24 / 72
Category 1 :Recognition
10 : Participation
しおりを挟む
新素粒子「エネリオン」、それは西暦二〇五〇年代もしくはそれ以前、地球管理組織が発見されたと言われている。
名前の由来は、それがあらゆるエネルギーへ自在に変化出来る、という性質を持つ故だ。逆に、あらゆるエネルギーからエネリオンへの逆変化も起こり得る。
宇宙空間のどこにでも存在し、それ自体に質量は存在せず、エネリオン自体が何か熱や電気といったエネルギーを持っている訳でもない。
だが、「変換」する事で条件に合わせて他のエネルギーに変換可能であり、法則を当てはめるにおいて概念的な質量は存在する。
「まあその話は面倒だし、先端分野だからすぐに理解するのは難しいだろうし、後にしておいて、ここまでは分かったかい?」
「分かった」
ハンの説明にアダムは顔を変えず頷いた。
アダムが屋上で暗殺者と死闘を繰り広げてから一時間強。
あの戦闘後、アンジュリーナはチャックに治療されて即座に回復し、少年に笑顔を見せた。アダムはトレバーから「良くやった」と抑揚の無い声で褒められた。
その後アダムはトレバーから、たった今彼の目の前に居るハン・ヤンテイという人物を紹介され、ビルの一室で椅子に腰掛けながら、この対面する東洋人からあらゆる事を教わっている。
「そして、エネリオンは“普通の人間”には感じる事なんて出来ない。でも稀にそれを感じる事が出来る人物が居る」
「自分もそうなのか」
「その通り。エネリオンを感知し、更にはそれを吸収し、変換し、エネルギーに変える、それが出来るのが“僕ら”「トランセンド・マン」だ」
「エネルギーへ変換……具体的にはどうやるんだ?」
トランセンド・マンは「能力」を行使する際、自動的に空間からエネリオンを吸収する。体表で吸収したエネリオンは脳へ集まり、そこで構造情報を変換する。
ただし、変換されたエネリオンはこの時点では、まだエネルギーではない。変換されたエネリオンは作用させる身体の部位や神経の末端部へ送られる。
「ここがちょっと面倒だけど、分かりにくかったら言ってくれ」
そう告げた東洋人は、少年が頷くのを確認し、話を再開した。
トランセンド・マンがエネリオンを使用するにあたって、大きく分けて五つの能力がある。「速筋力増大」、「遅筋力増大」、「身体耐久力増大」、「神経速度増大」、そして「特殊能力」。
ちなみにこれらを数値評価し、トランセンド・マンとしての能力をも測定するが、この数値を「能力値」ともいう。
前者四つは脳で変換されたエネリオンを各身体部位に送り、意識的・無意識的両方の場合で発動出来る。具体的に変換するのは、出力増大や負荷軽減といった、主には運動エネルギーとその他。
そして後者一つ、これは個人によって内容が変わる。エネリオンを熱に変えたり電気に変えたり、人それぞれ十人十色とでも言うべきだろう。何故そういった特殊能力が個人個人で決まるのかは判明していないが。
話を戻せば、特殊能力は他とは違って意識的に行う能力であり、また行使する場合はエネリオンを手や足といった神経末端部に送り、そこから体外に放出。そして放出したエネリオンを作用させる対象に当てる事でエネルギーに変換される。
「と、こんな感じだけど……」
「武器を使っている者も居たが、あれもエネリオンによって強化したりしているのか?」
「ああ、何も無ければ決まった形のエネルギーにしか変換出来ない。その欠点を補うのが専用武器だ」
すると東洋人は何処からか拳銃型の物体を取り出し、見せるなり柄を差し出すと少年に持たせた。
「この銃は使用者から送られたパターンを持たないエネリオンを吸収すると、この内部に組み込まれた特殊回路によって“銃弾”に変換する」
「銃弾?」
「具体的には、ある量のエネリオンをある速度で発射し、命中した物体を破壊するエネルギーを与える。エネリオンの加速自体にエネリオンを消費するから弾速を上げても威力は損なわれるし、下げて威力を上げても当たらない」
「待ってくれ、加速にまたエネリオンを消費する、という事だが、質量は存在しないのではなかったのか?」
ハンの言葉が詰まる。困ったように頭を掻き、しばらくして話を再開した。
