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217 カネコ、呪いについて学ぶ。
しおりを挟む初日の宿泊地は小さな宿場町。
当然ながら宿屋は少ない。あるのは三軒のみ。
目当ての一軒が改装中につき、しょうがないので二番手の宿へと行ったのだけれども……
「んにゃ! いっぱいで部屋が空いてにゃい?」
「すみません。ふだんはこの街を素通りする商隊が、荷車が故障したとかで修繕のために急遽立ち寄ることになりまして。それで宿ごと……」
宿の店主からそう言われた。
部屋がないのならばしょうがない。
だから、三番手にて、もっとも人気のない宿へとワガハイたちは向かった。
幸いにもこちらでは部屋が取れたけど、街で一番人気がない宿なのは伊達ではない。
まず、部屋がいまいち。
ドアや床の建て付けが悪い。何かをするたびにキーキー鳴く。窓から見えるのは隣家の壁のみ。換気もいまひとつゆえに空気が淀んでいる。掃除は行き届いておらず隅っこやら、寝台の下に埃玉が転がっており、天井の隅には蜘蛛の巣、耳をすませば何やらカサコソと音もする。心なしか部屋全体がじっとり湿気っているような気がする。あと壁にかけてある鏡の中をときおり怪しげな影がちらちらと……
「ひょっとして、どこかにお札でも貼ってあるのかにゃあ~」
と、興味本位で探してみたけれど、さすがにそれはなかった。
いわくつきの部屋というわけではなさそうである。
まぁ、部屋に関しては入室直後に、ワガハイが黒の生活魔法で呼び出したベトベトさんによって、きれいさっぱり掃除したので問題はないかろう。
次に、料理がいまいち。
見映えがしないごった煮。中に入っている肉は硬く、ほんのり臭みが残っており、ボリュームも微妙ならば味もなんだかぼやけており、ピリッとしない。
さりとてマズイわけじゃない。
けっして食べれないことはない。
けれども、感想を訊かれたら「う~ん」と返答に窮する味だ。
このレベルの料理を宿泊客に出しては、臆面もなくお金が取れる宿屋の店主のハートの強さに、ワガハイ、ちょっとびっくり。
風呂はない。
頼べばタライにお湯を用意してくれるけど、もちろん別料金。
貸し出される手拭いはごわごわにて、うっかり拭いたら肌が傷だらけになりそう。
それがイヤならば宿の裏手にある井戸を使うしかないけど、当然ながら水は冷たいし、水を汲むのも重労働である。
店員の愛想も悪い。
どれぐらい悪いのかといえば、いっそのこと「ここは盗人宿だ」と言われても納得するぐらいの悪さだ。
客商売を舐めているのか?
……とまぁ、潰れないのが不思議な宿屋である。
そんな宿に泊まることになったがゆえに、ワガハイたちのテンションも低い。
ゆえに、夕食を済ませたらさっさと部屋にこもった。
老人とカネコは持ち込んだ酒をちびちびやっては、夜を過ごす。
「うー、ちゃんと御祓いをしてもらったのに、ついてないのにゃあ~。初日からとんだ災難だにゃん」
「そういえば呪いを受けていたんじゃったか。アレは地味に堪えるからのう、難儀だったな」
「まったくだにゃん。呪物を保管していたせいで、散々な目にあったのにゃあ~」
かつて対峙した暗殺者が所持していた武器。
それにたっぷり呪毒とやらが塗り込められていたらしく、うっかりアイテムボックスに放り込んだまま忘れていたら、ワガハイの運気だだ下がり。
その影響でここのところトラブル続きであった。
「っていうか、そもそも呪毒って何かにゃあ? 呪いなんて本当にあるのかにゃあ?」
「――あるぞ。呪毒は呪力を持つ魔獣の血液を煮詰めたものじゃな。魔法学的に『呪い』は付与魔法の一種とされておる」
良い効果を対象に与えるバフ、悪い効果を与えるデバフ。
呪いは、後者に相当している。
即効性のあるタイプだと、戦闘中に支障がでる。体が重い、動きが鈍い、感覚がぼやける、注意力が散漫になる……などなどの地味な効果ながらも、命のやりとりの場ではこれが生死を分けかねないから侮れない。
遅効性のタイプだと、いつのまにやら蝕まれており、気づいた時にはすでに……
なんてこともあるから、これまた侮れない。
「血液に呪力を宿している魔獣といえばシシガシラじゃな。とくに死ぬ直前になると、血中濃度がグンと高まるから、トドメを刺す際には細心の注意が必要じゃ。うっかり返り血なんぞを浴びようものならば、ネチネチ執拗に呪われることになりかねんぞ」
解呪には聖職者の祈りの力が必要となる。宗派は問わない。
が、呪いの程度によっては並みの者では対処できないケースもまま。
運よく近くに優れた聖職者がいればいいけれど、もしもいなかった場合を想像するだにゾッとする。
あの老神父さま、じつはかなり出来る人物であったようだ。
そういった点では、ワガハイは運がよかったのかもしれない。
酒杯片手につらつらと。
呪い談義にて、旅先での夜は更けていく。
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