Two Runner

マシュウ

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ウエスタンな異世界

レース

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「ごめんね!二人とも!」

「ええって!んで!?俺らどーしたらええの!?」

「えぇっ!?なんて!?」

「俺らどうしたらええの!?」

「ああ!私達が運転するから守って!」

「ま、守る!?」

「そろそろ始まるから準備して!」

「おっけ!俊明!ええか!?」

「は!?」

「アーユーレディ!?」

「うっさいぼけ!出来とるわ!」

「よっしゃ行こ!」

 兄弟達は今列車の前で最後の準備を終えていた。

「にしてもにーちゃん!」

「なんや!?」

「よーこれやる気になったな!」

「なんで!?」

「道みたん!?」

「見てない!」

「あっそ!」

 俊明は不満そうにそういうと、運転室と石炭車の間にあるスペースに引っ込んだ。

「よぉ!」

「うわっ!?なんや!?」

 与一は後ろから知らない声に驚いた。

「僕はユーリだ!君達が彼女を助けてくれたのか!?」

「せやで!」

 蒸気の音と、観客達の喝采の音量が大きくて二人は至近距離にいながらまた叫ばなければ声が聞こえない状況だった。

「ありがとう!君達が居てくれなかったら僕は今頃家で自殺してたかもね!」

「お、おう!」

「ははは!ジョークさ!さぁ!リーチェ!行けるかい!?」

「貴方は黙ってて!ヨイチごめんね!こいつうるさくて!」

「うるさく無いさ!それよりも、そろそろカウントダウン始まるんじゃないか!?」

 そう言ってヨイチ達は車窓から外を見た。

 すると、与一は座席に色々な食べ物を持って鎮座しているワールドを見つけた。

「アイツ……」

 ワールドも見られていることに気がついたのか、軽く手を振った。

 与一は笑ってさらに振り返すと、前に出ている信号を見た。

『さぁ!これから始まるのはこの街で一番の大行事!『スチームミサイル!』だ!今日は予選を勝ち抜いた決勝戦だぁぁぁ!!』

 与一は何かを言いたそうに口を開いたが、忙しそうにしているリーチェを見て困ったように口を閉じた。

『さぁ!片方は………!』

 と、司会が何やら熱中しているようだったが、与一は運転席を出て後ろの石炭車に回った。

「よっ!」

「何の様?」

「特にあらへんで」

「あっそ……この先の道やけど、始めにこないだ通った森を抜けて坑道を改造して作った地下道を、んでその後滝を突き抜けて上り降り、んで……」

 と、俊明が説明していると、

「二人とも!始まるよ!位置について!」

 と、リーチェが運転室から顔をのぞかせた。

「あいよ」

「ウィ」

 二人は返事をすると石炭車の上によじ登った。

 その瞬間、歓声と喝采が二人を包み込んだ。

「……とっちー、落ちんなよ」

「……あほか、そっちこそ、最近運動してへんねんからすぐ落ちるんちゃうぞ」

「「へっ!」」

 二人は拳を突き合わせると信号が青になるのを確認した。

『さぁ!レーススタートだぁ!』

 その瞬間、信号が青になりフラッグガールが白黒の旗を大きく振った。

 二台の汽車は盛大に汽笛を鳴らして、ゆっくりとだが徐々にスピードを上げて発進した。

「おおっと!」

「おっほほぉ!」

 二人は若干フラつきながらも、なんとか体制を維持していた。

 ふと与一は相手の汽車の方を見ると、相手も同じ様に二人石炭車によじ登っていた。

「そういえばにーちゃん!あれ使わんの!?」

 そう言って俊明は指をウニョウニョと動かした。

「ああ!アレはセコになるからなぁ!悩んだけど使わん!」