「そこが面倒な所なんだ。簡単に言えば「疑似質量」なるものがあって、それが運動エネルギーの法則に当てはまるんだよ……すまないが、これ以上は難しいからストップさせてくれ。その内専門家にでも説明してもらう事にするよ」
「分かった」
「ええと、エネリオンやトランセンド・マンに関する認識はこれ位で良いと思うけど、質問はあるかい?」
アダムは間を空けず即答。
「トランセンド・マンと普通の人間は何が違う?」
「良い所に気付くね。これも不明な箇所が多いが、エネリオンを感知・操作出来る以外には大した違いは無いんだ。外見は見ての通り普通の人間と同じだし、DNAだって〇・〇〇二パーセント以下の違いしか見つかっていない。身体・器官・組織・細胞の構造だって違いは無いんだ。強いて言うなら、DNAのほんの少しの違いがトランセンド・マンとしての能力を持っていると考えられているけど、詳しくは今も解明されていない」
「そうか……科学は物事を次々と解決するが、それと同時に疑問を作り出しているようだな」
「同感だね。僕には、科学の研究が最終的に何処へ行き着くなんて想像も付かない……」
逸れた話を、ハンはここらで戻す事した。
「アダム、僕達反乱軍の事は簡単にアンジュが説明したと言っていた。どの程度の認識だ?」
「……地球管理組織の管理社会化を阻止する、と」
「もう少し深く言えば、僕らが管理社会化を恐れている一番の要因は、人類が精神を失う事だ。管理社会は確かに合理的で安全ではある。でも進歩が全く起こらない。人類は成長し、発展する。それは動物なら必ず生まれ持つ精神に起因している。でも精神は時に人類を滅ぼしかけた事すらある。それを踏まえて管理社会を実現しようとしているんだろうけど……」
ハンが一旦言葉を切った。少年は取り込まれていた。
「ここからが大事だ。特に人類が持つ精神は人類自身の長所であり、短所である。短所を無くすのは良いが、それと引き換えに人類は長所を失ってしまう。物事は何でも表裏一体だ。二つのどちらかが突出しても欠けも成り立たない。ならば精神を持たない人間は人間と言えるのだろうか」
少年はきょとんとしていた。その一方で聞き入っていた。
「……これは僕ら反乱軍を生んだ人物の言った言葉だよ。これこそ僕らに人間が人間たる理由だと思うんだ。僕だって人間が人間らしくあるべきには精神が不可欠だと思う。人間として生きる事。そして、弱点から逃げるんじゃなく、向き合う事……これが僕らの目的だと思ってくれ」
「人間として生きる……弱点と向き合う……」
アダムの意識が現実から遠のいた。
無機質な白い廊下
ひたすら走っている。
逃げたい――だが追われる。
逆らう――だが鎮圧される。
ほんの一瞬。
現実に戻った。その時、アダムはハンの意見を受け入れていた。共感していた。
「大丈夫かい?」
黙っていたアダムの顔色を窺っていたハンが訊いた。アダムは無言だったが、頷いて肯定を示した。
「アダム・アンダーソン、君に訊きたい。この考えを理解出来るかい?」
「ああ、出来る。受け入れられる」
揺るぎない断言だ。
「そして頼みたい、アダム・アンダーソン。どうか僕ら反乱軍に加わり、協力してくれるだろうか? その代わり、僕ら自身君の助けにもなるよ」
ハンは友好的な態度を変えていなかったが、口調は緩やかさが抜け引き締まっていた。
「協力したい……地球管理組織から逃げたかった。何故か覚えている。意思を拒絶した……だが、反乱軍は違う。受け入れてくれている」
断片的な言葉だが、意志は読み取れる。
(逃げていた……アンジュは廊下に捨てられたように横たわっていたと言っていたが、恐らくこれか)
「……アダム、皆似たようなものだ。誰だって逃げたくなければこんな所には居ない、そういうものさ。それが人間だから」
少年は黙り込んでいた。それをハンは同調してくれていると見込んだ。
「この先厳しい事は避けられないだろう。それでも僕らに加わってくれるかい? 人間としてね」
「勿論だ」
ハンが椅子から立ち上がり、アダムに向かって右手を差し出した。アダムも立ち、同じく右手でハンの手を握る。
アダムの心の半分は晴れていた。しかしもう半分は疑問に曇らせていた。その様子を外側から見る事は出来ない。
(どうして逃げたかったんだ?)
