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125 カネコ、下水道に潜る。
しおりを挟むジャバジャバと絶え間なく水が流れる音がする。
独特の湿気と臭気――これは陽がまったく届かない陰鬱な場所ならではのもの。
魔法で作った光球をともす。
照らし出されたのは板付きのカマボコのような形をしている下水道内部の姿……
「うにゃ~ん、おもったよりもしっかりとした造りなのにゃあ~」
おもわず漏れたワガハイの声が、いんいんと響く。
紙芝居の件で当局よりお叱りを受けたワガハイは、ただいま奉仕刑の清掃活動を行うために下水道へと出向中。
通路には充分な高さと幅が確保されている。
おそらくは空気が淀んで危険なガスなどがたまらないようにするのと、雨水などで増水したときにあふれないための配慮か。
壁や床を軽くコンコンと叩いてみる。
かなりの厚みがある……材質は城壁と同じか。これならばちょっとやそっとではビクともしないだろう。
もしかしたら緊急時にはシェルターの役割りを担っているのかもしれない。
ワガハイは魔法の明かりを頼りに、奥へと進んでいく。
〇
一説によれば、私たちが川や海に垂れ流している生活排水の量は、ひとりあたり約250リットル/日といわれている。だいたいお風呂一杯分よりちょっと多いぐらい。
2リットルのペットボトルに換算したら125本、六本入りのケースならば約21箱だ。積み上げたら壁となる量である。
細かい内訳はさておき、それだけ文化的な暮らしを維持するためには、大量の水が必要になるということ。
もっともこれは、あくまでワガハイが人の身であった頃の話。
こちらの世界は剣と魔法のファンタジーなので、実情はまたちがうのだろう。
それでもヒトが快適に生活するには、相当量の水を出したり入れたりしているのは同じだ。
ここ城塞都市トライミングは辺境屈指の大都市にして隆盛を誇っている。
壁の内外には大勢の民草が暮らしている。
そのため生活排水の処理は最重要課題のひとつだ。おろそかにすれば衛生状態はたちまち悪化し、都市そのものが肥溜め、巨大なオマルとなりかねない。
これ防ぐ役割を担っているのが、都市の地下に網の目のように張り巡らされた下水道である。
しかしこの下水道、何世代にも渡って修繕、改築、増築工事を続けていくうちに、それはもう複雑怪奇となりて立派なラビリンスとなりにけり。
行政側はその都度、地図を書き直しては全貌の把握に務めようとしていたのだけれども、いつしかそこに齟齬がちらほら散見しだす。
ダンジョンのごとく下水道が成長?
もちろん超生物であるダンジョンじゃあるまいし、そんなことはありえない。
原因は、勝手に掘ったり、隠れ家をこさえたりと、こっそり悪用する者があらわれたから。
後ろ暗いことがある輩ほど、地下の暗がりを好むもの。そういった連中が入り込んでは、ちょろちょろイタズラをする。
行政側とて定期点検や清掃活動がてら、見つけたらプチプチ潰しているのだけれども、潰したはしから増えていくからキリがないのが現状だ。
またこの他にも行政側が頭を悩ませている問題がある。
それはゴミだ。
いくらダメだっていっても「ちょっとぐらいかまいやしないさ」と捨てちゃダメなものまで流す輩がいる。表には出せない不都合なモノを遺棄する輩もいる。
塵も積もればなんとやらだ。
困ったのは、それを目当てにうろつく輩や、小動物やら魔獣なんかが住み着いて、下水道内がますます怪しく物騒な場所に成り下がったこと。
ただでさえ広くて、入り組んでおり、管理に手間がかかるのに……
こんなめんどくさいヨゴレ仕事、当然ながら誰もやりたがらない。
ゆえに奉仕刑としてワガハイのところにお鉢が回ってきたという次第。
じつはずっと以前よりワガハイのお掃除スキルの高さを見込んで、役所の環境課では「アレに下水道の掃除をさせたら、予算が大幅削減できるんじゃね?」という意見があったらしい。
でも、指名依頼をしようとした矢先に、ワガハイが商業ギルドとの会合を経て大口の掃除仕事を自主的にセーブすることを決定したもので、頓挫してしまっていた。
その頓挫していた計画を、ここぞとばかりにねじ込んできた環境課。
「なかなかやるのにゃあ~」
ワガハイは呆れ半分、感心半分にて。
進んでいると、不意に前方より聞こえたのは――
「キャアァァァァァーッ!」
絹を切り裂くような乙女の悲鳴。
すわ、犯罪勃発か!
ワガハイはおっとり刀で現場へと向かった。
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