【THE TRANSCEND-MEN】 ー超越せし者達ー

タツマゲドン

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Category 1 :Recognition

7 : Recogntion

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 廊下の向こう側から誰かが歩いてくる。それを見るなり、トレバーは立ち止まった。

 対面する黒い姿も同時に停止し、トレバーが口を開く。

「見事なものだな。俺とお前だけ外部から隔離している、という訳か」
「こちらこそ、俺を見抜けた事は称えよう。見事な洞察力だ」

 トレバーの無愛想な褒め。大して感嘆もなく賞賛を返した、バイザーヘルメットの男。

 相手はトレバーから三メートルの間隔で、コートのポケットに手を突っ込んだまま動かない。

 “エネルギー”の流れが、絶えず自分と相手の周囲の空間を包んでいる。発信源は向かいの人物――「認識阻害」である事をトレバーは経験的に察した。

「もし、奴を渡すのなら引き下がっても良い」
「断る」

 ガキン! ――トレバーの右籠手と、相手がポケットから出した細い物体が衝突した音が、“二人の間だけ”に鳴り響いた。

 アラブ人の鼻先を狙った左手。トレバーが防ぎ、反撃に拳を四連続。

 ヘルメットの男が全て受け止め、一歩退却。途端、左手に握った物体を投げた。

 籠手で飛翔物をガードし、取ろうと手を伸ばすトレバー。

 しかし、物体は巻き戻しのように投射点だった男へ飛び、相手が受け取る。

 物体は剃刀サイズのナイフだった。良く見れば、ナイフの柄に細いワイヤーが繋がっており、ワイヤーは相手の袖の中へ伸びている。

 両方の手に握ったナイフが振り回され、籠手が次々とそれらを防ぐ。

 右のナイフが突き出される。トレバーが籠手付きの右手で、その腕へと拳を発射。

 “エネルギー”が籠手に流れ、刃が突き出し……

 籠手から伸び出た刃は、確かに相手の腕に真っ直ぐと突き出され、刺さる筈、だった。

 だが、手応えが無かった。滑らかな感触にツルリ、と逸らされ不発に終わったのだ。

 引き下がったトレバー――先程突き出された相手の腕に視線が移っている。

 袖に隠れて見えないが、“視え”ている。腕に纏わり付く、性質を変換された“エネルギー”が見える。細い紐か何かを腕にぎっしり巻いているイメージ。

(あのワイヤー、腕に巻いて防御にも使えるのか。自在な伸縮も可能と見た……巻かれているのは腕だけだな……ワイヤーを通る「エネリオン」の性質は、厳密には「防御」ではないらしいと見た。一体何だ?)

 沈黙。静止したまま互いの隙を探り合う。

 トレバーの目は確かにバイザーの奥にある瞳を、“感じ”ていた。




















 ビルの屋上に流れる風の音だけの静寂を、少年が打ち破った。

「……アンジュ、「管理軍」とは何だ? 疑問に思っていた言葉だ」

 トレバーに屋上から動くなと命じられてから危険も感じず、暇だと思ったのか知りたいからなのかアダムが会話のきっかけを作った。

(や、やっぱりトレバーさん全然教えてなかったんだ……)「……ま、まあ良いわ、私が教えるわね」

 アンジュリーナは仕方ないなあ、と思いながら話す事を整理すべく考え、挙句一呼吸置いて話し始めた。

「……「管理軍」というのはね、今から一七年前くらい前から、人間の完全管理社会を達成しようとしている組織なの。「管理組織」とも呼ばれているわ。本当の名前は「地球管理組織」といって、その頭文字から「EMO」(Earth Management Organization)とも呼ばれているの。組織自体は百年以上前から存在したらしいけど、それまでは表立って動いていた訳じゃないみたい。「第三次世界大戦」は管理軍によって引き起こされたとも言われているわ」
「第三次世界大戦?」

 訊かれた少女は一瞬戸惑った。彼女には「第三次世界大戦」は誰もが知っているという先入観があったからだ。常識を改めて認識するのは難しいだろう。

「……えっと、五十年程前に起こった世界的な戦争の事なんだけど、その時は九十億人も居た世界人口がそれから終わるまでの三十年間で十億人にまで減って……管理軍は戦争を起こした事によって世界を混乱させ、再建を兼ねて管理社会を作ろうとしたという事みたい……」

