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その七十六 星の欠片
しおりを挟む「あー、そりゃあ、たぶんただの鉄の武器じゃないね。おそらくは星の欠片で作られたものじゃないのかな」
不思議な気配を漂わせている風の民の娘・冬毬の持つ守り刀。
その話をコハクより聞いたオウランには心当たりがあるらしい。
「星って夜空にキラキラしている、あの?」
「そうさ。たまに尾をひいて流れるヤツがあるだろう。ごくまれに、そのうちのひとつが地上へと落ちてくることがある。それが星の欠片。たしか人間たちは隕鉄と呼んでいたっけか。それを使って作った武器ってのは、他のとはちがう特別な品になるって話さ」
「特別な武器……」
「とはいえ刃はしょせん刃さ。せいぜい他よりも丈夫だったり、ちょっと切れ味がよかったり、あるいは重かったり、あとは色味が変わっているとか、そんなもんだよ。それでも雰囲気はあるから、社とかでご神体として祀られていることがほとんどさ。人間って生き物はとかく何かを拝みたがるからねえ。まぁ、犬神さまとして祀られているあたいと似たようなもんだよ」
そう言ってオウランは「カカカ」と笑い、コハクはそんなものかといちおうは納得したものの、どうしてそんなシロモノに自分が過剰に反応していたのかがわからず、内心では首をひねるばかり。
◇
それはとても寒い日であった。
いつものごとく湯治にきていたコハクと冬毬。
昼過ぎあたりから風が吹き始めて、夕方近くになるとちょっとした吹雪となる。
さすがにこんな天気の中を、若い娘ひとりきりにて帰すわけにはいかない。
コハクは冬毬を家まで送ることにする。
じつはすでに何度も娘を背に乗せて雪原を駆けている。きっかけは忘れてしまった。たぶん雪の中をモタモタ動く冬毬の姿にイラ立ったのが最初だったような気がする。
山狗の足ならば湯場から里までひとっ飛び。
はや里を見下ろせる小高い丘へと。さいわい本格的な吹雪になる前に到着できた。
コハクが送るのはここまで。里に立ち入ることはない。あそこは鍛冶師が多く滞在するだけあって、鉄と火の気配が濃い。妙に鼻につく。それに人前に姿をさらしたところで、騒動のもとになるだけだとわかっていたから。
わざわざかぶっていた頭巾をとって、ぺこりと白髪頭を下げ礼を述べる冬毬。
コハクは「そんなのはかまわないから、早く帰れ」と言わんばかりに、鼻づらを動かす。
それに促されてるようにして冬毬は里へと向かい歩き出す。
コハクは彼女の姿が里へと入るまで黙って見送る。
すると途中、ふいに立ち止まった冬毬がこちらをふり返り、いま一度お辞儀をした。
つねにはない行動。しかし娘がすぐに前を向いてまた歩き出したもので、コハクはとくに気にはしなかったのだが……。
次の日のこと。
快晴であったのにもかかわらず、冬毬は湯場に来なかった。
◇
人間はあれでいろいろと忙しい。
だから「たまにはそんな日もあるだろう」とコハクは考えた。
けれども、その次の日も、そのまた次の日も、そのまたまた次の日も冬毬は湯場に来なかった。あれほど足繁く通っていたというのに、である。
こうなると奇妙なもので、かえって気になってしようがない。どうかしたのかと心配になる。
山狗の子はそわそわ落ちつかない。立ったり伏せたり、うろうろしたり。
これが傍目にはたいそう鬱陶しい。
だからオウランはわざと聞えよがしに言った。
「このまえの晩はやたらと冷えたから。ひょっとしたら風邪でもひいたのかねえ。まさかとは思うけど、人間の子どもは弱っちいから」
はっとしたコハクは、洞窟を飛び出す。どこに向かったのかなんて言わずもがな。
そんな山狗の子にオウランは「やれやれ、手間のかかる子だよ」と肩をすくめた。
◇
いつも冬毬を送り届ける小高い丘まで来たところで、ひたと足を止めたコハク。
都合のいいことに、いまはこちらが風下となっている。鼻先をくんくんさせ、風のニオイを嗅ぐ。とたんに優れた嗅覚を通じて膨大な情報が脳裏に流れ込んできた。
里の内部の状況が手にとるようにわかる。
その中から冬毬を探す。つねならば身を寄せ合って大勢の人間たちが暮らす中から、これを発見するのは容易なことではない。だが彼女にはあの守り刀がある。
あれは特別、異質な気配を辿るのはさほど難しくはない。
はずなのだが……。
「えっ、あれ? 冬毬がどこにもいない。あの刀のニオイがちっともしない。それになんだ、これ? 里の雰囲気が妙にザワついているような」
事実、里全体が浮足立っていた。
よくよく風のニオイを探ってみたら、伝わってくるのは数多の不安や恐れ、いいやこれは、畏れなのか?
それに触れたとたんに己が心臓をギュッと握られたかのような痛みに襲われ、コハクは顔をしかめずにはいられない。
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