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ウエスタンな異世界
新しい旅仲間
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「「カンパーイ!」」
「いやー!本当にありがとね!」
「いやいや、人として当たり前のことをしたまでっすわ!」
「うんうん!」
「本当ヨイチ達は親切なのね!」
「いやー!それほどでもー!!」
「にーちゃんデレデレすんなよ!」
「なにぉう!?」
「「……エビ!カニ!タコ!フゥー!!」」
「何それ!あははは!!」
「あはっはっはっはっは!」
「あはははは!」
と、兄弟達は気分良く高らかに笑い声を上げていた。
「あははは……あの人も来ればよかったのになー!」
「そやなぁ、あの人色々忙しいみたいやしな」
「そう……残念ね」
事件から五日後、兄弟は延期されてしまった祭りを待つために、図々しくもリーチェの家にお邪魔させて貰っていた。
「いやぁ、悪いなぁ、こんないいお家に泊めて貰ってなぁ」
「いいのいいの!どうせ部屋が多すぎて困ってたの!」
と、言いながらリーチェは兄与一にジュースを並々と注ごうとした。
「いやー!それぐらい自分でやるからええよ!」
「いいのいいの!お客さんは黙ってもてなされてて!」
「いやいや!」
「いやいやいやいや!」
と、笑い合いながら話し合っていたが、弟俊明が、
「明日のレースどーすんの?」
と、終わらないこの話に終止符を打つため、話題を変えようとした。
「んー、五日間のうちに細かい調整も出来たし、知り合いの男の子も戻ってきてるからその子と出ようかなぁって……」
そう言ってリーチェはグラスに入ったブドウジュースを一気に飲み干した。
「もちろん、お祭り参加してくれるよね?」
兄弟は顔を見合わせた。
「せやな、町の人たちからお礼のお金貰ったし、せっかくし楽しもっかなぁって思とる」
「そっか!ここら辺でもかなりおっきなお祭りだからきっと楽しいものになるよ!」
と言って、リーチェは天真爛漫な笑顔を見せた。
「そうさねぇ、アンタ達も楽しむ時は楽しみなさい」
と、同じテーブルで食べていたお婆さんもナイフを動かしながらそう言い、
「色々出店も出たりしとるしのぉ」
と、おじさんも続けてそう言った。
「はい!ぜひ回らせていただきます!」
と、兄は笑顔でそう言った。
それを見て、リーチェ家族は全員微笑んだ。
そして、その後、食事が終わった後、兄は部屋に付けられていた窓から外に出て町の外れの森まで出かけていた。
「うえをむぅいて、あーるこぉぉ、はーじめてあるくみちのうえぇを……」
と、歌を口ずさみながら森の中を歩いていた。
そして、周りから人気が消えたことを確認して、唐突に手にバイオリンを作り出した。
そして、
ギギギギギ!!
と、凄まじく耳障りな音を立ててバイオリンを兄は演奏した。
「……違うか」
色々試行錯誤して、兄はバイオリンの練習をしていた。
「……スッゲェ下手くそだな、お前」
「いつから見てたんすか?」
兄は木の上でボロボロの貫頭衣のまま、木の上でギリギリ(何がとは言わないが)見えない角度から裸足の足をプラプラさせていたロキに見上げることなくそう言った。
「さぁ?」
ロキはそれだけ言うと、木から飛び降りた。
着地する瞬間貫頭衣がフワッとなって丸見えになっていたが、兄は後ろを向いていた為なにも見えていなかった。
「貸してみろ」
ロキはそう言ってヨイチに向けて手を差し出した。
「……」
ヨイチは黙ってバイオリンを渡した。
「………」
ロキは目を閉じ、バイオリンを優しく弾き始めた。
その音色は森の木々の枝の間から漏れる月光がごとくだった。
ただし、ヨイチはただうまいなぁと、だけしか感じていなかった。
「……どうだ?」
「いやぁ、さすが神さま、うまいっすね」
「感想それだけって舐めてんのか」
ロキはグッと握りこぶしを兄に向けた。
兄はブンブンと首を横に振った。
「……冗談だ」
ロキはそう言って悪戯っぽく笑った。
「……」
兄は非常に面白い表情を浮かべながら、ロキからバイオリンを返して貰っていた。
そして、もう一度構えて、
「………」
体全体の力を抜いて、優しく優しくバイオリンを演奏し始めた。
初めは、ただ音を並べているだけだったが、徐々に演奏しているっぽく聞こえてきた。
が、
「にーちゃん下手くそやわ」
ビクッ!
