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121 カネコの缶詰。
しおりを挟むねえ、缶詰って知ってる?
あぁ、モモとかミカンやパイナップルなどの食べる方じゃないよ。
小説やマンガの作家が締め切り前に逃げ出さないように、ホテルとか出版社の一室に閉じ込められて、ひたすら「書け!」「描け!」と仕事をさせられることの方。
にしても、まさか自分がそれを異世界で経験する日がこようとは、トホホ……
転写の魔法をペシっとはじく『魔術大全』を前にして、えらい学者先生は闘志をみなぎらせた。そりゃあもうメラメラと。
ギルド長に直談判し、倉庫をそのまま借りられる権利を獲得するや、必要な機材の一切を持ち込む。
本の所有者であるワガハイは、これに付き合わされることになったのだが、よもや十日も倉庫に缶詰にされようとはおもわなかった。
学者や研究職という人種の探求心、集中力、対象への執着、こだわりの強さをまざまざと見せつけられたワガハイは戦慄を禁じ得ない。
「ヒャアー、ヒャッヒャッヒャッ」
眠気を飛ばし元気になるエナジードリンクみたいなポーションをがぶ飲みしながら、筆を走らせ続ける老爺。
徹夜五日目あたりから奇声を発しはじめた時には、「すわ、ついに狂ったのか」とワガハイはドキドキ。
昼夜の関係なく、寝食を忘れて作業に没頭する先生。
そのわりに進捗状況ははかばかしくない。
細かい文字や難解な数式がびっちり、緻密な図などなど……
とっても濃い本の内容もさることながら、ちょいちょい先生が脱線しては読み耽ったり、メモ書きやら、考え込んだりするからだ。
難し過ぎる内容にてワガハイにはチンプンカンプンでも、先生にはある程度理解できるようで、ときおりウンウンうなづいたり、ウ~ンとうなったりしている。
その都度、筆が止まるのだから、より時間がかかるのも当たり前。
カネコの手も借りたいと、いっしょに缶詰の刑に処されているワガハイはたまったものじゃない。
あと、いい加減に缶詰ばかりの食生活にも辟易している。
おおかた転生者あたりが知識と技術を持ち込んだのだろうけど、こっちの世界にも缶詰は存在していた。
こっちには便利なアイテムボックスやら魔法があるから、あまり需要がなさそうだけれども、さにあらず。一般的にはこちらの方が広く普及していたりする。さすがに味とバリエーションはもとの世界には及ばないが、空き缶類のリサイクルに関してはこっちの方が上だったりもする。
まぁ、そんなことはさておき――
「さすがにこの文量を、ワガハイたちだけで写すのはムリがあるのにゃあ」
と苦言を呈す。
強固なコピーガードが施されているので、手書きなのはしょうがない。だがいまのペースでは完了するまでに、いつまでかかることやら。
そりゃあ先生は悠々自適な身だからいいけれど、ワガハイはちがう。
カネコには都市のマスコットキャラクターに任命されて、トライミングに寄宿するというおおいなる野望がある。こんなところに籠っていたら、それは果たせない。
だからここは人員を増やして、人海戦術でいっきに仕上げる方がいい。
でもこのワガハイの提案は却下された。
「……ダメじゃな。内容が内容なだけに、おいそれと人の目には触れさせられん。それにこれはおぬしのためでもあるんじゃぞ。
こんな貴重なモノを持っていると知られたら、延々とつけ狙われ続けることになりかねん」
人を増やせば増やすほどに、秘密が外部に漏れるリスクが高まる。
リスクを少しでも抑えるためには、信頼のできる必要最低限の人数でがんばるほうがいい。
それすなわちジジイとワガハイということ!
ワガハイが心底げんなりしていると、ふたたび『魔術大全』へと向き合うえらい学者先生がぶつぶつ。
「それにしてもわからんのは、この表紙の染みだ。さすがにこれはここでは調べられん。サンプルを採取して研究所に持ち込むべきか、う~ん」
あ~、それワガハイのよだれの跡。
たまに枕代わりにしていたもので。
とは雰囲気的にとても言えやしないよ。
言ったら、ぜったにお爺ちゃんってばプンスカ怒るもの。
老人とカネコ。
こもりっぱなしの閉めっぱなしにて、室内に充ちるは加齢臭と獣臭ばかり。たまるは空き缶とストレスのみ。
ちっともハートフルじゃない日々はまだまだ続く。
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