「あっそ!」

 俊明は笑いながら石炭の袋を運び始めた。

「ウィー!」

 与一もそれに続く様に石炭の袋を石炭車から、石炭を運ぶと俊明にそれを投げ渡した。

「しっかり受け止めろよ!」

「俺腕力カスやぞ!?」

 与一は笑いながら俊明に袋を投げ渡した。

 俊明はその袋を受け止めると、赤々と燃え上がる窯に石炭を放り込んだ。

「もっとスピードを出すからもっと石炭突っ込んで!」

 リーチェはメーターと装置を睨みつけながらそう叫んだ。

「細かい魔法の操作と先の確認は僕にまかしてくれ!」

 そう言いながらユーリは何やら長い杖を持って窯や車輪に向かって何かつぶやいていた。

「……ん?」

 与一はもう一度俊明に袋を渡そうとして、ふと列車の行く先を見た。

 正直嫌な予感しかしなかったが、与一は胸ポケットに入れていた眼鏡をつけた。

「うっそぉ……リーチェ!止めろ!リーチェ!リーチェ!!!」

 与一は袋を投げ捨てて石炭車から転がり下りて、リーチェに話しかけた。

「リーチェ!この先の森に入る線路に大っきい岩が置かれてんで!」

「「「えぇっ!?」」」

 俊明とリーチェとユーリはそれぞれ窓から身を乗り出して先を見た。

「嘘……ユーリ!」

「分かってる!」

 ユーリは車輪に向かって呪文を呟き始めたが、

「そこまでだ」

 と、背後から何者かに手刀で意識を落とされた。

 与一は相手の足元を振り向きざまに確認して、位置を確認して徐々に目線を上げていきながら相手の腹の位置にそのまま踏み込んで拳をめり込ませた。

「うぐっ!!」

 が、その拳はギリギリで鳩尾を外れ、軽く吹っ飛ばしただけで終わった。

「俊明!蹴っとばせ!」

「はいはい!」

 よろめきながらも短刀を構えた何者かの背後に俊明は素早く回り込み、胴体を蹴飛ばした。

「うがっ!?」

 そして予期せぬところから追撃があった何者かは完全にバランスを崩し、与一の方めがけて飛んで行った。

「ふんっ!」

 与一は飛んできた顔めがけて思いっきり右フックをかました。

 ゴキャァ

 と、音がして何者かは空中で反時計回りに半回転して運転室の床にくたばった。

 そしてこの与一が振り向きざまに殴った瞬間からの間は約5秒である。

「早く列車を止めろ!リーチェ!」

「もうそこまで来てる!」

「!!」

 与一は運転室の乗り込み口から飛び出て、列車に乗りながら自分の線路にある岩と、対戦相手の線路にある岩を触手を伸ばしてどかそうとした。

「うぉぉぉぉぉぉ……!!」

 速度が出ているのと触手にうまく力が伝わらないので、岩をどかす事は出来なかった。

「うぉぉぉぉ……動け……こんのカスガァァァァ!!」

 その瞬間、与一の背後に黄金の光が現れた。















 一方その頃、『神様の落し物』を研究しているとある研究室。

「とっととこれは破壊しなきゃならんのか?」

「当たり前よ!なんでこんなもん俺ちゃんに押し付けたの!?」

「一応アイツが残したものだから、まさかとは思ってたんだけどなぁ……」

「なんて恐ろしいもん作ってくれたの!?アイツ!」

 一人機械の仮面を被った男は計測器が変化しているのに気がついた。

「うそうそうそうそ!!発動しちゃったよ!」

「なに!?下がれ!今ここでぶっ壊す!」

「バカ!そんなことしたらどーなるか分からんぞ!?!」

「じゃあどうしたらいいんだよ!」

「別次元に飛ばして!」

「おう!……まて、コイツ動き出してないか?」

「あ?ええええええええ!?」

 二人はこちらに向かって動き出している機関車を見て動揺した。

「クッソ!」

「止めないと!」

「『全統神王の心臓始動ファーストエンジンイグニッション!』」

