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003 変態の街
しおりを挟むわたしの名前は洲本芽衣。
ゆえあって女子高生ながらも尾白探偵事務所にて助手のアルバイトをしている。
突然だけどわたしは変態である。
ただし怪盗ワンヒールのような、コアなフェチの変態とはちがう。
わたしの場合、変態はヘンタイでも姿形を変化させる方の変態である。
ちなみに正体はタヌキだ。
これでもいちおう淡路島は芝右衛門の血筋である。
「えっ、知らない?」
まいったなぁ。
いちおうタヌキ業界では知らぬ者なし、超メジャーな家柄なんだけど。
佐渡の団三郎、香川屋島の太三郎らと並んで、三大化けタヌキと称されるのがうちのご先祖さま。
ふふん。これでも故郷の淡路島ではちょっとしたお嬢さまなんだから。
……ごめん、嘘です。
見栄をはりました。
本当は公務員とタマネギ生産をしている兼業農家で、わりと普通の家です。
ご先祖さまがいくら偉くったって子孫はまた別ですから。
むしろ先祖がド派手だったぶん、反動なのか一族そろってひっそりマジメに生きてきました。
なのに若い身空で、どうして島を飛び出し高月の街へと単身やってきたのかというと……。
それはひとえに若さゆえに。どうにも血が騒いでしようがなかったから。
ネオンきらめく華やかな都会。
シティガールに憧れました。
だったら鯛と蛸が覇を競っている明石海峡を渡ってすぐのところ、島の目と鼻の先にあるおしゃれスポット神戸でいいんじゃないの? と考えたそこのあなた!
わたしもそう思いましたとも。
それはもう熱烈に!
神戸でしたら実家から連絡船や高速バスにて余裕で通える距離ですしね。
でも父が許してくれませんでした。
「神戸だと! ばかな……。芽衣、おまえ、正気か? あげな恐ろしいところを若い娘が一人でうろついていたら、たちまち悪い男にダマされて、全身の毛をむしられて、はては南京町の中華料理屋に売り飛ばされて、ギョウザの具にされちまうぞ」
もの凄い偏見です。
父の若い頃にいったい何が……。
まぁ、それはともかくとして、このような猛反対にあったからとて、若さは止められません。
走り出したら止まらない。夜更かしが意味もなく楽しい。それが若さ。
知覚過敏をおそれるあまり、かき氷や棒アイスにびびるおっさんとはちがうのです。
古来より若者と年長者はいがみ合うもの。
話し合いは平行線。
意地になったわたしとムキになった父は、ついに冷戦状態へと突入。
父娘の間でオロオロするばかりの母。仏間にてニカっと微笑む祖父の遺影。
毎食ごとにギスギスする食卓。
この状況を見かねたお婆ちゃんが大きくタメ息。
「まったく、しょうがない子たちだねえ」
あきれた祖母が重い腰をあげ、連絡をとったのが四伯おじさんのところ。
尾白四伯。
わたしが小さい頃に、一時期、我が家に居候をしていたダメな大人。
何がダメかって、存在そのものがダメとしか言いようのないほどにダメダメだった。
わたしは彼を通じて「甲斐性なし」という言葉の意味を知る。あと学んだことといったら「あー、ちゃんとした大人になるためにもしっかり勉強しよう」ということである。
そういった意味では、彼はとても優秀な反面家庭教師であったといえなくもない。
そんな四伯おじさんも我が家を半強制的に卒業してからは、ヒョウ柄の生息地であるコンクリートジャングル・大阪と、魑魅魍魎と青い目をした異人たちが跋扈する伝説の地・京都との狭間にある、高月という街にて事務所をかまえて探偵業を営んでいた。
とにかくわたしは都会に行きたい。
父はそんな娘が心配でしようがない。
両者の意見をお婆ちゃんが強引に割って、ひねり出した折衷案。
それが「四伯おじさんのところにわたしを預ける」というもの。
ぴちぴちの若い娘をむさ苦しい三十過ぎの独身男のところに丸投げ?
これはこれで父が猛反対しそうなもの。
なのに、意外にも父はこの案に素直に応じた。
「あぁ、四伯くんのところか。だったらいいや」
それはもう見事な手の平返し、つるんとあっさりケロリ。
実の娘のことなんてちっとも信用していないくせして、赤の他人に過ぎない元居候に対する信頼度の高さときたら。
この差はいったい……。なんだかモヤモヤする。
あの二人の間にいったい何があったのかも気になるところ。
◇
まぁ、こうしてわたしは中学を卒業してすぐに高月へとやってきた次第。
なお一連のくだりに、四伯おじさんの意向はみじんも反映されていない。
そのことからも我が家と四伯おじさんの関係、というか祖母と四伯おじさんの上下関係は言わずもがなであろう。
かくして念願かなってシティガールへと第一歩を踏み出したわたし。
とはいえ高月に関していえば、けっして大都会ではない。
中都会、いや、せいぜい小都会ぐらいか。
かといってしょぼいのかというと、そうでもない。
なにせ駅には新快速が停まる! これは都会だろう。
そして駅を挟んで向かい合う形にて、有名デパート同士がにらめっこしているのもまた都会だ。ひとつあるだけでもすごいデパートが二つも!
まさに目と鼻の先にて、つねにタイマンで殴り合っているかのような状況。
眺めているだけでなにやら胸が熱くなるというもの。
見えない火花がバッチバチにて、裏ではさぞや激烈な死闘がくり広げられていることであろう。
見上げるほどに大きなタワーマンションとかもある。
天の神さまに向かって中指をおっ立てるがごとき威容。
あれがいきなり巨大ロボットとか巨大砲台に変形したとて、わたしはおどろくまい。それぐらいにゴツイのだ。
他にも高月にはいろいろ見どころがあるのだが、まぁ、それらはおいおいということで……。
で、どうして父たちがあっさりわたしの高月行きを許可したのかは、到着して駅の改札口を出てすぐに気がついた。
なにせ街中のそこかしこにて変態どもが闊歩していたのだから。
わたしはタヌキの変態である。
そして我が洲本家も全員タヌキである。
探偵の尾白四伯もまた変態である。
ただし四伯おじさんに関しては何の動物かよくわからないけど。
タヌキのようであり、イヌのようでもあり、ありゃりゃネコかもと首をかしげ、尻尾は畑から抜きたてのゴボウの根みたいだし、毛はくすんだ黒の縮れ毛にて、尻尾と四肢の先が白くて、これが縁起がいいだの悪いだのと、とにかくわけがわからない。「四伯おじさんって何なの?」とたずねたところで、当人も「さぁ」ってなもんだからどうしようもない。
ついでにいえば高月警察署の女刑事である安倍野京香はカラスの変態だし、うちの探偵事務所が入っている雑居ビルのオーナーもタヌキの変態である。他にも大勢いる。
それが高月という場所。
ここは変態の街なのである。
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