44 / 154
その四十四 禍躬の蔵
しおりを挟む忌み山の中腹にて見つけた岩肌の裂け目。
意を決し、不気味な暗路へと踏み込んだ一行。緩やかな下り坂、内部はおもいのほか枝分かれしており入り組んではいたものの、襲ってくる者とてなく、山狗の子の導きもありずんずん奥へと。
進んだ先にて彼らを待っていたのは、吹き抜けの空間であった。
お大尽の屋敷がすっぽり収まりそうなほどの広さがある。わりと明るい。天井付近にある複数の穴。おそらくは火口付近へと通じているのであろう。そこを抜けた光が線となり、幾筋も降り注いでいる。しかしおもいのほかに光が柔らかく、あまり眩しくはない。おかげで暗から明へと一変する視界に戸惑うこともなく、すぐに目が環境に順応した。
あらわとなる光景に、忠吾らはしばし言葉を忘れる。
光と闇と大小無数に突き出た石柱が織りなす空間は、人を寄せつけない凛とした静謐が満ちていて、どこか神秘的であり厳かでもあり。
濃い陰影を避け、なるべく明るいところを選んで歩く。石柱の間を抜けて一行は進む。
前方の気配を探りながら先頭を歩いていたコハクがふと足を止めたのは、とある一本の石柱のそば。山狗の子は石柱の上の方をじっと見つめている。
その視線を追えば、すぐに深々と刻まれた六本爪の引っかき傷があるのがわかった。
「傷の位置がかなり高いですね……、以前にコハクが仕留めたクマの倍ほどはあるやも」
つぶやいたのは正孝。
山での修行の総仕上げとして山狗の子が狩ったクマ。近年稀にみる大物にて、九尺はあろうかという巨体を誇る。(※一尺で約三十センチほど。ちなみに一丈は十尺に相当し約三メートルぐらいになる)
だがこの石柱を傷つけた者は、それを遥かにしのぐ巨躯。
そんな輩がそこいらにいるはずもなく、どうやらここが禍躬シャクドウが関わる場所であることは、まず間違いなさそうであることがこれにより判明した。
「……竹姫の里を襲った頃よりも、さらに成長しているようだな。しかもすでにかなり変異が進んでしまっている」
かき傷を指差しながら忠吾が言った。
本来クマは五本指の動物。しかし刻まれた傷は六本ある。それすなわち指の数が増えたことを意味している。
禍躬はヒト以外の生き物が成る存在。
いかなる仕儀にて地より湧き出るのか。理由や仕組みなどの詳細は不明ながらも、その過程で獣の領域を外れた異形へと変わっていくことはわかっている。
たいていは身体が大きくなり、容姿が歪になってゆく。
石柱の引っかき傷をじっと見つめる忠吾、その表情は険しい。
シャクドウはある程度大きくはなったものの、禍躬としてはやはり小柄の部類になるだろう。なのに体を大きくするよりも先に、まず新たな指が生えている。
このことに危惧を覚えたからだ。
たんに数が増えたのではない。実用にたりえて、他の五指となんら遜色のない第六の指。
骨格が、筋肉が、筋が、神経が、血管が、血流が、皮膚が、体毛が、爪が……。およそ肉体を構成するすべてが揃ってはじめて、その指は完全となる。
たんに体を大きくするだけならば、たっぷり喰ってしっかり寝れば、ある程度は大きくなる。
けれども新たな肉体部位を得るとなれば話がまるで違ってくる。
ゆえにたかが指一本、されど指一本。
「禍躬シャクドウ……、この様子だと他の部位にもすでに大きな変化があらわれているかもしれん。無闇に体を大きくせずに、ひたすら喰らい蓄えた力を使って、意図的に己の肉体を改造しているとしたら、相当の難物だぞ、これは」
生涯に渡り五体倒せれば名人達人と呼ばれる世界にあって、すでに十ニもの数を倒した実績を持つ伝説の禍躬狩りの男をして、そうまで言わせるほどの強敵。
あらためてこれから自分たちが対峙しようとしている相手の恐ろしさを知り、一行は気を引き締め直す。
◇
空間を進んだ先にあったのは、平らなまな板のような大岩。
そこにはうず高く積まれた髑髏があった。
優に百は越えているだろう。大量のしゃれこうべ。そのどれもがやたらと白かった。髪の毛の一本、肉片や血の痕すらもまるでなし。よほどたんねんにしゃぶったのであろう。でなければこれほどキレイにはなるまい。
この髑髏らが何で、誰がこのような真似をしたのかなんぞは、いちいち口にするのもおぞましい。
じかに髑髏の山には触れずに、検分していた忠吾。
「どうやらここは奴の蔵のうちのひとつみたいだな」
「うちのひとつ? こんなのが他にもあるというのですか! こんな穢らわしいモノがっ!」
激昂する正孝に、忠吾はうなづく。
「犠牲者の数とまるで合わないからな。たぶん特に気に入った品だけを、噛み砕くことなく残しているのだろうが、いささか量が足りぬ。となれば他にも蔵を構えていると考えるのが妥当だろう。ざっと調べたかぎりでは、しばらく立ち入った形跡はないが、いずれは必ず戻るはず。よし、外に出たら探索方に連絡を入れて監視を頼もう」
怒りは怒りのままに。まずは禍躬シャクドウへと繋がる手がかりを得たことを成果とし、一行は忌み山の探索を終えることにする。
だが彼らが来た道を戻り、山の麓まで出たところで、頭上より「ピュロロロ」と鳴き声が届く。
上空では一羽の黒翼が旋回をしており、こちらの姿を見つけるなり降下を開始した。
忠吾が隻腕をかざすと、そこにふわりと着地した黒翼。足には文が結ばれている。探索方からの緊急連絡。
すぐさま文の中を確認すると、こう書かれてあった。
『祝い山近辺にて、弥五郎、禍躬シャクドウと交戦す』と。
0
あなたにおすすめの小説
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
【完結】またたく星空の下
mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】
※こちらはweb版(改稿前)です※
※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※
◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇
主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。
クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。
そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。
シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる