを読み始める。集中して読んで、一、二時間のペースで読み続ける。ラッキーな事に、今日は一日空きがある。今はまだ午前中だし、三冊全部読む事も可能だろう。
 そんな感じで、俺は午前中だけで、一冊目を読み終わった。面白かったが、渡すには微妙かも知れない。最終的には、主人公とヒロインは結ばれるが、そこに至るまでの紆余曲折がキツ過ぎる。なるべく読み易い方が好ましい。
「ふう……」
「亮太さんって、一冊小説読み終えた時、スッキリしたような顔しますよね」
「『読んだ』って実感と、『面白かった』って満足感が同時に来る訳だから、良い気分になるんだよ」
 そう言えば、少し腹が減った。一旦店を出て、どこかで軽食を食おう。後二冊は、もう一度ここに戻ってから。
「あ、おばあちゃん」
「やあ茜。そろそろお昼だよ」
 その声がした先には、秋原祥子先生が居た。秋原祥子先生はここの店長であり、茜の祖母に当たるらしい。二人はかなり仲が良いらしく、素敵な家族だと思う。
「おや、渦巻きの小僧まで居るのかい」
「はい。お邪魔してます」
 秋原祥子先生は、何故か俺を『渦巻きの小僧』と呼ぶ。どういう意味なのかは分からないが、作家は独特の感性を持つ者らしい。きっと、俺が察する事のできない所に、何か意味があるのだろう。
「丁度良いや。アンタも飯食っていきな」
「え。でも俺今何も……」
「構わんさ。常連のよしみってやつさ。気にせず上がんな」
 俺はその言葉に従い、この店の奥のスペースに行く。この店の奥には、普通に生活可能なスペースがある。キッチンとかトイレとか、浴室や居間まである。茜曰く、秋原祥子先生はここに住んでいるらしい。
 居間には既に、焼き魚と漬物が置いてあった。良い匂いがする。
「待ってな。今アンタの分の皿も持って来るから」
「え、でもこれじゃあ先生の分が……」
「老人はあんま量食えないのさ。アンタは若いんだから、しっかり食いな」
 そう言ってくれるなら、ありがたく頂こう。旨そうだし、頂けるなら頂きたい。
 秋原祥子先生が皿を持って来ると、茜は早速座布団に座り、「いただきます」と言った。俺も続けて「いただきます」と言い、用意されたご飯を食べ始める。
 しっかり日が通った鮭は、ふっくらしてて旨い。ご飯が進む味付けだ。漬物もしっかり付けられていて、しょっぱいけど、少し甘い。
 俺は飯を食べ終わると、「ごちそうさまでした」と言って、手を合わせる。この所作の意味は忘れたが、形式だけでもやっておこう。きっと何かのメッセージが込められているのだ。
「ありがとうございます。ご飯まで貰っちゃって」
「良いってことよ。孫と仲良くしてくれてる礼とでも思ってくんな」
 やっぱり、俺の周りには良い人が多いな。こんな恵まれた環境も中々珍しい。嬉しい事だ。
 俺は店の方へ戻り、残り二冊の小説へ手を伸ばす。
 二冊目。これは結構分かり易い話だった。主人公とヒロインの、甘酸っぱい青春の話だ。行事や学校内での触れ合いを通して、二人の距離が段々と近づいて行き、最終的にくっつくという、まあ良い話だ。
 しかし、話としてありきたり過ぎる上、あまり面白くなかった。文が詰まらないという程でもないが、あまり引き込まれない。これでは駄目だ。次行こう次。
 三冊目。これは満足の行く作品だった。話もそこそこに分かり易く、文も良かった。リアリティもあって、でもフィクションな話だった。
 主人公は、ある日ヒロインと出会う。体に障害を抱える彼女と関わる内に、内罰的な主人公が段々前向きななる話だ。体が不自由な彼女に向かって、主人公が愛を叫ぶシーンは凄く良かった。
 これにしよう。これに決めた。そう決めた頃には、日も傾いてきていた。そろそろ帰ろうか。いや、もう少しここに居よう。文庫本であればもう一冊位読めるだろう。俺は椅子から立ち上がり、恋愛小説の棚に向き合った。目に留まった一冊を抜き出し、再び椅子に座ってから、俺は小説を開く。
 その本は、病弱な主人公と、余命宣告をされたヒロインの話だった。間違い無く先に死んでしまう彼女に想いを募らせる主人公と、そんな彼への想いを必死に隠すヒロインの、泣きそうになる程感動する話だった。
 まあ、贈り物に死にネタはアウトだろう。これはこれで買うが、七海への贈り物はさっきの本で決まりだ。
 そうと決まればレジへ直行だ。俺はそれらの二冊をレジに居る茜に渡した。
「お、これに決めたんですか。あれ?こっちの本は?」
「気に入ったから買った。贈り物には茜が紹介してくれた奴を送るよ」
 茜は「光栄ですね」と笑った。そして早々と勘定を済ませ、俺にそれらの二冊を渡した。
「告白、オッケーしてもらえると良いですね」
「ま、頑張るよ」
 俺は二冊の本が入ったバッグを背負い、店を出た。もう暗くなっている外には、少し人が見える。空に星は見えないが、地上はまるで一つの巨大な発光体のように輝いている。
 俺は一人で夜道を歩く。静かな道は退屈で寂しかったが、明日の事を考えると、自然と足が弾んだ。七海へ『好きだ』と伝える日でもある訳だから、少しワクワクする。