と、肩をはね上がらせた兄は凄まじい顔で後ろを振り返った。
「なんでこいなところにおるんじゃ?としあきぃ?」
「部屋におらんかったからじゃボケ、これからどーするかはなそーおもーてたら消えてたからよぉ」
「なんでわかったんじゃ?」
「ヘタッピでクッソうるさい音が聞こえてきたからなんやと思ったら、ヨイチがおったんや」
「へぇ、町から結構離れてんのにかぁ?」
「またゴブリン探しに行って森に入ってんのかと思うてたんじゃボケェ!」
「そっか!心配かけたな!カス!」
「お前ら喧嘩してんのかしてねぇのかハッキリしろ!」
「「してる(ない)!」」
「「……アレ?」」
兄と弟は顔を見合わせて、しばらく黙り込んだのち、
「「……イエー!エビ!カニ!タコ!フゥー!!」」
と、二人で謎の儀式を始めた。
「いい加減それなんなんだ?」
「「ノリ」」
全くの同時の即答だった。
「お前らなぁ……」
ロキは呆れた目で兄弟を見た。
「そんな目で見られてもなぁ……」
兄は頭をバリバリと掻くと、バイオリンを元の服の一部に戻した。
「……はぁ、あいつの件だがな、何とか人前に出しても大丈夫と言う結論が出たから、お前らの旅行について行くことになったらしい」
「……これって旅行じゃなくてツアー……」
「やめろ、私もわかってる、お前らが言いたい事もわかる……私も正直ストレスで胃がマッハなんだ……」
「あらぁ……」
「にーちゃん、ここでオネェ出さんといてくれる?」
「オネェちゃうしー」
「ウゥ……胃が……」
「……ごめん」
兄は凄く痛そうにお腹を抑えている、ロキを見て素直に頭を下げた。
「おう……かまわねぇよ……はぁ……じゃあ来てくれ」
ロキがそう言うと、空から光が降ってきてそこに男がスーパーヒーロ着地で現れた。
「……見たらわかる膝痛いやつやん……」
「やろうなぁ」
「おまえらぁ……」
ロキの髪がユラァと揺らぐのを見て、二人は苦笑いを浮かべて男に声をかけた。
「で?元王冠ゴブリン、俺らの旅についてきてどうするつもりやぁ?」
「………」
兄は腕を組んで値踏みするかのごとく、上から目線でそう言った。
「……」
元王冠ゴブリンは黙ったままだった。
「……なぁ、なんか言わへんの?」
兄は元王冠ゴブリンこと、褐色の男を触ろうと肩は手を伸ばすと、男はいきなり兄に殴りかかった。
ガキィン!
と、凄まじい金属音が聞こえ、兄が男を触手で組み伏せた。
「あっぶ!やっぱこいつやっといた方が…」
「ふはははは!」
と、兄が触手の先を尖らせていると、男が急に高笑いを始めた。
「流石我の命を消しとばした奴よ!褒めてつかわす!」
「……は?」
「さぁ!その手を退き感涙に咽び泣くとい……!」
ゴシャッ!
と、兄はその顔を地面に埋めると、
「やっぱあいつあかんのちゃうん!?」
と、後ろ指さしてそう叫んだ。
「そう言うな……私だってそうしたいわ……!」
「無理なん?」
「上の人が『あぁん?そんなおもろそうなやつ誰が殺すかぁ!』ってよぉ……」
「「あぁ……」」
お腹を抑えながら頭を抱えると言う、奇妙な行動をしているロキを兄弟は心底道場の眼差しで見ていた。
「……そいつを起こしてやれ……」
「あい……」
兄は嫌々ながらも男の頭を、地面から引っこ抜いた。
「……はっ!?我は一体何を……はっ!きっ!貴様ぁ!」
「………」
兄はこの時の心情をこう語った。
「こいつ絶対アホの子だなって思いました」
男はプンスコと頭から湯気を出しながら、兄に起こった。
「高貴なるものの頭を地に突っ込むとは!そして更に芋のごとく引っこ抜くとは!」
ゴッシャァ!