◇
「アダム」
背中でその声を聞いた。
「戻ってこい」
どうすれば良い?
◇
誰もこの疑問には答えてくれない。
アダムがハンと共にビルの一室から出て来ると、廊下には見慣れた人物達の姿があった。
「おっ、話済んだか。その調子だと良い事でもあったか」
一番先にハンの姿を認め、馴れ馴れしく話し掛けた、ボサボサな長い茶髪で体格の良い男性は、隣の少年へ目をやった。
「元気? 俺はリョウ・エドワーズ。なあ、これ食うか?」
リョウは初対面のアダムにもフレンドリーに話し掛け、手に抱えていた紙の包みの一つを、アダムに有無を言わせる前に手渡した。
「スペアリブ、美味えぞ。特に脂肪が良いんだ。直火だから油が適度に落ちてるし、スパイスや焦げも良い。女のケツみたいなもんだ、大き過ぎても小さ過ぎてもダメで……」
リョウの語りはここで中断された。背後から、細く綺麗な白い手からのチョップが、リョウの頭を叩いたのだ。
「誰の尻だって?」
「別にお前のとは言ってない。お前はなんでそんなデケえんだよ」
リョウは後ろから自分を叩いた銀髪長身の女性の体つきを見ながら言い返した。服の上からでも分かる大きさの胸と尻、引き締まったウエスト、そして……
ガシッ!
「お前は何で何時もそんな事ばかり考える? そうしないと生きていけないのか?」
「おいおい、拳骨はねえだろ、少しは加減しろ。ジョークは生きがいだぜ。呼吸しなきゃ生きていけないのと同じだ」
「かといって初対面の者に冗談、しかも下ネタなんて言うか? ついでにセクハラだぞ」
「生憎ルールとやらに従うのは嫌いでね。そうじゃなきゃ反乱軍なんて入らねえよ」
口論する二人を呆然と見守るその他。その中の一人の少女がアダムへ寄って来た。
「あの銀髪の人はクラウディアさんだよ。何時もリョウさんとあんな感じなの」
「……」
少女、アンジュリーナが苦笑気味に説明するが、アダムは目を開いたまま何も言わない。その風景に呆れているのか、それとも違うのかは分からないが。
喧嘩する二人に黒髪の白人青年が肩を落としながら、気だるい声で仲裁に入った。
「二人ともまたしょうもない事で揉めるなよ。夫婦喧嘩は人前でやらんでくれや」
「誰が夫婦だ!」
「こんな男とセットにするな!」
ところが冗談を利かせた台詞は、二人を止めるどころか黒髪のラテン系青年をも喧嘩に巻き込んだ。
「あの人がレックスさん。毎回三人はあんな感じだけど……」
「……」
アンジュリーナが何時もの事のように呆れて言い、アダムはまたも黙っている。
「レックス、本当に毎度ご苦労さんとしか言えないよ……」
隣でハンの嘆き。そして、目の前の光景を指し、少年へ向けて言う。
「本当はもっと居るけど、他は今の所不在かな。そういやストーン先生やトレバーも居ないな……まあ良いや、改めて紹介しよう。これが反乱軍だ」
「……」
少年はまだ口を開かない。
気付けば、口論していた三人は知らぬ間に笑い合っていた。その中には罵倒する言葉もたまに混じっていたが、和やかなムードがそれを凌駕する。
「……大丈夫、私達は必ずアダム君を受け入れるから」
アンジュリーナが隣から落ち着いた声で言った。アダムは何も返事をしなかったが、少女からは固い表情が幾らか和らいだようにも見えた。
「それより、食えよスペアリブ。ブリトーもあるぞ。俺が全部金出したんだぜ」