「『創造王の心臓始動ファーストエンジンイグニッション!』」

 そして力を解放すると列車を止めようと身構えた。

 が、

 列車の前に黄金の光の輪ができて、そこに汽笛を上げながら突っ込んでいった。

「「………」」

 二人は静かになった部屋の中で顔を見合わせた。


















 与一の背後に現れた光は与一を包み込んだ。

 だが、与一は正直それどころじゃなかったので全くそれには気がつかなかった。

「ぐっっっしやぁぉぁ!!」

 そして、与一は最後とばかりに足を踏ん張って触手に全ての力を込めた。

 すると、急に自分たちにある岩の方の手応えが軽くなった。

「アホ、俺忘れんな」

 と、俊明が肩にリモコンランチャーを担ぎながらそういった。

「……めっさ忘れとったわ、じゃあ道の岩どかすから……」

 ドカン!

 と、音がしてもう片方の岩の手応えが消え失せた。

 与一は口を半開きにしながら伸ばした触手で道の岩をどかした。

 そして、ギリギリでその場所をなんとか突破した。

 そして、ゴゥッ!と音がして汽車は運転室以外は闇に包まれた。

「……ふぅ……一旦止まるわよ」

 と言ってリーチェはブレーキに手を置いた、が、次の瞬間緊急用のとなりの列車とをつなぐ連絡装置が鳴った。

『おい!そっちは大丈夫か!』

 リーチェはブレーキに手をかけたまま無線をとった。

「はい、大丈夫です!なんですか今の!?」

『顔を見なかったのか!?エルフ達だ!』

「えっ?」

 リーチェは俊明を見てアイコンタクトを取った。

 俊明はその目線を与一はに送った。

「はぁ……」

 与一はため息を吐きながら何者かの覆面をとった。

 すると、そこには耳の尖った右の頬を腫れさせた男前のエルフがいた。

「……今見ました」

『おう、少しスピードを食べ落として……何?』

 与一は外から何か汽車の音とは違う音が聞こえ、再び外を見た。

「スピードを上げろ!」

『ブレーキをかけるな!スピードを上げろ!』

 与一と無線の相手がそう言ったのはほぼ同時だった。

 俊明は興味本位で窓から顔を出した。

「馬鹿野郎!」

 与一は顔を出した俊明を引っ張込めた。

 すると、顔を出していたところに矢が飛んできた。

「……うっそぉ……」

『いいか!この先直ぐに切り替え線がある!それはこっちで切り替える!そこでバラバラになる!分かったな!』

「は、はい!」

『そこは昔使われていた路線だが別にまだ使えるはずだ!いいか!スピードは絶対に落とすな!分かったな!』

「はい!」

『ようし!お前ら!生きて帰るぞ!』

 無線の向こうでいくつかの野太い声が上がった。

『じゃあ嬢ちゃんら!死ぬんじゃねぇぞ!健闘を祈る!』

 そう言って相手は無線を切った。

「にーちゃん!後ろからなにきてんの!?」

「……馬が引いている列車だ!」

「はぁ!?」
 
「しかもただの馬じゃないわねあれ、魔法で強化がかけられている魔獣とのミックスね!」

 リーチェは列車についているバックミラーを確認しながらそう言った。

「ヨイチ!もっと石炭を!追いつかれる!」

 そして、リーチェはそう叫びながらレバーを思いっきり押し倒した。

「あいよ!」

 与一は触手を伸ばして袋を掴むとそのまま窯に放り込んだ。

 それを見た俊明も取れそうな所から袋を掴むと窯に突っ込んだ。

「……見えた!あそこが分かれ道よ!」

 飛んでくる矢に首を縮めながらリーチェは道の先の確認をした。

「何かに捕まって!揺れるわよ!」

 与一は手で手すりを掴みながら触手で袋を窯に突っ込み続けていた。

 俊明は手を止めて与一にしがみついた。

 そして一瞬遅れて、

 ガコン!