 話について行けているのか確かめる為、一旦区切る。ただし、自分の語り口調が段々暗くなっている事を自覚していなかった。アダムが気にも掛けず、問う。

「何故管理しようとするんだ?」
「そう言うと思ったわ。管理軍の主張によれば人類を破滅させないように徹底した社会を作り上げる事が目的らしいの。でも管理軍は人道を無視した政策ばかりで……」
「例えば?」
「えーっと……支配のために人々にコンピューターチップを埋め込んで感情を抑制したり行動を制限したり、娯楽や芸術や宗教とかを禁止したり……人が人じゃないみたいでとても受け入れられないわ。しかも逆らえば鎮圧され人格を改造させられる……でもそんなの耐えられない、だから私達は「反乱軍」を結成し立ち上がったの。人として生きる為にね」

 アンジュリーナの声から悲観が薄まった。その代わり、真剣さが増加する。

「それが君達か」
「そうよ。私思うの、人は笑ったり泣いたりするからこそ人なのに、楽しみも悲しみも無いなんて人じゃない。ただのロボットと同じよ。人として生きられないなんて……」

 突然、アダムの意識は視界から自分の脳内に移った。

 無機質な施設、廊下、人員、ロボット、銃弾――それらから逃げる。

 逃げるのは自分。しかし逆らえなかった。

 プレートアーマーの人物が、自分を殴る。

 それ以上は分からなかった――アダムには十分だった。

 アダムはその概念を知らなかったが、少年が抱いたのは共感に他ならない。自由を押さえつける存在が嫌だった。そんな気がする。

「……自分も同じ考えだ、アンジュ」
「そ、そうなの?」

 予想外の答えにアンジュリーナが訊き返していた。

「……自分は逃げ出したかった……管理軍から逃げていたのを思い出した。だが奴らは許さなかった……」



「アダム」

 背中でその声を聞いた。

「戻ってこい」

 どうすれば良い?



 アダムが痛そうに頭を押さえる。すかさずアンジュリーナが駆け寄った。

「無理しないで!」
「大丈夫だ……」

 この時、アダムは自分の記憶を探るべく思い出そうと集中し、アンジュリーナはアダムを心配してそれだけに気を掛けていた。

 だから、屋上に足を踏み入れた人物に気付かなかった。

 “その存在”は他三人の協力者が敵を引き付けているのを良い事に、ビルの壁をよじ登っていた。“この存在”は自身の「認識阻害」という能力によって、他人にはその存在を一切知られずに、目的地たるビルの屋上まで辿り着いたのだ。

 見えているのに見えていない、それは人の錯覚ですらあり得る事だ。人が背景の中から一つの物だけを見詰める時、その人には背景が認識出来るだろうか。

 要するに「認識阻害」は阻害させる対象を意識させないように“背景”にする、という訳だ。

 しかし、注目するきっかけさえあれば対象は“背景”から抜け出して“一点”となる――今がまさに丁度その時だった。

 不意に、アンジュリーナは背中に強い衝撃を感じた。途端に前に飛ばされる。

「ひゃっ!」

 高く素っ頓狂な声で悲鳴を上げ、地面へ倒れ伏す。腕を体の前にやって顔を守る。痛みは無かったが、心配ですぐさま立ち上がり振り向く。

 その時には、既にアダムが謎の人物に羽交い絞めにされていた。

 フードに隠れて素顔が見えない。人物の右手に握るナイフはアダムの首に突き立てられ、左手に握る拳銃の先端はアンジュリーナに向いている。

「……い、一体アダム君をどうするつもりなの?!」
「命じられたのはアンダーソンの奪還もしくは破壊。こちらは出来れば奪還で済ませる事を望んでいる。だがいざとなれば破壊も認められている」
「や、止めて!」
「ならば差し渡せ」

 アンジュリーナは言い返せなくて黙り込んでしまった。

(そんな、アダム君を助けたいのに……渡してしまったらきっと酷い目に……でも断れば今殺されてしまう……)

 少女が葛藤に迷い固まる。幾ら時間を掛けても、彼女は選択出来ないだろう。

 一方、少年の方に迷いは無かった。

(抜け出そう)

 そう考えている時には、既にアダムは左足で床を蹴っていた。

 上体を後ろに逸らす事でナイフから離れ、羽交い絞めされている腕を支点に縦に回転し、拘束から外れる。

 “目標”の思いがけない行動に不意を突かれた人物は手を離し、”目標”からのオーバーヘッドキックを両腕を交差させ、ガード。

 蹴りのダメージは無かったが、勢いを殺し切れず後退する。アダムは一回転し、左足から着地。

(情報と違う。「覚醒」はまだと聞いていたが……)「どうやらお前が逆らうか」

 相手は左手の銃をサッとアダムに向け、引き金を引く。

(分かる)

 少年は音速の十倍で迫り来る“不可視の弾丸”を、“感じて”いた。認識よりも先に体が動き、頭を貫く軌道だった弾は、アダムの左数十センチメートルを横切った。

(やはり「覚醒」している)
(勝てる。いや、勝つんだ)
(アダム君、だ、大丈夫なの?!)