「あっ、さっきまで金払いたくないとか言ってたくせに」
「言っとくが、お前が稼げたのは俺が一人でちゃんと仕事してたからだからな」
リョウが得意げに提案し、クラウディアとレックスが乗っかる。こうして三人の若者は言葉の乱闘を再開した。
罵倒の掛け合いを気にせず、アダムは言われた通り渡された包みの中の肉を一齧り。
「……美味い」(脂肪が丁度良い。塩やソースやスパイスの味付けも合っている。歯ごたえもあるし……)
一人味の世界に取り込まれ、連鎖反応の如く肉を食い続けるアダム。
それを見て一番嬉しそうに微笑んだのは、アンジュリーナだった。
名前の由来は、それがあらゆるエネルギーへ自在に変化出来る、という性質を持つ故だ。逆に、あらゆるエネルギーからエネリオンへの逆変化も起こり得る。
宇宙空間のどこにでも存在し、それ自体に質量は存在せず、エネリオン自体が何か熱や電気といったエネルギーを持っている訳でもない。
だが、「変換」する事で条件に合わせて他のエネルギーに変換可能であり、法則を当てはめるにおいて概念的な質量は存在する。
「まあその話は面倒だし、先端分野だからすぐに理解するのは難しいだろうし、後にしておいて、ここまでは分かったかい?」
「分かった」
ハンの説明にアダムは顔を変えず頷いた。
アダムが屋上で暗殺者と死闘を繰り広げてから一時間強。
あの戦闘後、アンジュリーナはチャックに治療されて即座に回復し、少年に笑顔を見せた。アダムはトレバーから「良くやった」と抑揚の無い声で褒められた。
その後アダムはトレバーから、たった今彼の目の前に居るハン・ヤンテイという人物を紹介され、ビルの一室で椅子に腰掛けながら、この対面する東洋人からあらゆる事を教わっている。
「そして、エネリオンは“普通の人間”には感じる事なんて出来ない。でも稀にそれを感じる事が出来る人物が居る」
「自分もそうなのか」
「その通り。エネリオンを感知し、更にはそれを吸収し、変換し、エネルギーに変える、それが出来るのが“僕ら”「トランセンド・マン」だ」
「エネルギーへ変換……具体的にはどうやるんだ?」
トランセンド・マンは「能力」を行使する際、自動的に空間からエネリオンを吸収する。体表で吸収したエネリオンは脳へ集まり、そこで構造情報を変換する。
ただし、変換されたエネリオンはこの時点では、まだエネルギーではない。変換されたエネリオンは作用させる身体の部位や神経の末端部へ送られる。
「ここがちょっと面倒だけど、分かりにくかったら言ってくれ」
そう告げた東洋人は、少年が頷くのを確認し、話を再開した。
トランセンド・マンがエネリオンを使用するにあたって、大きく分けて五つの能力がある。「速筋力増大」、「遅筋力増大」、「身体耐久力増大」、「神経速度増大」、そして「特殊能力」。
ちなみにこれらを数値評価し、トランセンド・マンとしての能力をも測定するが、この数値を「能力値」ともいう。
前者四つは脳で変換されたエネリオンを各身体部位に送り、意識的・無意識的両方の場合で発動出来る。具体的に変換するのは、出力増大や負荷軽減といった、主には運動エネルギーとその他。
そして後者一つ、これは個人によって内容が変わる。エネリオンを熱に変えたり電気に変えたり、人それぞれ十人十色とでも言うべきだろう。何故そういった特殊能力が個人個人で決まるのかは判明していないが。