「今度は体まで刺さってやがんの……キレられても、俺しーらね」
弟はそう言いながらも笑いながら、男を突っつき回していた。
「だってムカつくもん!」
「今のお前の言葉の方が百倍ムカつくぞ」
ロキが冷静なツッコミを入れて、男の体を引っこ抜いた。
「おい」
ペシと、ロキは男の顔を叩いた。
「む……うむ、起こしてくれ、体に力が入らん……」
「しゃーねーなぁ……よっと!」
ロキは自分よりも身長が高い男をフワフワしながら引っ張り起こした。
その際、男はロキの殆どフラットな胸をガン見して、
「やはり無いな」
ゴッシャァァァァァ!!
ロキは男を地下深くに生き埋めにするかのごとく、杖を振って男を地面に突っ込んだ。
「ふぅ……ふぅ……お前らもそう思ってんのか?あ?」
「いっ……!」
「ひっ……!」
兄はドン引きした顔で、弟はガチで怖がっている表情でそれぞれ声をあげた。
「どうなんだ?答えてみろよ……ん?」
「……いや、な、なぁ!?にーちゃん……!?」
どーにかしろと言う弟の目線を兄は感じながらも、数秒後、
「無いのは無いと思う」
「あ"?」
「よいちぃ!?」
「ただ、有る無しで人の価値って決まるとは俺は思わないっすよ?有るには有るの、無いには無いの魅力は有ると思うっすよ?」
「………」
全くの本音をさらけ出したと言わんばかりの顔をしている兄は、攻撃が来るのかと身構えた。
が、
「……バカヤロウ……」
そう言ってロキは手をグーにして、兄の頭を軽く殴った。
「って!」
「……そこは嘘でも有るって言っとけよな」
と、そう言ってフワフワと宙に再び浮いて、杖を一振りした。
気のせいかもしれないが、どこか嬉しそうな顔をしていたかのように兄弟は見えたらしい。
グボッと音がして、男が地面から掘り起こされた。
「ゲホッゲホッ……貴様ら正気か!?」
男は顔を真っ赤にしながら宙づりになりながらもキレていた。
「この我を殴って頭を地につけたり……むぐっ!?」
「なぁ?」
ロキは男の顔を覗き込みながら話し始めた。
「お前もう人間だろ?」
「……あぁ……」
「こーゆーことわざ知ってるかぁ?『郷に入りては郷に従え』ってなぁ?」
「お、おう……」
「だったらどーしたらいいかわかるだろ?」
「……」
「言わねぇとわからねぇか?」
遂にはロキまでも頭をバリバリと掻きながら、
「「自分中心な考えを止めろ」」
と、完全に一言一句違わずに同じタイミングでそう言った。
「お、おう……」
「返事はハイだ」
ロキは杖をグリグリと押し付けながら男に詰め寄った。
男は混乱していた。
今まで女は従えているだけの弱い生き物だったのに、なんだこの女は、態度がでかいだけじゃなく、強い。
そして、この男、覇気と言うか、オーラと言うか、そんな物は全く無い、怒っているだろうが全く怖く無い、なのに、なのに我は負けた。
そうだ……。
「思い出したぞ……!貴様!我を殺した!」
「今更ぁ……?」
兄は溜息を軽く吐くと、両の手に籠手を作って見せた。
「思い出した?またやる?ええで?やろっか、ロキさ……」
「誰がそれ付きでやると言った!」
兄は少しムッとしながらも、籠手を鎧に戻した。
「貴様……貴様……それ無しで我と勝負しろ!」
「ロキさん、下ろして、やるわ」
ロキは完全に呆れ果てていたが、男を下ろした。
兄は鎧を箱の形に戻すと、両の手を軽く開いたままファイティングポーズをとった。
「殺す!殺す!」
男は両の手を上げ、掴みかかるように兄に近づいたが、それは兄のタックルに吹き飛ばされた。
「85キロ……」
「は?」
「85キロだ……俺の体重!お前いくらや!?え!?」
「?????」
いきなりキレ出したヨイチに男はひるみながらも、再び立ち上がって次は殴りかかった。
それを兄は腕でガードし、相手の腹の肉を掴んだ。
そして……
「デブ舐めんなぁ!」
他の掛け声で、持ち上げた男を地面に投げ落とし、そのまま両足で男の腹の上に思いっきり乗っかった。
足は兄の思いがけない方に着いたが、それは人にとって致命的な場所だった。
完全に鳩尾の真上。
息ができなくなるほどの激痛を受け、男は無言で転がりまわった。
そして、駄目押しとばかりにヨイチは男の頭を蹴った。
そして、完全に男は伸びてしまった。
「ゼェ……ぜぇ……デブに運動……させんといて……」
そして、兄はその場で膝に手をついた。
「おいデブ」
「なんすか」
「運動しろ」
「努力しゃっす」
「今晩からだ、私がメニューを考えっからよ」
「えっ」
「まずはランニング10キロ」
「えっ?」
「走れ!」
ベシィン!!