 状況の急変によって目を右往左往泳がせているアンジュリーナを他所に、二人が向き合った。















 コーヒーを飲み好きな医学雑誌を読みながらチャックはビルの一室のクッションの効いた椅子の上でくつろいでいた。
「実に平和なものだな。つい夜中まで戦闘があったなんて嘘みたいに静かだ」




















(実に大変なものだな。常に気を緩められない……)

 心の中で悲観しながらでもハンは一切気を緩めなかった。

(そういえばチャック先生は「顕微視」は出来ても距離が離れれば探知能力に適性が無かったんだった……)

 表情にすら出ていないだろうが頭の中では苦虫を噛み潰していた。

 それは相手の女性も同じだった。

(この男かなり厄介だわね……あとブラウンとテイラーは上手くやってるか……)

 思考中、咄嗟にハンが指を尖らせた手を次々と叩き付ける。女が慌てて両腕を交互に回して防御する。

「言っとくけど、あたし悪いけど“北派”なんだよね。勝負は蹴りで決まるからさ」
「いいや、手の技が七、足の技が三、だ。無駄なく、最小限な拳こそが勝つ」
「うるさい!」

 反発し、体勢を低くして連撃から逃れた女は、右足で下段回し蹴りを放つ。ハンは後ろに一歩下がるだけでそれを躱した。

 回転の勢いを上げると同時に蹴りを更に連発。それをハンは体を逸らし、後ろに下がるだけで的確に避けてみせる。

 右回転の左回し蹴りを屈んで避けたハンは、カウンターに左回転の右回し蹴りを女の背中に決める。

 よろけた女は壁に手を着いて戻り、今度は二本の腕を振り回し、攻撃を再開する。

 指によって急所を狙った連撃を、ハンの腕は最小限の動作で防ぐと同時に、攻防一体の動きで相手の行動を抑え込む。

 時々、足元を狙った蹴りに対し、その腿を蹴り踏む事で、東洋人は平然と立っていられる。

 女性は足の痛みに耐えながら、拳を打っては引き戻し打っては引き戻し……

 青年が相手の右腕を左手で下に払い、右ボディブロー――女が左手を右にやって防ぐ。この時女の両腕は交差し、右腕がもう片方に抑えられ、動かない状態だった。

 しまった、と思った時には、ハンの左フックが側頭部を捉えていた。

 痛みに耐えながら女性が後退し、十分に距離を取って向き合う。

「クソッ!」(こうなったら使うしか……)

 女性らしくない不満を叫ぶ中、内心では追い詰められ、一つ決心をする。首に巻き付けられている輪を意識――変化はすぐに訪れた。

 その変化はハンにも見えた。ファッションか何かと思い込み、気にしなかった首輪が突然“エネルギー”を帯びた。同時に、女の周囲から吸収される“エネルギー”が勢いを増したのを感じた。

(あの首輪、「エネリオン」吸収を活性化させるのか?! 管理軍が開発中と噂には聞いた事はあるが……)

 ハンの思考を余所に、一方で女は別の思考を巡らせていた。

(あたしはこれ以上無理。先に使う)
『了解』
『分かった。では少しでも攪乱させろ』

 耳の穴に直接聞こえる、思念送受信による通信を終えると、目の前の相手目がけて突進する。

 踏み込みの度に床が割れる。気を抜いていたハンに向かって正面から衝突。

 衝撃を受け止められず、ハンは後ろに吹き飛ばされ、背中に堅い感触。後ろにあった壁が砕けた。

 壁を突き破り、ビルの外に飛び出してしまったハン。壁の破れ痕から女が勢い良く飛び出したのが見えた。

 落下するハンに追い付いた女は降下キックを炸裂させる――一体となり、コンクリートの地面へ向かって落下。

 ドガッシャーン! ――破砕音と共に、背中に無慈悲な堅い感触を青年は覚えた。

 起き上がろうとしたが、痛みが後から襲って自由に動けない。つんざく耳鳴りも追加されている始末だ。

 痛みと耳鳴りが次第に引き、ようやく起き上がる。敵対していた女性の姿は既に消えていた。

 周囲を見る限り、破って出て来たビルと墜落した地点以外には街は無傷だった。

(退散か……しかしあの首の装置、どうやら断続的な使用しか出来ないか、身体への負荷が大きいのか、恐らく逃走用だと見た)

 市街地の広い道路のど真ん中に出来たクレーターから這い上がると、集まって騒いでいる民衆達をどうしようかと、苦い顔をしながら片手で側頭部を押さえた。
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