話を戻せば、特殊能力は他とは違って意識的に行う能力であり、また行使する場合はエネリオンを手や足といった神経末端部に送り、そこから体外に放出。そして放出したエネリオンを作用させる対象に当てる事でエネルギーに変換される。
「と、こんな感じだけど……」
「武器を使っている者も居たが、あれもエネリオンによって強化したりしているのか?」
「ああ、何も無ければ決まった形のエネルギーにしか変換出来ない。その欠点を補うのが専用武器だ」
すると東洋人は何処からか拳銃型の物体を取り出し、見せるなり柄を差し出すと少年に持たせた。
「この銃は使用者から送られたパターンを持たないエネリオンを吸収すると、この内部に組み込まれた特殊回路によって“銃弾”に変換する」
「銃弾?」
「具体的には、ある量のエネリオンをある速度で発射し、命中した物体を破壊するエネルギーを与える。エネリオンの加速自体にエネリオンを消費するから弾速を上げても威力は損なわれるし、下げて威力を上げても当たらない」
「待ってくれ、加速にまたエネリオンを消費する、という事だが、質量は存在しないのではなかったのか?」
ハンの言葉が詰まる。困ったように頭を掻き、しばらくして話を再開した。
「そこが面倒な所なんだ。簡単に言えば「疑似質量」なるものがあって、それが運動エネルギーの法則に当てはまるんだよ……すまないが、これ以上は難しいからストップさせてくれ。その内専門家にでも説明してもらう事にするよ」
「分かった」
「ええと、エネリオンやトランセンド・マンに関する認識はこれ位で良いと思うけど、質問はあるかい?」
アダムは間を空けず即答。
「トランセンド・マンと普通の人間は何が違う?」
「良い所に気付くね。これも不明な箇所が多いが、エネリオンを感知・操作出来る以外には大した違いは無いんだ。外見は見ての通り普通の人間と同じだし、DNAだって〇・〇〇二パーセント以下の違いしか見つかっていない。身体・器官・組織・細胞の構造だって違いは無いんだ。強いて言うなら、DNAのほんの少しの違いがトランセンド・マンとしての能力を持っていると考えられているけど、詳しくは今も解明されていない」
「そうか……科学は物事を次々と解決するが、それと同時に疑問を作り出しているようだな」
「同感だね。僕には、科学の研究が最終的に何処へ行き着くなんて想像も付かない……」
逸れた話を、ハンはここらで戻す事した。
「アダム、僕達反乱軍の事は簡単にアンジュが説明したと言っていた。どの程度の認識だ?」
「……地球管理組織の管理社会化を阻止する、と」
「もう少し深く言えば、僕らが管理社会化を恐れている一番の要因は、人類が精神を失う事だ。管理社会は確かに合理的で安全ではある。でも進歩が全く起こらない。人類は成長し、発展する。それは動物なら必ず生まれ持つ精神に起因している。でも精神は時に人類を滅ぼしかけた事すらある。それを踏まえて管理社会を実現しようとしているんだろうけど……」
ハンが一旦言葉を切った。少年は取り込まれていた。
「ここからが大事だ。特に人類が持つ精神は人類自身の長所であり、短所である。短所を無くすのは良いが、それと引き換えに人類は長所を失ってしまう。物事は何でも表裏一体だ。二つのどちらかが突出しても欠けも成り立たない。ならば精神を持たない人間は人間と言えるのだろうか」