と、音が兄の目の前で鳴り響いた。
気がつくと、ロキの杖は鞭のようになっており、ピシンピシンと地面を打っていた。
「えぇ……」
「……やっぱいいや、おい、起きろ」
ロキは唐突に鞭を元に戻すと、男に杖を振った。
男は目が覚めたのか、何度か瞬きした後ガバッと体を起こした。
「……負け……たのか?」
「そうだ、負けたんだお前はよぉ」
そう言ってロキはふわふわ浮きながら、上から倒れている男を見下ろした。
「……ここまで来ると言い訳もできまい…」
そう言って男はあぐらをかいて座ると、
「お前達……名は?」
「フジワラ ヨイチ」
「フジワラ トシアキ」
「ヨイチにトシアキか……うむ」
男は目を瞑って頷くと、
「我に名をつけろ」
と、言ってのけた。
「名をつけろって、またお前上からな……」
ロキは呆れていると、兄が、
「ワールド」
「は?」
「お前の名前はワールドやぁ」
「よいちぃ?何言ってん?」
「インスピレーション」
ロキは穴から出た言葉を耳にして、空いた口が塞がらないようだった。
「バカか?お前」
「ヨイチ、ホンマにアホなん?」
兄はボコボコに言われていたが、当の本人はと言うと……
「ワールドか……うむ、響きがいいな」
と、何処か満足そうにしているのだった。
「「……」」
ロキと弟はドン引きだったが、兄と男改ワールドはニヤリと笑って手を取った。
「よろしくなぁ」
「こちらこそ……!」
二人は熱い握手を交わすと、ロキと弟の方を向き直った。
「さて!今回の旅路を聞こうじゃないか?ん?」
そう言ってワールドは大胆不敵に笑うのだった。
「いやー!本当にありがとね!」
「いやいや、人として当たり前のことをしたまでっすわ!」
「うんうん!」
「本当ヨイチ達は親切なのね!」
「いやー!それほどでもー!!」
「にーちゃんデレデレすんなよ!」
「なにぉう!?」
「「……エビ!カニ!タコ!フゥー!!」」
「何それ!あははは!!」
「あはっはっはっはっは!」
「あはははは!」
と、兄弟達は気分良く高らかに笑い声を上げていた。
「あははは……あの人も来ればよかったのになー!」
「そやなぁ、あの人色々忙しいみたいやしな」
「そう……残念ね」
事件から五日後、兄弟は延期されてしまった祭りを待つために、図々しくもリーチェの家にお邪魔させて貰っていた。
「いやぁ、悪いなぁ、こんないいお家に泊めて貰ってなぁ」
「いいのいいの!どうせ部屋が多すぎて困ってたの!」
と、言いながらリーチェは兄与一にジュースを並々と注ごうとした。
「いやー!それぐらい自分でやるからええよ!」
「いいのいいの!お客さんは黙ってもてなされてて!」
「いやいや!」
「いやいやいやいや!」
と、笑い合いながら話し合っていたが、弟俊明が、
「明日のレースどーすんの?」
と、終わらないこの話に終止符を打つため、話題を変えようとした。
「んー、五日間のうちに細かい調整も出来たし、知り合いの男の子も戻ってきてるからその子と出ようかなぁって……」
そう言ってリーチェはグラスに入ったブドウジュースを一気に飲み干した。
「もちろん、お祭り参加してくれるよね?」
兄弟は顔を見合わせた。
「せやな、町の人たちからお礼のお金貰ったし、せっかくし楽しもっかなぁって思とる」
「そっか!ここら辺でもかなりおっきなお祭りだからきっと楽しいものになるよ!」
と言って、リーチェは天真爛漫な笑顔を見せた。
「そうさねぇ、アンタ達も楽しむ時は楽しみなさい」
と、同じテーブルで食べていたお婆さんもナイフを動かしながらそう言い、
「色々出店も出たりしとるしのぉ」
と、おじさんも続けてそう言った。
「はい!ぜひ回らせていただきます!」
と、兄は笑顔でそう言った。
それを見て、リーチェ家族は全員微笑んだ。
そして、その後、食事が終わった後、兄は部屋に付けられていた窓から外に出て町の外れの森まで出かけていた。
「うえをむぅいて、あーるこぉぉ、はーじめてあるくみちのうえぇを……」
と、歌を口ずさみながら森の中を歩いていた。
そして、周りから人気が消えたことを確認して、唐突に手にバイオリンを作り出した。
そして、
ギギギギギ!!
