Two Runner

マシュウ

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向かうは世界の果て

拳二つ分の距離

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「私と彼女を助けて欲しいの」

 ヴィクトリアはそう言って足を組んで妖艶な笑みを浮かべた。

「……メリットがねぇな、そもそも、お前らが勝手にやってる事だ、それに私達にこれ以上面倒ごとに首を突っ込む余裕は無い」

 はっきりとロキは断ると、それだけか?と立ち上がった。

「メリットならあるわよ?そこの男の人達に」

 そう言ってヴィクトリアはチラリと服を脱ぐような仕草をした。

「それ以上動けば、お前はそこで肉片になるが、いいか?」

「………あら、怒らせちゃったかしら?」

 そう言って自分の服にかけた手をヴィクトリアはもどすと、与一に笑いかけた。

「……どう?」

「……………っ」

「……釣れないわねぇ……」

「……悪かったですね」

 ロキはそんな与一の反応を見て、顔をしかめながらバリバリと頭をかいた。

「わかった……取り敢えず最後まで話せ」

「貴方には聞いてないのだけど……ま、いいわ」

「お前マジでぶっ殺されてぇのか?」

 ロキの殺気を軽くいなすとヴィクトリアは、クスクスと笑った。

「怖い怖い……さて、まずは何処から話したらいいかしらね………?ねぇ?貴方達?」

 ヴィクトリアはドアの向こうにいる誰かに向かって話しかけていた。

「……カモ、カナ……出て来たらどう?」

「……正直言ってお前と顔を合わせるのは嫌カナ」

「腹が立ってしょうがないカモ……」

「……わかったわそこからでいいから聞いてて?」

 ヴィクトリアはそう言って目を伏せると、ポツポツと話し始めた。

「私が生まれたのはアスターにストレスがかかりまくって、自分自身を守るためって言うのは、貴方達はもうわかってるでしょう?」

「……まぁな」

「そしてその状態が何年も続いていたある日の事よ、ふと鏡を見たのよ、笑っちゃったわ、今まで髪の色が変わって分かりやすく入れ替わっていたのだけれど、その時の私、アスターと同じ髪の毛の色だったのよ」

「……そう言う時だってあるだろ」

「私は初めはそう思ったわ……でもね……日が経つにつれて私とアスターはふとした拍子に入れ替わっていたの、朝起きた時、依頼主と話している時、一番困ったのは……カナ、カモ……貴方達といた時よ」

「「………」」

「私の知らないところで殴られていたりしたアスターは徐々に壊れていったわ……そして、その不安定な精神が、私とアスターを融合させようとしたのかしらね?本当に少しずつだけど、彼女の記憶と感情が私の中に入ってくるの……」

 すると、ヴィクトリアの目から涙がこぼれた。

「わかるかしら?一緒の体にいるとはいえ他人の自分の知らない記憶が頭の中に入ってきて、感情が入って来て、消えたくないって叫ぶのよ?」

「…………」

「今も私の頭にはあの子の声が聞こえるの……」

「……お前が勝手にそう言ってるだけじゃあ……」

「ロキ……」

「言ったろ、与一お前は甘すぎるって私達がこいつの事を構っている余裕なんてないんだよ、そこらへんに捨ててこいとまでは言わんが、放っておけばいいだろ、死にはしないだろ?」

「えらく冷たいねんな……ロキ」

「フン……」

「仲間割れしてくれるのは正直駒が増えて大歓迎なのだけど、優しくしてくれるそこにいるヨイチって子に免じて言ってあげるけど、このままだとアスターは自殺するわよ?自分の崩壊に耐えきれずに自殺するわよ?」