 と、列車は別の線に入って行った。

「行くわよ行くわよ……!!」

 運転席にかじりつきながらリーチェは前を睨みつけてそう言った。

 スピードは徐々に上がって行っていたが、後ろから聞こえてくる馬の蹄の音は未だ鳴り止まなかった。

「嘘でしょ……そろそろ限界速度って言うのに……」

 リーチェは若干顔を青ざめさせながら、レバーなどを弄っていた。

 すると、急に周りがひらけた場所に出た。

 何事かと与一は触手の先にカメラを作って、確認すると、何と今列車は煮えたぎる溶岩の真上を走るレールの上を走っていたのだった。

「おいおい……うせやろ?」

「にーちゃんなに見て……リーチェ!もっとスピード上げられんの!?」

 与一の肩越しに映像を見た俊明は悲鳴をあげた。

「もうこれ以上出せない!!」

 それに対してリーチェも叫ぶように返した。

「……しゃーねー!」

 そう言って与一は体にアーマーを作り上げると、石炭車に乗り移った。

 そして、飛んでくる矢などを返しながら与一は触手を伸ばして、線路を叩き割った。

 グラグラと線路は揺れて、車体も非常に危険な状態になった。

「なにしてん!?」

 後ろから俊明の叫び声が聞こえたが、兄は真っ直ぐ馬車を見た。

 馬車は与一が壊した箇所を軽々と飛び越えるとグラグラとしながらも列車に迫ってきていた。

「……ちょっと、とっしーたのんだ!」

「なにを!?」

 与一はその場から飛び出して相手の馬車に乗り移った。

「ハァーイ!超スーパークリング級のキューピーチャー!」

 何か不明な言葉を叫びながら与一は馬車に乗っている運転手と、乗組員を全員触手でぐるぐる巻きにした。

「……せいっ!」

 与一は手綱を触手に任せると、その場に乗組員らをほっておいて列車に触手を使って再び戻った。

「おい!後ろのやつらは無力化したから落ち着いて……」

 その瞬間、馬車から後ろの与一が壊した所から線路が崩れ始めた。

「アッアウ、リーチェ!スピードはこのままあそこに見えるトンネルまで突っ走れ!俺は後ろを確認してくる!」

「えっ!?えっ!?」

 リーチェは混乱したように与一を見たが、既にそこに与一の姿は無かった。

「うぉっち!あぶね!」

 与一は触手に集中すると、触手で手綱を操作した。

 何度もトンネルとの距離を確認しながらも、与一はギリギリまで待った。

「与一!早よ戻れ!」

  そして、ギリギリの所で列車の中に転がり込むと、与一はその場に倒れこんだ。

「ゼェ……ゼェ……こんな集中したん久しぶりやでほんま」

 そして、しばらく何事もなく進むと唐突に列車は急ブレーキで止まった。

「な、何や!?」

 与一は体を起き上がらせようとしたが、

「おじさん達!」

 ほとんど同じタイミングで動き出したリーチェの膝をもろに食らった。

「あ、あ!ごめん!ちょちょ、ちょっと待ってて!」

 そう言いながら隣の線に止まっている列車に近づいた。

「おお!嬢ちゃん!無事だったか!それにバディのお前らも!」

 おじさんと呼ばれた男は屈強な体をつきをして、身体中ススだらけになりながらも何と無傷だった。

「よかった!アイツらをまけたんだな……あ!?」

 男は列車の後ろでひしゃげている馬車を見て目を見開いた。

「おいお前ら下がれ!野郎ども……取り囲め!」

「もう全員捕まえました!大丈夫ですよ!」

 与一は焦って男にそう言った。

「そうか?一応確認はさせて貰うぜ?」

 そう言って男はほかの男に中を確認させた。

「……全員お縄にかかって目をまわしてまさぁ」

「そうか、疑って悪かったな」

「いえいえ、そんな」

 与一はそう言って首を横に振った。

「そう言えばそちらの方はどうやって巻かれたんですか?」