と、凄まじく耳障りな音を立ててバイオリンを兄は演奏した。
「……違うか」
色々試行錯誤して、兄はバイオリンの練習をしていた。
「……スッゲェ下手くそだな、お前」
「いつから見てたんすか?」
兄は木の上でボロボロの貫頭衣のまま、木の上でギリギリ(何がとは言わないが)見えない角度から裸足の足をプラプラさせていたロキに見上げることなくそう言った。
「さぁ?」
ロキはそれだけ言うと、木から飛び降りた。
着地する瞬間貫頭衣がフワッとなって丸見えになっていたが、兄は後ろを向いていた為なにも見えていなかった。
「貸してみろ」
ロキはそう言ってヨイチに向けて手を差し出した。
「……」
ヨイチは黙ってバイオリンを渡した。
「………」
ロキは目を閉じ、バイオリンを優しく弾き始めた。
その音色は森の木々の枝の間から漏れる月光がごとくだった。
ただし、ヨイチはただうまいなぁと、だけしか感じていなかった。
「……どうだ?」
「いやぁ、さすが神さま、うまいっすね」
「感想それだけって舐めてんのか」
ロキはグッと握りこぶしを兄に向けた。
兄はブンブンと首を横に振った。
「……冗談だ」
ロキはそう言って悪戯っぽく笑った。
「……」
兄は非常に面白い表情を浮かべながら、ロキからバイオリンを返して貰っていた。
そして、もう一度構えて、
「………」
体全体の力を抜いて、優しく優しくバイオリンを演奏し始めた。
初めは、ただ音を並べているだけだったが、徐々に演奏しているっぽく聞こえてきた。
が、
「にーちゃん下手くそやわ」
ビクッ!
と、肩をはね上がらせた兄は凄まじい顔で後ろを振り返った。
「なんでこいなところにおるんじゃ?としあきぃ?」
「部屋におらんかったからじゃボケ、これからどーするかはなそーおもーてたら消えてたからよぉ」
「なんでわかったんじゃ?」
「ヘタッピでクッソうるさい音が聞こえてきたからなんやと思ったら、ヨイチがおったんや」
「へぇ、町から結構離れてんのにかぁ?」
「またゴブリン探しに行って森に入ってんのかと思うてたんじゃボケェ!」
「そっか!心配かけたな!カス!」
「お前ら喧嘩してんのかしてねぇのかハッキリしろ!」
「「してる(ない)!」」
「「……アレ?」」
兄と弟は顔を見合わせて、しばらく黙り込んだのち、
「「……イエー!エビ!カニ!タコ!フゥー!!」」
と、二人で謎の儀式を始めた。
「いい加減それなんなんだ?」
「「ノリ」」
全くの同時の即答だった。
「お前らなぁ……」
ロキは呆れた目で兄弟を見た。
「そんな目で見られてもなぁ……」
兄は頭をバリバリと掻くと、バイオリンを元の服の一部に戻した。
「……はぁ、あいつの件だがな、何とか人前に出しても大丈夫と言う結論が出たから、お前らの旅行について行くことになったらしい」
「……これって旅行じゃなくてツアー……」
「やめろ、私もわかってる、お前らが言いたい事もわかる……私も正直ストレスで胃がマッハなんだ……」
「あらぁ……」
「にーちゃん、ここでオネェ出さんといてくれる?」
「オネェちゃうしー」
「ウゥ……胃が……」
「……ごめん」
兄は凄く痛そうにお腹を抑えている、ロキを見て素直に頭を下げた。
「おう……かまわねぇよ……はぁ……じゃあ来てくれ」
ロキがそう言うと、空から光が降ってきてそこに男がスーパーヒーロ着地で現れた。
「……見たらわかる膝痛いやつやん……」
「やろうなぁ」
「おまえらぁ……」
ロキの髪がユラァと揺らぐのを見て、二人は苦笑いを浮かべて男に声をかけた。
「で?元王冠ゴブリン、俺らの旅についてきてどうするつもりやぁ?」
「………」
兄は腕を組んで値踏みするかのごとく、上から目線でそう言った。
「……」
元王冠ゴブリンは黙ったままだった。
「……なぁ、なんか言わへんの?」
兄は元王冠ゴブリンこと、褐色の男を触ろうと肩は手を伸ばすと、男はいきなり兄に殴りかかった。
ガキィン!