「二度も言わなくていいだろ……」

「……だめかしら?」

「………助けるたってどうすれば?」

「簡単な話よ、あの子を安心させてあげて」

「安心させるだぁ?」

「そうよ、貴方達の仲間にしてあげて、これからの事を安心させてあげてらそしたら……」

「お前が消えてアスターだけが残るって?」

『!!』

「そうよ、だって私は元々あの子を守る為に生まれた人格、守る為に消えるのが普通じゃない?」

「………」

「ヴィクトリア、お前はそれでええんか?」

「別に、こんな世界とはとっととおさらばしたいと思ってた訳だし、全然へっちゃらよ?」

「……そか」

 ヴィクトリアはクスリと笑うと、立ち上がって部屋から出て行こうとした。

「おい」

「大丈夫よ、逃げたりしないわ、心配ならヨイチを付ければどう?」

「………ヨイチ、すまんな」

「いいっすよ……っといしょ!」

 与一は椅子から立ち上がると、変形させた部分を回収する為、みんなを立ち上がらせた。

「じゃ、行ってくるわ」

「にーちゃん手ぇ出したら多分死ぬで?」

「出さへんわボケ」

「出せない……の間違いでは?」

「おまっ、はぁ、はいはいそうですよ」

 意外にもフォールにそう、からかわれながらも与一はヴィクトリアについて部屋から出て行った。





    