 それから、俺は弾む足取りのまま、アパートに帰った。明日は早い訳でもないが、今日は早めに寝ようと思った。
 しかし、自分の部屋の扉の前に居る人物に、俺は背筋が凍った。いやまさか、そんな訳が無い。そんな事が、あって良い筈が無い。
 その人物は俺に気が付くと、満面の笑みでこっちに手を振った。

「あ!亮太!何やってんの!早く戸開けて頂戴!」

 アレは俺の母親、海田明子かいだあきこ。俺がこの世で、最も嫌いな物だ。

 俺の母親は、とんでもない人だった。見目は麗しかったが、性格はそれに反比例しているかのように悪かった。俺達兄弟に、平気で暴力を振るい、気に入らない事があると、すぐに俺達や父さんに当たった。よく父さんの居ない時を見計らって、家に男を連れ込んだ。
 俺は母親に似たこの顔が、俺にあの母親の血が流れている事を意識させ、嫌いだ。
 父さんは、欲が無い人だった。自分の妻には何も望まず、それどころか献身的に尽くした。妻が男を連れ込んでいる事を知っていても、何も言わなかった。妻に捨てられたくないのか、ずっと尽くし続け、体を壊した。
 父は好きだったが、ああはなりたくなかった。強欲に生きてやろうと誓った。
 俺達は、父さんに愛されていたと思う。俺も奏多も、学校には通わせてもらえた。俺はその援助を受けて、大学進学できた。
 俺は、少しでもあの母親から離れたかった。あのまま母親と暮らしていたなら、俺は死んでいただろう。
 もう二度と関わりたくなかった。あの顔を見ただけで、俺は鳥肌が立つ。

 頼むから、もう俺に関わらないでくれ。

 俺は母親の言う通り、アパートの扉を開いた。母親は、まるでそうするのが当然だと言わんばかりに、一つしか無い座布団にドカッと座った。
「何やってんの!早く夕食用意して!」
 俺はその言葉に従い、さっさと夕食を用意した。せめてもの嫌がらせのつもりで、俺は賞味期限が近い物だけで飯を作ってやった。味は何も変わらないだろうが、やってやりたかった。
 少し震える手で作った飯は、いつもと同じ出来だった。俺がそれを持って行くと、母親は「遅い!」と怒鳴り始めた。
「何やってんの!アンタねえ!もっと作り置きとかやんなさいよ!アタシが来た時、何でもパッと出せるようにしときなさい!」
 煩いな。そう思うなら「手伝おう」位言えよ。
 俺は黙ったまま冷たい床に座り、「いただきます」と呟いた。同じ言葉の筈なのに、この町で言ったどの「いただきます」より、冷たい言葉だった。メッセージが無い言葉は、少し冷たく感じるらしい。
 母親はその言葉も無く、飯と米を口に運ぶ。
「何これ。まっずいわねえ。母親にこんなもの食べさせるとか、アンタ何やってんの」
 少しは静かにしろよ。そんな文句言う位なら食うな。
 母親は辺りを見回して、何かを見つけたように怒鳴る。
「掃除も行き届いてないし!何やってんの!ここに埃あるわよ!ばっちいわねえ!」
 何様だ。急に来ておいて何を言ってるんだ。文句言うなよ。
 母親は俺ではないどこかの方向を向いて、目を閉じた状態で文句を垂れている。
「アンタはいっつも不愛想だし!奏多は高校に行きもしないでずっと遊んでるし!」
 もっと静かにしろよ。俺達がどう生きようと俺達の勝手だろ。口出しするなよ。
 俺は罵倒の言葉に耐えながら、黙々と飯を食う。
「自慢できる事なんてひとっつも無い!邪魔なばっかりの息子を持って、アタシは不幸者だわ!」
 そうかいそうかい。アンタがそうなるような家庭を作ったんだろうが。自業自得だ。
 俺は、罵倒の言葉に耐えながら、黙々と飯を食う。
「アンタらも、子供なら子供らしく、親に仕送りでもしなさいよ!ったく使えないわねえ!」
 何がしたいんだよ。俺はアンタの財布でも銀行でもないんだ。金をやる義理も義務も無い。
 俺は、罵倒の言葉に耐えながら、黙々と、飯を食う。
「アンタらの親父も使えないし!ほんっと邪魔だわ!」
 黙れよ。アンタの夫だろうが。そう思うならさっさと離婚しろよ。
 俺は、罵倒の言葉に耐えながら、黙々と、飯を、食う。
「親子揃って役立たずとか、ほんっと碌な血じゃないわね!」
 それをアンタが言うのか。俺達には半分アンタの血が流れてんだ。役立たずになったならそのせいだね。
 俺は、罵倒の言葉に、耐えながら、黙々と、飯を、食う。
「アンタらが居なけりゃ、アタシはもっと自由だった!アンタらのせいで、アタシはこうなった!」
 そんな訳が無いだろ。これはアンタの性分の問題だ。俺達のせいにするな。
 俺は、罵倒の、言葉に、耐えながら、黙々と、飯を、食う。