 与一は男にそう言った。

「ん?あぁ、こっちには腕利きの魔道士がいてな、なぁおい!」

「はいはい、お呼ばれいたしました腕利きの魔道士ですよっと」

 そう言いながらこちらもススだらけになった、どちらかというとひょろっとした20歳ぐらいの男が列車から降りてきた。

「コイツが撃退してくれた」

「はい、まぁ、レール巻き上げてぐるぐるっと致しましたよはい」

 そう言って男は馬車を見ると、列車に戻って縄をとって戻ってきた。

「それ辛いっすよね、これでぐるぐるにしますんでといてもらっていいっすよ」

 と、与一に向かってそう言った。

「見ただけでわかるんですか!?」

「まぁ、なんか見えるんで」

 とだけ言って、男は馬車の中のエルフ達をぐるぐる巻きにして、皆んなの真ん中に集めた。

「そう言えばなんで止まってるんですか?」

 与一はリーダーらしき男に聞くと、

「おう、あれよ」

 そう言って男は後ろ指で落盤した道を指差した。

「あそこが丁度出口なんだが、塞がれててなどうにかしようと思ってた時にお前らがきたんだよ」

 そう言って男は唸った。

「おい、おい、起きろー……起きねぇとねーちゃんから色々してくぞー」

 と、魔道士がやる気のなさげな声で女のエルフに声をかけた。

「……はっ!」

 すると、女エルフは気が付いたのか魔道士を睨んだ。

「貴様に喋ることなどない!殺すなら殺せ!」

 与一は初めてみたくっころに正直驚いていた。

「マジで言うんや……」

 軽い衝撃を受けながらエルフ達を縛っていた触手と、手綱を握らせていた触手を元の服に戻した。

「ふーん、そんなこと言っていいんだー、あっそー、ふーん?」

 そういうと、魔道士は女だけを立たせて通路の丁度エルフ達から見えない位置に女を連れて行った。

「ちょいちょい」

 魔道士は曲がり角の先から兄弟を呼ぶと、

「ねぇ、くすぐれる?」

 と、真面目なトーンでそう言った。

「まぁ」

 そう言って与一は触手の先をフワフワにして女の脇や足裏、首などをくすぐり始めた。

「くっ、なんだこれは……くっ!クヒヒッ!クヒヒヒヒヒ!や、やめ!アヒャヒャヒャ!!」

 与一は吹き出しそうになるのを堪えながら、女の体をくすぐり続けた。

「あー、君?」

「はい?」

 魔道士は同じく吹き出しそうになっている俊明を指差した。

「腰に下げてるそれで背後から敵来ないかだけ見といてくれる、んで、たまーにテキトーに撃ってくれる?」

 と、俊明の腰に付いている銃を指差した。

「は、はい」

 そう言って俊明は銃を取り出した。

「よし」

 そして、魔道士は兄弟の視界から消えた。

 すると、しばらくすると、向こうの方から数多くの怒声が聞こえてきた。

 なにを言っているのか兄弟達には聞こえなかったが、誰が怒っているのかは明白だった。

「とっちー、そろそろ撃ったら?」

「おう」

 と、俊明は適当に誰にも当たらないように暗闇に銃を撃った。

 すると、兄はそれに合わせてくすぐりを強くした。

「ギャァァァァァ!!」

 すると女はこの世のものとは思えないほどの大きな声で断末魔のような悲鳴を上げた。

「……ぶっふぅ………!」

 堪えきれずに与一は小さく吹き出した。

「ころせぇぇぇえ!!ころしてくれぇぇぇ!!」

 女の悲鳴は徐々に涙声のものへと変わっていった。

 そして、耳を澄ませると怒声は聞こえなくなっていた。

 そのかわり啜り泣きだけが聞こえてきた。

「よし、ありがとさん」

 と、そう言って魔術師はひょこっと顔をのぞかせた。

「連れてきて」

「はい」

 と、兄弟は涙でグショグショになり、笑いすぎて足腰が殆ど立たなくなった女の人を担ぎ上げて元のところまで戻った。

