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262 カネコ、奸計を防ぐ。
しおりを挟む昨日の今日で、臆面もなく孤児院に顔を出したシケメン。
キラキラの馬車で乗りつけてきたところを、ワガハイは子どもたちと物陰から様子を見ている。
「手下らの暴走は自分の預かり知らぬところである」
との主張。
もしくは「いたらぬ部下たちが迷惑をかけてもうしわけなかった」と謝るフリをして近づいては、「今後はこのようなことは二度と……もし、何かあったら遠慮なく自分を頼って欲しい」とかなんとか言っちゃったりして。
「けっして本意ではなかった」
とのたまい、誠実なフリをして自分は貴女の味方ですよアピール……とか?
手下をけしかけておいて、自分で手を差し伸べる。
ようは自作自演だ。底の浅い企みにて、三文芝居にもほどがある。
けれど。
「いやいやいや、さすがにそこまでツラの皮は厚くないはずだにゃあ~。もしワガハイだったら、とても恥ずかしくて人前に出られないのにゃん」
「「「「――――――」」」」
ワガハイは「ハハハ、まさかねえ」と笑うも、子どもたちはスンと無言にて。
どうやら子どもたちの認識では、あのシケメンはそれぐらいのことならば、平然とやりかねない輩ということらしい。
そこでワガハイは「ちょっと心配だから様子を見てくるのにゃあ」と言って、カネコインビジブルを発動する。
カネコインビジブルとは、カネコの豊富な魔力を惜しげもなく全身の毛に注ぎ込み、ビビビと震わせることにより、生じる光学迷彩のことである。カネコの数ある特殊能力のうちのひとつだ。
とはいえSF作品に登場するようなカッコいいのではなくて、カメレオンやタコが保護色を変えて擬態し、周囲の景色に溶け込むようなモノ。
しかしこれに隠形の技が組み合わされば、素人の目ぐらいならば誤魔化せちゃう。
ワガハイの姿がにじんでぼやけ、たちまち周囲に溶けて消えたもので、子どもたちが「えっ、えぇーっ!」「消えちゃった!?」「うそっ!」とざわつく。
それにほくそ笑みつつワガハイは素早く移動する。
シケメンが案内された客室へと向かった。
〇
腐ってもシケメンは貴族である。
だから、どれだけ迷惑だろうとも門前払いにはできない。いちおう客室には通す。薄い茶も出す。
しかしこのシケメン、じつはやっかいなことにただの貴族ではなかった。
よりにもよって、コイツは王都内の孤児院の運営を総括する立場にあるえらい人の身内だったりする。
親のコネで現在の部署につき、実家の権威と父親の身分を笠に着てはふんぞり返り、裏でコソコソ悪さをしているのだ。
ワガハイは建物内には入らず、外から客室の窓辺へと近づき、こそっと中の様子を盗み見る。
もしもシケメンが修道女さんに不埒なマネを働こうものならば、すぐさま飛び込んでけちょんけちょんにしてやる所存にて。
耳をピンとそば立ててはカネコイヤーを発動し、室内の音を拾う。
すると聞こえてきたのは、こんな会話であった。
「昨夜はたいへんでしたねえ。さぞ怖かったことでしょう」とシケメン。
何のことかわからない修道女さんは、きょとんとしつつも「はぁ」と気のない返事。
するとそれには気づかずにシケメンは続けてこう言った。
「それにしてもドロボウもひどいことをする。よりにもよって子どもたちの生活費に手をつけるだなんて。まったくもって許せませんな」
「ドロボウ? 生活費? ???」
さも、心配して義憤にかられているかのよう。シケメンは身振り手振りにてオーバーな仕草にて。
だが熱弁を振るわれている修道女さんの方はチンプンカンプンだ。その顔にはありありと戸惑いが浮かんでいる。
うーん、ふたりの会話がまるでかみ合っていない。
けれども盗み聞きをしていたワガハイはすぐにピンときた。
「はは~ん、そういうことだったにゃんねえ」
昨夜、孤児院に忍び込もうとしていた不審者を拘束したことについて。
ワガハイは誰にも言ってない。いたずらに怖がらせることもないだろうとの配慮……からではなくて、たんに忘れていただけだ。
ゆえに修道女さんは昨夜のことを何も知らない。
なのにシケメンはそのことを知っていたばかりか、孤児院がドロボウの被害に合った前提にてベラベラと話をしている。
これすなわちヤツが仕組んだとい証左だ。
おおかた孤児院を困らせて、貸しを作って、高い利子をせしめようとの魂胆であろう。
担保はもちろん修道女さんの身柄である。
優しい彼女のことだ。「私さえガマンすれば」とか言い出しそうだし。それを見越しての奸計なのだろうけど……
「残念ながら、その企みはすでに破られているのにゃあ」
なのにノコノコと孤児院に顔を出しては、得意気に演説ぶっているところからして、雇った側と雇われた側の間で、情報の伝達に齟齬が生じているっぽい。
もっともそれにもワガハイが一枚噛んでいる。
けっして意図したわけではなないけれど。
捕まえて放置してあった賊は、仲間が回収したのか、朝になったらいなくなっていた。
しかしワガハイの『秘技どろ団子』は、そんじょそこらの団子とはひと味ちがう。
ムリに剥がして中身を取り出そうとしたら、たちまちボンッ!
粘性のある泥が飛び散り、周囲にいた連中を一網打尽にしちゃうのだ。
おそらく今頃、賊らはどこぞのアジトにて泥まみれになって、身動きを封じられていることであろう。
それゆえに雇い主のところに失敗の報告が伝わらなかったのだ。
いやはや、悪い事はできないものである。
にゃっしっしっ。
「おっと、そろそろあのトンマも様子がおかしいことに気がついたっぽいのにゃあ」
室内の方にも動きがあった。
急に冷や汗たらたら、焦り出したシケメンが「あー、そういえば用事があったんだぁ」とかわざとらしいことを言っては腰を浮かす。
見送ろうとする修道女さんを断っては、そそくさと退散していく。
さすがに鈍いシケメンも、彼女の反応から計画が不首尾に終わったことを察したのであろう。
逃げ帰ったシケメン。
ワガハイはそのまま馬車を追跡する。
ついでに孤児院の予算が着服されている件について、調べる所存である。
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