寄宿生物カネコ!

月芝

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186 カネコ、勧誘される。

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 ワガハイと騎士たち……
 屋敷の警護を担っていた一同がそろって正座をしては、仮面の令嬢と執事さんを前にしてうな垂れている。
 あー、いかに超生命体であるカネコとて、できることとできないことがある。正座をするのは肉体の構造上いささかムズカシイ。ゆえにワガハイは代わりにしゃんと背筋をのばしてはお座りの姿勢にて。
 ちなみに本日のお嬢さまの仮面はバリ島の舞踊でかぶるような、ごつくてカラフルな装飾が施されたモノであった。
 さて、ではどうしてこんな状況になっているのかといえば、昨夜の襲撃が原因である。
 侵入者三名、そのことごとくを取り逃がすという大失態を犯した。

 外でワガハイと対峙していた覆面の竜人は、土と水の複合魔法である『秘技どろ団子バージョン2』で捕縛したとおもったら、間際に空蝉の術にて霞のごとく消え失せてしまった。
 邸内に入り込んでいた賊ふたりは、騎士たちとの交戦中に仕事の不首尾を悟ってか、煙玉を放って遁走したそうな。
 この煙玉がまたクセモノで、鼻の奥にツンとくる刺激物が含まれていたらしい。
 騎士たちがたまらず涙ぐみゲホゲホと咳き込んでいるうちに、気づけばいなくなっていたんだとか。
 かくしてあとに残ったのは、小型のブーメランみたいな敵の武器のみ。
 だけど、突き刺さっている土壁からはずしたとたんに、ワガハイ目がけて飛んでくるもので、危ないからいまは壁ごとアイテムボックスに放り込んである。

「やれやれ不甲斐ない。そろいもそろって逃げられるとは……」

 執事さんからチクチクと嫌味を云われ、ワガハイたちはしゅんとするばかり。
 延々と続きそうなお説教を適当なところで切りあげたのはお嬢さまだ。手にしていた扇子をぱちりと閉じたのが合図となった。

「もうそのへんでいいでしょう。……にしてもさすがは辺境です。ひと筋縄ではいきませんね」

 侵入してきた手口といい、引き際といい、今回は相手の方が一枚上手だったと賊を褒める。だから逃げられてもしょうがない。
 フォローのつもりなのかもしれないけれど、何げにこれが一番グサリとこたえたらしく、騎士たちはますます背を丸めてはお通夜モードになってしまった。
 えっ、ワガハイ? ワガハイはべつに。
 たんに場の空気を読んで殊勝な顔をしているだけである。それにちょっと引っかかっていることもあるし……

 ようやく解放された騎士たちが、しびれた足を引きずりながらぞろぞろと退出していく。
 あとには仮面の令嬢と執事さんとワガハイだけが残ったところで。

「もしかして滞在中にちょっかいを出されるのは、はじめから折り込み済みだったのかにゃあ~」

 と訊ねたら「おや、バレてしまいましたか」と執事さん。
 この屋敷の警護はかなり厳重である。
 だが完璧かと問われれば、答えはノーだ。
 行政府側から警備のための人員を派遣するとの申し出はあったが、それは断っており、自前の護衛のみで対応していた。警備は二十四時間体制にて、二から三交代制となっている。いかに実力者ぞろいとて、ちと駒の数が足りない。しかもワガハイを受け入れたのは冒険者ギルドとの兼ね合いにて、最低限の譲歩である。
 でも、手を出されるのが前提であればこの体制も納得だ。油断はしていないけれども、いささか気は緩んでいるっぽく見せるためのお芝居ならば、絶妙の匙加減にて。
 ワガハイが疑問をぶつけたら、仮面の令嬢はこともなげにこう言った。

「ええ、べつに賊の正体や、誰に雇われたとかはわりとどうでもいいのです。『わたくしが襲撃された』という事実さえあれば、あとはどうとでも料理できますから」

 事件さえ起これば真相なんぞはどうでもよろしい。
 こじつけでも、難癖でも、濡れ衣でもかまわない。
 いくらでも捏造する。
 これを機にやっかいな政敵や国内の膿をしぼり出し、一掃する所存。
 なおこの計画は王さまや王妃さまも了承しているとのこと。すでに王都の方には報せてあるので、ほどなくして中央でも動きがあるだろう。

「……そんなわけで名残り惜しいのですが、わたくしもそろそろ休暇を切り上げて王都に戻らなければいけません。
 ところでワガハイさん、よろしければいっしょにきませんか? 飼い主をお探しとのことですし、よろしければ当家で養ってあげてもよろしくってよ」

 エスカリオ国でも有数の高位貴族のご令嬢からお誘いを受けた。
 寄宿先としてこれ以上ないほどの好物件であろう。
 だがしかし……

「遠慮しておくのにゃ。王都なんかにいったら、絶対にトラブルに巻き込まれるのにゃあ」

 寄宿とは、他人の家に身を寄せて暮らすことである。
 家賃や生活費なんぞは銅貨一枚とて払わない。
 もしもそれを払ってしまったら、たんなる下宿人に成りさがってしまう。ワガハイが成りあがりたいのは居候だ。他人の家にタダで置いてもらい、ぐうたらしつつ、一番風呂に浸かり、寄食(食事の世話を受けること)する。だけどなんぴとにも縛られない。

 おんぶに抱っこで、自由な暮らし。

 寄宿生物カネコは、そんな生活の実現を目指す生き物である。
 ならばお嬢さまについて行ってもよさそうだけれども、ワガハイのお髭がビビビと震えカネコとしての勘が告げているのだ。

『甘い言葉に騙されるな! ついていったらきっと、なんだかんだと死ぬほどこき使われる未来が待っているぞ』と。

 先のお宝探しゲームのこともある。
 十中八九そうなるであろう。ブラックなペット生活なんぞはイヤだ。
 ワガハイが誘いを断るとお嬢さまは「ふふふ、あら、ざんねん。ですが、もしも気がかわったらいつでも冒険者ギルドを通じて連絡を下さいな」とコロコロ笑った。


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