少年はきょとんとしていた。その一方で聞き入っていた。
「……これは僕ら反乱軍を生んだ人物の言った言葉だよ。これこそ僕らに人間が人間たる理由だと思うんだ。僕だって人間が人間らしくあるべきには精神が不可欠だと思う。人間として生きる事。そして、弱点から逃げるんじゃなく、向き合う事……これが僕らの目的だと思ってくれ」
「人間として生きる……弱点と向き合う……」
アダムの意識が現実から遠のいた。
無機質な白い廊下
ひたすら走っている。
逃げたい――だが追われる。
逆らう――だが鎮圧される。
ほんの一瞬。
現実に戻った。その時、アダムはハンの意見を受け入れていた。共感していた。
「大丈夫かい?」
黙っていたアダムの顔色を窺っていたハンが訊いた。アダムは無言だったが、頷いて肯定を示した。
「アダム・アンダーソン、君に訊きたい。この考えを理解出来るかい?」
「ああ、出来る。受け入れられる」
揺るぎない断言だ。
「そして頼みたい、アダム・アンダーソン。どうか僕ら反乱軍に加わり、協力してくれるだろうか? その代わり、僕ら自身君の助けにもなるよ」
ハンは友好的な態度を変えていなかったが、口調は緩やかさが抜け引き締まっていた。
「協力したい……地球管理組織から逃げたかった。何故か覚えている。意思を拒絶した……だが、反乱軍は違う。受け入れてくれている」
断片的な言葉だが、意志は読み取れる。
(逃げていた……アンジュは廊下に捨てられたように横たわっていたと言っていたが、恐らくこれか)
「……アダム、皆似たようなものだ。誰だって逃げたくなければこんな所には居ない、そういうものさ。それが人間だから」
少年は黙り込んでいた。それをハンは同調してくれていると見込んだ。
「この先厳しい事は避けられないだろう。それでも僕らに加わってくれるかい? 人間としてね」
「勿論だ」
ハンが椅子から立ち上がり、アダムに向かって右手を差し出した。アダムも立ち、同じく右手でハンの手を握る。
アダムの心の半分は晴れていた。しかしもう半分は疑問に曇らせていた。その様子を外側から見る事は出来ない。
(どうして逃げたかったんだ?)
◇
「アダム」
背中でその声を聞いた。
「戻ってこい」
どうすれば良い?
◇
誰もこの疑問には答えてくれない。
アダムがハンと共にビルの一室から出て来ると、廊下には見慣れた人物達の姿があった。
「おっ、話済んだか。その調子だと良い事でもあったか」
一番先にハンの姿を認め、馴れ馴れしく話し掛けた、ボサボサな長い茶髪で体格の良い男性は、隣の少年へ目をやった。
「元気? 俺はリョウ・エドワーズ。なあ、これ食うか?」
リョウは初対面のアダムにもフレンドリーに話し掛け、手に抱えていた紙の包みの一つを、アダムに有無を言わせる前に手渡した。
「スペアリブ、美味えぞ。特に脂肪が良いんだ。直火だから油が適度に落ちてるし、スパイスや焦げも良い。女のケツみたいなもんだ、大き過ぎても小さ過ぎてもダメで……」
リョウの語りはここで中断された。背後から、細く綺麗な白い手からのチョップが、リョウの頭を叩いたのだ。
「誰の尻だって?」
「別にお前のとは言ってない。お前はなんでそんなデケえんだよ」
リョウは後ろから自分を叩いた銀髪長身の女性の体つきを見ながら言い返した。服の上からでも分かる大きさの胸と尻、引き締まったウエスト、そして……
ガシッ!