 すると、凄まじい怨念のこもった目をこちらに向けられ兄弟は少したじろいだ。

「な、なんすか?」

「貴様ら……彼女の純潔を……!よくも!!」

「「は?」」

『許さん……許さん……』

 謎の呪詛をかけられ、完全に混乱した兄弟は魔術師に問いただした。

「なに話したんすか?」

 すると、魔術師は気怠げに、

「いや、拷問してるから早くこの先に何人ぐらいどんな奴らが待ち伏せしてるかおしえろ、さもなくば彼女は立て無くなってしまうぞって言っただけっすよ」

 と、ため息をついてそう言った。

「……くすぐっただけやのにこの感じ……こわっ」

 与一はそう呟くと、エルフ達の方を向いた。

「……俺貴方らの思うようなことしてませんで?聞いてみて下さいよ、彼女に」

 そう言って与一は連れてきた女エルフを顎でしゃくった。

「……苦しかった……」

『きさまぁぁぁぁ……!!」』

「………」

 与一はクズを見るまで女エルフを見た。

「……ほんま、プライドだけのクソカス以下のゴミ虫やな……そんなもんドブかなんかに捨ててまえ」

 誰にも聞こえないように与一は口の中で呟いた。

「……これでもそういう?」

 与一は壁に撮っていた動画を映した。

「まぁ、あんな事させんねんからとっといて正解やったなぁ」

 そこには女エルフがくすぐられて、凄まじい顔で笑いもがき苦しんでいる姿が映し出された。

『!!』

「う、嘘だみんな!これは作り物だ!騙されるな!」

「そう思うねやったらどうぞ?まぁ、これ以上醜い姿晒すんも、アンタ次第やからなぁ?」

 と、与一は女エルフを鼻で笑うと魔術師の方は振り向いた。

「で?どうやったんですか?」

 魔術師は与一を見定めるようにジィッと、クマができている目で見つめた。

「………はい、外で待ち構えてるみたいっす、出るにしても一瞬でハリネズミになるっすよ?」

 与一は崩れた壁に手を置いた。

「じゃあ下がってて下さい、怪我しますよ」

 と、俊明を呼んで何か耳打ちをした。

「……おっけ、じゃあ早やって」

「あいよ」

 与一は男達に振り返った。

「皆さんは列車に乗って下さい!僕がここ吹き飛ばした後、すぐに出発できるようにして下さい!」

 男達は顔を見合わせた。

「出来るのか?」

「大丈夫ですよ、これぐらいならいけます」

 そう言って与一はポンポンと壁に手を置いた。

「わかった、じゃあ出るときは最高速度で出たいからな、助走をつけるから俺達は少し下がるぞ!ヤローども!聞いたな!」

「りょーかいです!」

「……りょーかいっす」

 魔術師は最後に兄弟の方を一瞥すると、そう言って列車に乗り込んだ。

「リーチェも!早く!」

「この人達は!?」

「俺が連れて行く、そこの馬車に乗っけとくから先に行ってくれ!」

 と、与一は横にどかしたひしゃげた馬車を、服を変形させて修復すると、そこに触手でエルフ達を馬車に乗せた。

「わかった!無茶しないでね!ほら、起きて!今貴方の力が必要なのよ!」

 と、中にいるユーリを起こす声を兄弟は聞きながら列車が後ろにがって行くのを確認した。

「よーし!いいぞ!!」

 男はこちらに向かって

 そう言って与一は崩れた壁に置いた手に一気に力を込めた。

「セイッ!」

 すると、岩が弾け飛んだ入り口が開かれた。

「行け!」

「……!」

 与一の掛け声で俊明は走り始めた。

 そして、敵からの一斉攻撃があるかと思いきや、

「フシュゥゥゥゥゥ………お?おぉ!ヨイチ!貴様ら無事だったようだな!」

 と、ものすごくいい笑顔で血まみれになった手をこちらに振るワールドがいた。
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