山狗の血 堕ちた神と地を駆けし獣

月芝

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その四十四 禍躬の蔵

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 忌み山の中腹にて見つけた岩肌の裂け目。
 意を決し、不気味な暗路へと踏み込んだ一行。緩やかな下り坂、内部はおもいのほか枝分かれしており入り組んではいたものの、襲ってくる者とてなく、山狗の子の導きもありずんずん奥へと。

 進んだ先にて彼らを待っていたのは、吹き抜けの空間であった。
 お大尽の屋敷がすっぽり収まりそうなほどの広さがある。わりと明るい。天井付近にある複数の穴。おそらくは火口付近へと通じているのであろう。そこを抜けた光が線となり、幾筋も降り注いでいる。しかしおもいのほかに光が柔らかく、あまり眩しくはない。おかげで暗から明へと一変する視界に戸惑うこともなく、すぐに目が環境に順応した。

 あらわとなる光景に、忠吾らはしばし言葉を忘れる。
 光と闇と大小無数に突き出た石柱が織りなす空間は、人を寄せつけない凛とした静謐が満ちていて、どこか神秘的であり厳かでもあり。
 濃い陰影を避け、なるべく明るいところを選んで歩く。石柱の間を抜けて一行は進む。

 前方の気配を探りながら先頭を歩いていたコハクがふと足を止めたのは、とある一本の石柱のそば。山狗の子は石柱の上の方をじっと見つめている。
 その視線を追えば、すぐに深々と刻まれた六本爪の引っかき傷があるのがわかった。

「傷の位置がかなり高いですね……、以前にコハクが仕留めたクマの倍ほどはあるやも」

 つぶやいたのは正孝。
 山での修行の総仕上げとして山狗の子が狩ったクマ。近年稀にみる大物にて、九尺はあろうかという巨体を誇る。(※一尺で約三十センチほど。ちなみに一丈は十尺に相当し約三メートルぐらいになる)
 だがこの石柱を傷つけた者は、それを遥かにしのぐ巨躯。
 そんな輩がそこいらにいるはずもなく、どうやらここが禍躬シャクドウが関わる場所であることは、まず間違いなさそうであることがこれにより判明した。

「……竹姫の里を襲った頃よりも、さらに成長しているようだな。しかもすでにかなり変異が進んでしまっている」

 かき傷を指差しながら忠吾が言った。
 本来クマは五本指の動物。しかし刻まれた傷は六本ある。それすなわち指の数が増えたことを意味している。
 禍躬はヒト以外の生き物が成る存在。
 いかなる仕儀にて地より湧き出るのか。理由や仕組みなどの詳細は不明ながらも、その過程で獣の領域を外れた異形へと変わっていくことはわかっている。
 たいていは身体が大きくなり、容姿が歪になってゆく。

 石柱の引っかき傷をじっと見つめる忠吾、その表情は険しい。
 シャクドウはある程度大きくはなったものの、禍躬としてはやはり小柄の部類になるだろう。なのに体を大きくするよりも先に、まず新たな指が生えている。
 このことに危惧を覚えたからだ。
 たんに数が増えたのではない。実用にたりえて、他の五指となんら遜色のない第六の指。
 骨格が、筋肉が、筋が、神経が、血管が、血流が、皮膚が、体毛が、爪が……。およそ肉体を構成するすべてが揃ってはじめて、その指は完全となる。
 たんに体を大きくするだけならば、たっぷり喰ってしっかり寝れば、ある程度は大きくなる。
 けれども新たな肉体部位を得るとなれば話がまるで違ってくる。
 ゆえにたかが指一本、されど指一本。

「禍躬シャクドウ……、この様子だと他の部位にもすでに大きな変化があらわれているかもしれん。無闇に体を大きくせずに、ひたすら喰らい蓄えた力を使って、意図的に己の肉体を改造しているとしたら、相当の難物だぞ、これは」

 生涯に渡り五体倒せれば名人達人と呼ばれる世界にあって、すでに十ニもの数を倒した実績を持つ伝説の禍躬狩りの男をして、そうまで言わせるほどの強敵。
 あらためてこれから自分たちが対峙しようとしている相手の恐ろしさを知り、一行は気を引き締め直す。

  ◇

 空間を進んだ先にあったのは、平らなまな板のような大岩。
 そこにはうず高く積まれた髑髏があった。
 優に百は越えているだろう。大量のしゃれこうべ。そのどれもがやたらと白かった。髪の毛の一本、肉片や血の痕すらもまるでなし。よほどたんねんにしゃぶったのであろう。でなければこれほどキレイにはなるまい。
 この髑髏らが何で、誰がこのような真似をしたのかなんぞは、いちいち口にするのもおぞましい。

 じかに髑髏の山には触れずに、検分していた忠吾。

「どうやらここは奴の蔵のうちのひとつみたいだな」
「うちのひとつ? こんなのが他にもあるというのですか! こんな穢らわしいモノがっ!」

 激昂する正孝に、忠吾はうなづく。

「犠牲者の数とまるで合わないからな。たぶん特に気に入った品だけを、噛み砕くことなく残しているのだろうが、いささか量が足りぬ。となれば他にも蔵を構えていると考えるのが妥当だろう。ざっと調べたかぎりでは、しばらく立ち入った形跡はないが、いずれは必ず戻るはず。よし、外に出たら探索方に連絡を入れて監視を頼もう」

 怒りは怒りのままに。まずは禍躬シャクドウへと繋がる手がかりを得たことを成果とし、一行は忌み山の探索を終えることにする。
 だが彼らが来た道を戻り、山の麓まで出たところで、頭上より「ピュロロロ」と鳴き声が届く。
 上空では一羽の黒翼が旋回をしており、こちらの姿を見つけるなり降下を開始した。
 忠吾が隻腕をかざすと、そこにふわりと着地した黒翼。足には文が結ばれている。探索方からの緊急連絡。
 すぐさま文の中を確認すると、こう書かれてあった。

『祝い山近辺にて、弥五郎、禍躬シャクドウと交戦す』と。


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