と、凄まじい金属音が聞こえ、兄が男を触手で組み伏せた。
「あっぶ!やっぱこいつやっといた方が…」
「ふはははは!」
と、兄が触手の先を尖らせていると、男が急に高笑いを始めた。
「流石我の命を消しとばした奴よ!褒めてつかわす!」
「……は?」
「さぁ!その手を退き感涙に咽び泣くとい……!」
ゴシャッ!
と、兄はその顔を地面に埋めると、
「やっぱあいつあかんのちゃうん!?」
と、後ろ指さしてそう叫んだ。
「そう言うな……私だってそうしたいわ……!」
「無理なん?」
「上の人が『あぁん?そんなおもろそうなやつ誰が殺すかぁ!』ってよぉ……」
「「あぁ……」」
お腹を抑えながら頭を抱えると言う、奇妙な行動をしているロキを兄弟は心底道場の眼差しで見ていた。
「……そいつを起こしてやれ……」
「あい……」
兄は嫌々ながらも男の頭を、地面から引っこ抜いた。
「……はっ!?我は一体何を……はっ!きっ!貴様ぁ!」
「………」
兄はこの時の心情をこう語った。
「こいつ絶対アホの子だなって思いました」
男はプンスコと頭から湯気を出しながら、兄に起こった。
「高貴なるものの頭を地に突っ込むとは!そして更に芋のごとく引っこ抜くとは!」
ゴッシャァ!
「今度は体まで刺さってやがんの……キレられても、俺しーらね」
弟はそう言いながらも笑いながら、男を突っつき回していた。
「だってムカつくもん!」
「今のお前の言葉の方が百倍ムカつくぞ」
ロキが冷静なツッコミを入れて、男の体を引っこ抜いた。
「おい」
ペシと、ロキは男の顔を叩いた。
「む……うむ、起こしてくれ、体に力が入らん……」
「しゃーねーなぁ……よっと!」
ロキは自分よりも身長が高い男をフワフワしながら引っ張り起こした。
その際、男はロキの殆どフラットな胸をガン見して、
「やはり無いな」
ゴッシャァァァァァ!!
ロキは男を地下深くに生き埋めにするかのごとく、杖を振って男を地面に突っ込んだ。
「ふぅ……ふぅ……お前らもそう思ってんのか?あ?」
「いっ……!」
「ひっ……!」
兄はドン引きした顔で、弟はガチで怖がっている表情でそれぞれ声をあげた。
「どうなんだ?答えてみろよ……ん?」
「……いや、な、なぁ!?にーちゃん……!?」
どーにかしろと言う弟の目線を兄は感じながらも、数秒後、
「無いのは無いと思う」
「あ"?」
「よいちぃ!?」
「ただ、有る無しで人の価値って決まるとは俺は思わないっすよ?有るには有るの、無いには無いの魅力は有ると思うっすよ?」
「………」
全くの本音をさらけ出したと言わんばかりの顔をしている兄は、攻撃が来るのかと身構えた。
が、
「……バカヤロウ……」
そう言ってロキは手をグーにして、兄の頭を軽く殴った。
「って!」
「……そこは嘘でも有るって言っとけよな」
と、そう言ってフワフワと宙に再び浮いて、杖を一振りした。
気のせいかもしれないが、どこか嬉しそうな顔をしていたかのように兄弟は見えたらしい。
グボッと音がして、男が地面から掘り起こされた。
「ゲホッゲホッ……貴様ら正気か!?」
男は顔を真っ赤にしながら宙づりになりながらもキレていた。
「この我を殴って頭を地につけたり……むぐっ!?」
「なぁ?」
ロキは男の顔を覗き込みながら話し始めた。
「お前もう人間だろ?」
「……あぁ……」
「こーゆーことわざ知ってるかぁ?『郷に入りては郷に従え』ってなぁ?」
「お、おう……」
「だったらどーしたらいいかわかるだろ?」
「……」
「言わねぇとわからねぇか?」
遂にはロキまでも頭をバリバリと掻きながら、
「「自分中心な考えを止めろ」」
と、完全に一言一句違わずに同じタイミングでそう言った。
「お、おう……」
「返事はハイだ」
ロキは杖をグリグリと押し付けながら男に詰め寄った。