「お前は何で何時もそんな事ばかり考える? そうしないと生きていけないのか?」
「おいおい、拳骨はねえだろ、少しは加減しろ。ジョークは生きがいだぜ。呼吸しなきゃ生きていけないのと同じだ」
「かといって初対面の者に冗談、しかも下ネタなんて言うか? ついでにセクハラだぞ」
「生憎ルールとやらに従うのは嫌いでね。そうじゃなきゃ反乱軍なんて入らねえよ」
口論する二人を呆然と見守るその他。その中の一人の少女がアダムへ寄って来た。
「あの銀髪の人はクラウディアさんだよ。何時もリョウさんとあんな感じなの」
「……」
少女、アンジュリーナが苦笑気味に説明するが、アダムは目を開いたまま何も言わない。その風景に呆れているのか、それとも違うのかは分からないが。
喧嘩する二人に黒髪の白人青年が肩を落としながら、気だるい声で仲裁に入った。
「二人ともまたしょうもない事で揉めるなよ。夫婦喧嘩は人前でやらんでくれや」
「誰が夫婦だ!」
「こんな男とセットにするな!」
ところが冗談を利かせた台詞は、二人を止めるどころか黒髪のラテン系青年をも喧嘩に巻き込んだ。
「あの人がレックスさん。毎回三人はあんな感じだけど……」
「……」
アンジュリーナが何時もの事のように呆れて言い、アダムはまたも黙っている。
「レックス、本当に毎度ご苦労さんとしか言えないよ……」
隣でハンの嘆き。そして、目の前の光景を指し、少年へ向けて言う。
「本当はもっと居るけど、他は今の所不在かな。そういやストーン先生やトレバーも居ないな……まあ良いや、改めて紹介しよう。これが反乱軍だ」
「……」
少年はまだ口を開かない。
気付けば、口論していた三人は知らぬ間に笑い合っていた。その中には罵倒する言葉もたまに混じっていたが、和やかなムードがそれを凌駕する。
「……大丈夫、私達は必ずアダム君を受け入れるから」
アンジュリーナが隣から落ち着いた声で言った。アダムは何も返事をしなかったが、少女からは固い表情が幾らか和らいだようにも見えた。
「それより、食えよスペアリブ。ブリトーもあるぞ。俺が全部金出したんだぜ」
「あっ、さっきまで金払いたくないとか言ってたくせに」
「言っとくが、お前が稼げたのは俺が一人でちゃんと仕事してたからだからな」
リョウが得意げに提案し、クラウディアとレックスが乗っかる。こうして三人の若者は言葉の乱闘を再開した。
罵倒の掛け合いを気にせず、アダムは言われた通り渡された包みの中の肉を一齧り。
「……美味い」(脂肪が丁度良い。塩やソースやスパイスの味付けも合っている。歯ごたえもあるし……)
一人味の世界に取り込まれ、連鎖反応の如く肉を食い続けるアダム。
それを見て一番嬉しそうに微笑んだのは、アンジュリーナだった。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
【完結】ある二人の皇女
つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。
姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。
成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。
最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。
何故か?
それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。
皇后には息子が一人いた。
ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。
不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。
我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。
他のサイトにも公開中。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
空色のサイエンスウィッチ
コーヒー微糖派
SF
『科学の魔女は、空色の髪をなびかせて宙を舞う』
高校を卒業後、亡くなった両親の後を継いで工場長となったニ十歳の女性――空鳥 隼《そらとり じゅん》
彼女は両親との思い出が詰まった工場を守るため、単身で経営を続けてはいたものの、その運営状況は火の車。残された借金さえも返せない。
それでも持ち前の知識で独自の商品開発を進め、なんとかこの状況からの脱出を図っていた。
そんなある日、隼は自身の開発物の影響で、スーパーパワーに目覚めてしまう。
その力は、隼にさらなる可能性を見出させ、その運命さえも大きく変えていく。
持ち前の科学知識を応用することで、世に魔法を再現することをも可能とした力。
その力をもってして、隼は日々空を駆け巡り、世のため人のためのヒーロー活動を始めることにした。
そしていつしか、彼女はこう呼ばれるようになる。
魔法の杖に腰かけて、大空を鳥のように舞う【空色の魔女】と。
※この作品の科学知識云々はフィクションです。参考にしないでください。
※ノベルアッププラス様での連載分を後追いで公開いたします。
※2022/10/25 完結まで投稿しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる