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091 畳の国
しおりを挟む「あのぅ、洲本さん」
「なに、綾ちゃん」
「その、みんなの気持ちはありがたいんだけど、これはちょっと先生困っちゃうかなぁ……って」
校内の廊下を歩く芝生綾教諭、その足下には例のピンクのスニーカーの姿がある。「これも事件解決のため、ぜひご協力を」と校長から泣きつかれて、しぶしぶ履いている。だがおもいのほかに使い勝手がよく、ちょっと気に入りつつもある。
そんな芝生綾を三方より囲みがっちり警護しているのは女子高生三人組。
尾白探偵事務所の助手であるタヌキ娘こと洲本芽衣、金髪リーゼントに長いスカートという気合いの入った格好のヘビ娘こと白妙幸、文学少女風なメガネ女子の真人間である山崎美和子。
芽衣から事情を聞いた友人二人はすぐさま協力を申し出、現在に至る。
しかし今回の件に関して動いている面々は他にも大勢いる。
「綾ちゃん先生に、ちょっといいところを見せたい」と張り切る体力と筋肉自慢の運動部の男子および、怪人インソールの被害に憤慨している運動部女子一同も「ぶっ殺す!」とこぞって参加。自警団を結成。校内に不審人物がいないか目を光らせている。
こうなると教師たちも黙ってはいない。赤ジャージの体育教師にして、その正体は黒ウシである田島健介も竹刀片手に校内を練り歩く。他にも有志たちが当番で見回りを敢行。
いつになく物々しい雰囲気となった校内。朝から空気がピリピリしている。そんな緊張が伝わるのか一般生徒たちの表情もどこかかたくな。
渦中にいる芝生綾はずっと恐縮しっぱなしで弱り顔。
あんまりにも困ってしまい「いっそのことさっさと盗んでくれないかしら」とつぶやくほど。
◇
授業中、ほとんどの生徒たちは教室にいる。
当然ながら校内は静寂の空間と化す。
廊下を見慣れない人物が歩いているだけで足音が響き、とても目立つ。
かといって休み時間になればわらわら生徒たちがあふれて、衆人の目にさらされる。
若人あふれる高校は、誰の目にも見咎められずに自由に行動するのは存外ムズカシイ場所。
怪人インソールの手口は不明。気づいたときにはやられている。
変装の名人なのか、はたまた気配を消すのに長けているのか。
どのような手段でもって獲物をかっさらうのかがわからない以上、こうやって芝生綾に張りついているしかない。
事前に三人娘が協議したときに「だったら職員室の金庫にでも放り込んでおけば楽勝じゃね?」とタエちゃんが口にするも、ミワちゃんが「いいえ、逆に危険よ。床とか壁をぶち抜いてこっそり中身だけ抜かれるかもしれないわ。アニメとかマンガじゃ定番だもの」と異論を唱える。
「いやいやいや、さすがにスニーカーの中敷きをパクるだけのために、そこまではしないだろう。あっはっはっ」
と笑った三人だけど、チラリと「ヤツならばやりかねん」との不安が脳裏をかすめたので、手堅く身辺警護でいくことにした。
ようは隙を与えなければいい。つねにこうやって張りついてたら、さしもの怪人とて悪さは出来まいと考えた次第である。
一限目、二限目が終わるも何も起こらない。
やがてお昼休憩になり、校内の空気がいっきに弛緩。
しかし芽衣たちは油断しない。それこそトイレにもつき添って個室の前で陣取り、「それはかんにんして!」と綾ちゃん先生に泣きつかれてもヤメないほどに、がっちりガード。
そろそろ昼休憩が終わるという時間になって、四人が団子になって廊下を歩いていると、前方にてガラリと引き戸が勢いよく開いた。
こけつまろびつ、出てきたのは一人の女生徒。
やたらと狼狽しており、「どうしたの?」と綾ちゃん先生がたずねれば、「あ、あれ」と怯えた様子で室内を指差す。
そこは茶道部の茶室。
座敷の奥で倒れている女生徒の姿、しかも頭から血を流しているっぽい!
教師たるもの、もしも生徒に何かあれば真っ先に駆けつけるもの。
だから綾ちゃん先生は、すぐさま室内へと飛び込む。
芽衣たちもあわてて続く。
そして倒れている生徒に声をかけようとして、ビクリ。
だってそれは制服を着たマネキンだったのだもの。
困惑する女教師。タエちゃん、ミワちゃんも目をぱちくり。
しかし芽衣はハッとなり、自分たちの足下を見た。
ここは茶室ゆえに床は畳敷き。緊急事態にも関わらず無意識のうちにクツを脱いでいる自分たち。畳の国で生まれ育ったがゆえに染みついた習性を逆手にとられた。
「しまった!」
気づいたときには、ピンクのスニーカーから中敷きは抜かれており、それを手に持ち茶室の入り口にたつ女生徒の姿が。
信じがたいのはその姿が、四人が見ている前でじょじょに薄れてゆき、ついには景色に溶け込むようにして消えてしまったこと。それこそ本物のカメレオンのように。
芽衣とタエちゃんがあわてて追いかけるも、すでにあとの祭り。廊下に飛び出したがそれっぽい姿はどこにも見当たらなかった。
この様子にミワちゃんがぼそり。「すごい……。アレって光学迷彩ってやつかな」
光学迷彩。
簡単にいえば透明化して周りから見えなくなる技術のこと。ステルス迷彩とも呼ばれる。自然界ではカメレオンやタコなどの擬態が有名。
怪人インソールは動物が化けた者ではない。
それはこの前の秘密会合のときに、四伯おじさんが確認しているからまちがいない
だということは、先ほどのあれは正真正銘、本物の超ハイテク技術だということ。
まんまと中敷きを盗まれたことよりも、しようもないことに最新技術を惜しげもなく投入してくる相手の本気度合いに驚愕しつつ、芽衣はしみじみ思わずにはいられなかった。
「よかった。横着して職員室の金庫にしまわなくて」
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