「アンタらなんか、産まなきゃ良かった!」

 その瞬間、腹の底から力が湧いて出て来た。俺はその力に任せ、母親とすら呼びたくないソレを、アパートの外へ押し出し、鍵を掛けた。外でまだ何か騒いでいるが、俺はアレが何を言っているのかを聞き取れなかった。
 そして、途轍もない吐き気が顔を出した。俺はトイレに駆け込むと、そこに胃の内容物を吐き出した。アレが箸を付けた物が体の中にある事が、どうしようもなく嫌だった。
 何もかも吐き出し、もう殆ど胃液しか出ないようになっても、俺はそれを吐き出し続けた。気持ち悪かった。あの言葉が、あの吐息が、あの色でさえ気色悪い。それら全てを忘れたくて、俺は胃の中身を吐き出し続けた。
 体力も無くなり、俺はトイレから出た。口の中をすすぎ、何とか気分を落ち着かせようとする。効果は無かった。
 俺はそのまま、安いアパートの床に、倒れるように寝転んだ。気分が悪い。何もしたくない。体を起き上がらせるのも億劫になる。
 それでも、嫌悪感は体に張り付いている。アレが居た筈のこの空間が、どうしようも無く気色悪かった。俺はフラフラと立ち上がり、ドアの方へ向かう。もうアレの気配はしない。俺はそのドアを開け、外に出た。鍵を閉め、覚束ない足取りで、町へ出て行く。
 この時間でも、東京は輝いていた。表通りまで行くと、駅に向かう人々が見られた。俺はその中に紛れず、目的も無く歩き続けた。どこに行きたいとか、何をしたいとか、そういう目的は、一切無かった。ただ、あのアパートに帰りたくなかった。
 歩き続いていると、見覚えのある道に来ている事に気が付いた。俺はその道を辿ると、一軒の建物に辿り着いた。看板が下げられていないその建物は、七海との待ち合わせ場所にしていた喫茶店だった。
 中はまだ明るい。まだマスターが店を開いているらしい。誰か居るのだろうか。居ても構わない。俺は扉を開き、店の中に入った。
「でねえ!?その時八神くんがねえ!?」
「ほうほうほうほう」
 店の中では、客らしき女性とマスターが談笑していた。マスターは俺に気が付くと、何も言わず、席に案内してくれた。俺は席に着くと、肩の力が少し抜けるのを感じた。やはりここは落ち着く。少し気分が良い。
 それから暫くして、お客の女性が店を出ると、マスターは俺が座っている席に、一杯のコーヒーを置いた。
「何があったかは知らないけど、これ飲んで落ち着きな。酷い顔だ」
 そう言って、マスターは店の奥へ引っ込んだ。俺はコーヒーを一口飲む。砂糖とミルクで甘くなっていた。
 俺はそれを全て飲み、一度机に突っ伏した。
 疲れた。何故だか知らないが、俺はとても疲れている。あの母親に反抗するのは、昔からやりたかった事の筈なのに、何故だか虚しい。疲れたとしか感じない。
 俺はそのまま、時間が過ぎるのを待った。待っていれば、自然と大丈夫になるから。そうしていれば、俺は楽だったから。
 何も考えない。何もしない。何も欲しない。今は、時間が過ぎてくれればそれで良い。
 俺はそこで、多分寝た。多分という表現になったのは、俺の感覚的には時間が経っていないのに、時計の時間は過ぎてしたからだ。
 目が覚めた理由は、誰かが店に来た事を知らせる、鈴の音が鳴ったからだ。俺は顔だけをそっちに向けて、誰が来たのかを確認する。
 ぼやける視界の中で、肩で息をしている彼女の姿を捉えた時、俺は大きく目を見開いた。

「やっと……着いた」

 そこには、七海が立っていた。
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