 与一は優雅に歩くヴィクトリアの後ろをポケットに手を突っ込んで猫背になりながら歩いていた。

「……屋根に登ってみない?」

 そう言ってヴィクトリアは列車から出ると、身軽な動きで列車の屋根の部分に飛び乗った。

「よー出来るわ、そんなん」

 与一は服を変形させて触手のアームを作ると、窓枠などにアームをつけて屋根に登った。

「……今日は月が綺麗な夜ね……ほら、目を瞑ってるみたい」

「……この世界は月が二つあるんか……」

 与一はそう言って呟くと、ヴィクトリアの横に腰掛けた。

「……私にも一本貰えるかしら?」

「……なんで分かってん……」

 与一は服の裏にビッシリとコーラの瓶を敷き詰めていた。

 そのうちの二本を取ると、一本をヴィクトリアに差し出した。

「相変わらずどんだけ持ってるのよ……ありがとう」

 ドン引きながらもコーラを受け取ったヴィクトリアは指で器用に栓を抜くと、少しコーラを飲んだ。

「………んっ……刺激的で美味しいわね……」

「そか……」

 与一も同じように栓を引き抜こうとして、あまりの硬さに諦めて服を変形させて栓抜きで栓を抜いた。

「……美味しいわぁ……」

「そか………」

 特に会話をする事なく、二人はちびちびとコーラを飲んでいた。

「……美味しい…わ…うぐっ……うっ……」

「……今ぐらいホンマのホンマに本音、話してみたら?」

「うっ……ひぐっ………そこ……は……『だいじ……うぶ』っ……って声……かけてくれ……る所じゃないの?」

「……ごめん……」

「……っ………はぁ、みっともない所見せちゃったわね……あーあ、最後まで騙せると思ったのにねぇ……上手くいかないものねぇ……」

 そう言ってヴィクトリアは目元を拭った。

「……あー……」

「いいわよ、へんな気を使わなくて、雑に喋ってくれた方が私の気も楽になるわ」

「……へいへい」

「ふふ……思えば男の人とちゃんと話をした事無かったのよね……あぁ、タクミとは不可侵の約束して以来話して無いわよ?」

「ふーん」

「ちょっと、私もうじき消えるのにその反応は無いでしょう?」

「どう反応したええねん?」

「知らないわよそんなの」

「うえぇ……」

「……ふ、うふふふふふ、あはははは」

「……もーなにぃ?」

「ふ……ふ……ごめんなさい、私やっぱり貴方のことが面白すぎて……くすっ」

 ヴィクトリアはお腹を抱えて笑うと、心底楽しそうに話し始めた。

「あの子ね、お洒落なことなんて何にもわからなかったから私が揃えておいて、あの子の目が覚めたときにある程度できるようにしといたのよ?でもねあの子ったらね………」

「マジで?………ほんまにぃ?……あらまぁ……」

 与一はたまに突っ込みながらヴィクトリアの話を聞いた。

 ヴィクトリアはそれに対して嬉しそうに、これまでの鬱憤を晴らすように色々と喋った。

 そして、お互いのコーラがなくなる頃にはヴィクトリアの話のネタも尽きて来たのか、喋るスピードが落ちて来た。

 そして、気の抜け切った最後の一口のコーラを二人は飲むと、ため息をついた。

「……ありがと」

「どうしたしまして」

 ヴィクトリアはそう軽く与一に礼をすると、優雅にスカートを摘んでお辞儀をした。

「………」

 与一は声ともつかないため息を出すと、ヴィクトリアを見つめた。

「……私、本当はやっぱり消えたく無いの」

「知ってる」

「本当に?」

「………そうやろうと思ってた」

「もう……すぐに嘘をつくのはダメよ?」

「あい……」

 ヴィクトリアは先ほどよりも与一に近いところに座った。

 だが二人の間にはまだ拳二つ分の隙間が空いていた。

「……死ぬのってどんな感じなのかしらね……」

「さぁ?死んだことないから知らん」

「ロキもそうだけど、貴方もなかなか冷たいわね」

「いやだって……」

「私が女の子だから?」

「…………」

 与一は顔を伏せて黙った。

「女の子に自分は好かれないと思っているのね?」

「……俺はクソ野郎やからな」

「そう?あの子を助けようとしてくれたし、あのノヴァって子も、ワールドって男も、貴方が助けたんでしょ?」

「ワールドは……」

「聞いたわよ?本当だったら殺されててもおかしくないところを、ヨイチは殺さずに置いてくれた、それだけでも十分、命の恩人だって」

「……あのワールドが?」

「ええ……みんな、口には出してないけど皆んな貴方に感謝してるのよ……ロキも例外なくね……」

「………」

「あぁ……成る程、だから貴方は自分の事をクソ野郎って言うのね……」

 すると、ヴィクトリアは横になって与一のあぐらを描いている太腿の上に頭を乗せた。

「だったら、全部分からなくなるまで走りなさい……頭が真っ白になるぐらい真っ直ぐに」

「……これが私からのアドバイスよ……私の最後の……時間を……過ごしてくれた……あ……な……た……に」

「……有難うな……おやすみ」

 与一は恐る恐るながらもヴィクトリアの頭を撫でた。

「ええ……あの子をよろしくね……おやすみなさい……」

 そう言うヴィクトリアは与一の少し硬くも温かな手に触れて、涙を一つ溢した。

「あったかいわぁ………」

「そか……ありがとな……」

「ええ………」

 そして朝日が昇ると同時にヴィクトリアの髪の色が紫色から青色へと戻っていった。

「………ありがとう」

 与一はもう一度そう言うと、空になった二つの瓶をポケットにしまってアスターを持ち上げて列車の中に戻った。

「……ロキ、ヴィクトリアは恐らく消えた」

「そうか……何か言っていたか?」

「アスターをよろしく、だってよ」

「………はぁ、だとよ」

「「………」」

 眠るアスターの隣に座る二人の女にロキはそう声をかけた。

「……もう私達に暴力しないカモ?」

「……もう暴力しなくても良いカナ?」

「……多分な」

「「そっか……」」

 二人はそう言うとアスターの手を握った。

「じゃ、私達は行くぞ」

「………ん」

 そう言ってロキと与一は三人を残して部屋を出た。

「……ヴィクトリアの事が気がかりか?」

「……まぁ」

「……何を期待してたか知らんが、ま、残念だったな」

「……ロキにしては珍しくハズレやな」

「なにぃ?」

「……さて?なんやろな?」

 与一はそう言って過ごして足取り軽く食堂へと向かった。

「…………なんなんだ?あいつ?」

 そう言ってロキは頭をバリバリと掻いてためいきをついた。
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