男は混乱していた。
今まで女は従えているだけの弱い生き物だったのに、なんだこの女は、態度がでかいだけじゃなく、強い。
そして、この男、覇気と言うか、オーラと言うか、そんな物は全く無い、怒っているだろうが全く怖く無い、なのに、なのに我は負けた。
そうだ……。
「思い出したぞ……!貴様!我を殺した!」
「今更ぁ……?」
兄は溜息を軽く吐くと、両の手に籠手を作って見せた。
「思い出した?またやる?ええで?やろっか、ロキさ……」
「誰がそれ付きでやると言った!」
兄は少しムッとしながらも、籠手を鎧に戻した。
「貴様……貴様……それ無しで我と勝負しろ!」
「ロキさん、下ろして、やるわ」
ロキは完全に呆れ果てていたが、男を下ろした。
兄は鎧を箱の形に戻すと、両の手を軽く開いたままファイティングポーズをとった。
「殺す!殺す!」
男は両の手を上げ、掴みかかるように兄に近づいたが、それは兄のタックルに吹き飛ばされた。
「85キロ……」
「は?」
「85キロだ……俺の体重!お前いくらや!?え!?」
「?????」
いきなりキレ出したヨイチに男はひるみながらも、再び立ち上がって次は殴りかかった。
それを兄は腕でガードし、相手の腹の肉を掴んだ。
そして……
「デブ舐めんなぁ!」
他の掛け声で、持ち上げた男を地面に投げ落とし、そのまま両足で男の腹の上に思いっきり乗っかった。
足は兄の思いがけない方に着いたが、それは人にとって致命的な場所だった。
完全に鳩尾の真上。
息ができなくなるほどの激痛を受け、男は無言で転がりまわった。
そして、駄目押しとばかりにヨイチは男の頭を蹴った。
そして、完全に男は伸びてしまった。
「ゼェ……ぜぇ……デブに運動……させんといて……」
そして、兄はその場で膝に手をついた。
「おいデブ」
「なんすか」
「運動しろ」
「努力しゃっす」
「今晩からだ、私がメニューを考えっからよ」
「えっ」
「まずはランニング10キロ」
「えっ?」
「走れ!」
ベシィン!!
と、音が兄の目の前で鳴り響いた。
気がつくと、ロキの杖は鞭のようになっており、ピシンピシンと地面を打っていた。
「えぇ……」
「……やっぱいいや、おい、起きろ」
ロキは唐突に鞭を元に戻すと、男に杖を振った。
男は目が覚めたのか、何度か瞬きした後ガバッと体を起こした。
「……負け……たのか?」
「そうだ、負けたんだお前はよぉ」
そう言ってロキはふわふわ浮きながら、上から倒れている男を見下ろした。
「……ここまで来ると言い訳もできまい…」
そう言って男はあぐらをかいて座ると、
「お前達……名は?」
「フジワラ ヨイチ」
「フジワラ トシアキ」
「ヨイチにトシアキか……うむ」
男は目を瞑って頷くと、
「我に名をつけろ」
と、言ってのけた。
「名をつけろって、またお前上からな……」
ロキは呆れていると、兄が、
「ワールド」
「は?」
「お前の名前はワールドやぁ」
「よいちぃ?何言ってん?」
「インスピレーション」
ロキは穴から出た言葉を耳にして、空いた口が塞がらないようだった。
「バカか?お前」
「ヨイチ、ホンマにアホなん?」
兄はボコボコに言われていたが、当の本人はと言うと……
「ワールドか……うむ、響きがいいな」
と、何処か満足そうにしているのだった。
「「……」」
ロキと弟はドン引きだったが、兄と男改ワールドはニヤリと笑って手を取った。
「よろしくなぁ」
「こちらこそ……!」
二人は熱い握手を交わすと、ロキと弟の方を向き直った。
「さて!今回の旅路を聞こうじゃないか?ん?」
そう言ってワールドは大胆不敵に笑うのだった。
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