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087 カネコ、祭りに参加しない。
しおりを挟むダンジョン――
それは数多の冒険野郎どもを駆りたて、惹きつけてやまない、ゲームではお馴染みの地下迷宮にてまんまソレである。
ただし、ゲームとちがうところもある。
まず、実物のダンジョンは超大型の生命体であるということ。
いつ、どこで生まれて、どうやってそこにあらわれるのかは、いまだに判明していない。
ある日、突然に、何の前触れもなく、ポンっと湧いて出る。
一説では「ちがう世界から転移してきているっぽい」などとも言われているが、真偽は定かではない。
ナゾ多き存在。
では、どうして生き物と断定されたのかといえば、ずんずん成長するからである。
内部に取り込んだ養分を吸収して、スクスク育つ。
植物の根のように周囲の大地からも養分を吸収しては、ぷくぷく肥える。
ちなみに主な養分は、自分の体内に誘い込んだ動物や魔獣、お宝目当てに乗り込んでくる冒険者たちだ。
ダンジョンを内臓の腸に見立てると、理解しやすいだろう。
とどのつまりダンジョンは人喰いのバケモノである。
でもって、とてもしたたかだったりもする。
まず、露骨に食べない。
生かさず殺さず。アメ玉を舐めるかのように、やってきた連中から魔力や生命力をちびちび摂取する。それも当人の負担にならない程度に。よほど意識していないと気づけないだろう。
ゆえに逗留すればするほど、ちゅうちゅう吸われる。
まぁ、これは入場料代わりみたいなものだ。
ダンジョンの内部では魔獣が湧く。
しかし外の魔獣とちがって、ダンジョン産は倒すと死体が消え、素材やらアイテムなどを残す。
当然ながら強力な魔獣を倒した方が、得るモノも大きい。
階層ごとにボス部屋もあって、そこを攻略しないと次へは進めない。
宝箱もあるけれど、たいていトラップとセットになっているから注意が必要だ。箱の中身は、強力な効果が付与された武器や防具だったり、優れた魔道具だったりといろいろ。
俊逸なのはバランスである。
挑戦者たちに「あとちょっとがんばるか」「もう少しだけ先に行っちゃおうかな」とおもわせる、絶妙な匙加減。
出現する敵の難易度や、得られるお宝のグレードなどなど。
引き際を見誤らせる工夫が、これでもかと随所にちりばめられている。
少しでも長く内部に留まらせるために、魔獣が立ち入らない安全地帯まで用意されており、そこには飲めば元気になる不思議な水が湧いている回復の泉まであるのだから、恐れ入る。
危険もあるけどウマ味たっぷり。
なんとな~く上手く付き合えそうな気がするダンジョンだが、じつはそう甘くはない。
しょせんは捕食する側とされる側だ。
初めのうちこそはかわいかったダンジョンも、じきに大きくなる。
そうなると巨体を維持するのに必要な栄養量もズンと増えるわけで……
結果としてダンジョンが居座っている一帯が荒廃する。ペンペン草も生えないぐらいに乾いてカピカピに。痩せるどころか餓死にて、大地が枯渇し完全に死ぬ。
そしてダンジョンは新たなエサ場を求めて、のそのそ移動するのだ。
欲に目が眩むと、取り返しのつかない事態を招きかねない。
なにげに世界の危機である。
だから、適当なところで討伐するのが慣わしだ。
討伐方法はダンジョンの最深部に到達してコアを破壊する、もしくは持ち帰ればいい。
ただし、ダンジョンは育つほどに階層が増えて、深く広くなるほど攻略難易度があがるので、推奨されている討伐目安は十五層前後とされている。
これ以上ダンジョンを放置して大きくしてしまうと、大国が全軍をあげて対処せねばならなくなる。それも採算と被害、度外視で。
過去にはダンジョンへの対応を誤って滅んだ国もあるのだ。
なおコアは欠片だけでも非常に価値のある宝物として扱われており、高出力の魔晶石として市場では高値で取引されている。
丸ごとならば国宝級である。
もしも手に入れられたら末代までの誉れ、栄華栄耀(えいがえいよう)はおもいのままであろう。
そんなコアだが、過去に無傷で回収された事例はふたつのみ。
まずコアの前には迷宮を守るラスボスが手ぐすね引いて待っており、激戦は必至。
で、ようやく倒して無傷でコアをゲットしたとて、帰り道がたいへん!
持ち去られてはなるものかと、ダンジョンが死に物狂いで奪い返しにくる。
行きはよいよい帰りは怖い、だ。
ただでさえ連戦続きでヘロヘロになっているところに、この仕打ち。
比べて、コアを砕いてしまえばダンジョンは活動を停止する。体も縮小を開始し、新手も出てこない、ゆるやかな死が始まるので帰還がグンと楽になる。
なお、もしもそのままダンジョンの体内に留まったらどうなるのか、についてはわかっていない。
黒穴があらわれて、ダンジョンがいた元の世界に引きずり込まれる、なんてウワサもあるけれど……
〇
ダンジョン発生の報に、城塞都市トライミングの冒険者ギルドは興奮の坩堝と化した。
冒険者たちがこぞって情報を求めては、すぐに現地へ向かうべく急ぎ準備を整えている。
ダンジョンの入り口があらわれたのは、トライミングから東に二日ほどのところにある台地の上だ。高さ百メートルほどもあって、周囲の広さは城塞都市トライミングがすっぽりおさまるんだとか。
冒険者ギルドは都市と現地を往復する臨時の辻馬車を走らせるそう。冒険者たちをじゃんじゃん送り込みつつ、出張所を設けるとのこと。
商業ギルドもさっそくキャラバンを組んでは、あちらにかけつけるそうな。なんともはや、商魂たくましい。
みんなが「ひゃっほう」と浮かれている。
おかげで冒険者ギルドは、お祭りのような騒ぎだ。
けど、ワガハイは通常運転である。
「おまえさんはダンジョンに行かないのか?」
馴染みの受付のおっさんに訊かれたけれど、ワガハイは首を横に振った。
「とくに興味ないのにゃあ。ジメジメして暗くて狭いところになんて、わざわざ潜りたくないのにゃん」
カネコは生粋の出不精である。
あと下手にダンジョン内をうろついていたら、「あっ、シシガシラだ!」と間違われてバンバン攻撃とかされそうだし。
それに絶対トラブルが起こるはずだもの!
君子危うきに近寄らず――である。
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