おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
92 / 1,029

092 消えたルージュ

しおりを挟む
 
 怪人インソールは芽衣たちを出し抜き、まんまと犯行を成功させた。
 こうなれば怪盗ワンヒールの方だけでも阻止しないと……。
 ターゲットに選ばれた不運な美人教師・芝生綾は、市内某所にあるこじゃれたオートロックのマンションに一人住まい。
 おれは感受性が豊かゆえに、綾ちゃん先生の能力に当てられすぐメロメロになるから身辺には近寄れない。もっともたとえ平気だとて独身女性の部屋にあがり込むわけにもいかないので、室内の方は引き続き芽衣たちにまかせる。
 女同士で楽しげにキャッキャうふふしている裏で、こっちはマンションの周辺を警戒するつもり。
 しかし一人では張り込みにも限界があるので、カラス女に「手が足りない。応援をよこしてくれ」と頼んだら「警官は無理だが、かわりの連中を向かわせる」との返事。
 今回の件は表沙汰に出来ないので、それもしようがない。
 で、誰が来るのかと待っていたら……。

「ちーっす、安倍野の姉御からの指示でやってきました」

 ぞろぞろ姿を見せたのは、だぼだぼのシャツを着たダラしない格好をしている若い連中。
 高月の郊外にてファイトクラブを運営している半グレ集団「ウインドサイズ」のガキども。
 以前にとある事件でからむことがあって、なんやかやあっていまはカラス女の庇護下にて、健全? に賭場を運営している彼ら。ちなみにその正体はイタチの集団である。
 ネコの手も借りたいとは言ったが、よもやイタチの手を借りることになろうとは……。
 人選ならぬ動物選にいささか不安は覚えたものの、背に腹はかえられぬ。
 おれはガキどもをマンション周辺に配置。異変があったらすぐに報せるようにと頼んでおく。

  ◇

 日がとっぷりと暮れた。
 じきに芝生綾が、洲本芽衣、タエちゃんこと白妙幸、ミワちゃんこと山崎美和子をともなって帰宅。
 若い女教師と教え子の女生徒たちが戯れる姿は尊い。見ていて心が和む景色。眼福眼福。
 一方でこっちときたら、ヤンキー座りでイキっているかわいげのないクソガキどもと、こそこそ隠れんぼ。
 暴落する就労意欲。無性に一杯ひっかけたい気分だ。
 おかげでテンションを維持するのがたいへんである。

 綾ちゃん先生の住んでいるマンションは七階建て。各階に十戸が横並びというシンプルな造り。
 彼女の部屋は三階の二号室。
 おれが陣取っていたのは、マンション全体を正面に望める場所。
 ここからだと帰宅した住人、もしくは出かける住人がいたら、ドアの開閉が丸見えなのですぐにわかる。もちろん綾ちゃん先生の部屋に近づく輩も一目瞭然。
 たったいまエレベーターから降りた彼女たちが、廊下を渡って自宅へと入っていくのを視認した。
 とたんに愛用のパカパカガラケーがふるえる。
 芽衣からの報告。「室内は異常なし」とのこと。
 おれはマンションから目を離すことなく「引き続き警護を頼む」と伝え通話を切った。

  ◇

 尾白たちが外で目を光らせている一方。
 綾ちゃん先生の自宅にあがり込んだ芽衣たちは、興味深々にてそこいらを勝手に物色。引き出しやら棚を容赦なく開けてまわる狼藉にて、女教師をおおいに困らせる。

「なんだよ、男が写ってるのが一枚もねえぞ」

 棚の上や壁に飾られてある写真立てをしげしげ眺めて「つまらん」とボヤくのは金髪リーゼントのタエちゃん。

「ダメだ。洗面所にも異常なし。男物の歯ブラシとか、整髪料の類は一切なかったよ」

 台の下まで確かめたけど、不審物は見当たらないと報告したのはミワちゃん。

「うーん、こっちも収穫なし」

 部屋の隅に置かれていたクズ入れをがさごそしていた芽衣。ゴミ漁りは探偵業務の基本である。
 元気な十代の女子高生たち三人組に振りまわされ、二十代の女教師がすっかりげんなり。

「もうっ、あなたたちいい加減にしなさい。はぁ、とりあえずお茶でも淹れるからおとなしく座っていて……って、あら?」

 綾ちゃん先生がいつも使っている電気ポット。すぐにお湯が沸いて便利なのだが、単身者用にて扱えるお湯の量が少ない。
 四人でお茶をするには少々心許ないので、キッチンのケトルを使うことにする。
 準備をしてケトルを火にかけたところで、遅まきながら芽衣が「あっ、そういえば例のハイヒールはどこ?」とたずねた。
 食器棚から人数分のカップを用意していた綾ちゃん先生。「それなら、箱ごとテレビ台の横に」

 箱をリビングのローテーブルの上に置いた芽衣。
 タエちゃんとミワちゃんら三人で囲み、さっそく中身をチェックする。
 艶やかなルージュのハイヒール。怪盗を名乗る変態紳士からの贈り物。
 七センチ以上もの高さがある鋭いカカトをしげしげ眺めつつ、タエちゃんが「こんなの履いてよく歩けるもんだなぁ」と不思議そうにつぶやけば、ミワちゃんが「ちょっと憧れるけど、自分には似合わないかなぁ。それに足首をグキっと捻挫しそうでこわい」とタメ息。

「そういえば綾ちゃんはいつもパンプスだよね」

 芽衣の言葉に「そりゃそうよ。教師はハードな立ち仕事だもの」と綾ちゃん先生。トレイにティーセットを載せて運んでくる。
 カチャカチャふらふら、ちょっと危なっかしい手つき。
 だからタエちゃんが手伝おうと腰を浮かせたところで「ピューィ」と景気よく鳴ったのは笛吹ケトル。
 自分で火にかけておいて背後の音にビクリとした綾ちゃん先生。
 そのせいで手元が暴れてトレイがいっそう激しくカチャカチャ。あわててタエちゃんが駆けつけたので取り落とすことはなかったが、ちょっと危なかった。
 当人のみならず室内にいた全員が「ふぅ」と胸を撫で下ろす。
 で、ケトルの火を消してやれやれとなったところで、「あぁーっ!」と叫んだのはミワちゃん。

 ローテーブルの上に置いてあった箱。
 その中にきちんと左右そろっていたルージュのハイヒール。
 右の片方だけが忽然と失せていた。


しおりを挟む
感想 610

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

古道具屋・伯天堂、千花の細腕繁盛記

月芝
キャラ文芸
明治は文明開化の頃より代を重ねている、由緒正しき古道具屋『伯天堂』 でも店を切り盛りしているのは、女子高生!? 九坂家の末っ子・千花であった。 なにせ家族がちっとも頼りにならない! 祖父、父、母、姉、兄、みんながみんな放浪癖の持ち主にて。 あっちをフラフラ、こっちをフラフラ、風の向くまま気の向くまま。 ようやく帰ってきたとおもったら、じきにまたいなくなっている。 そんな家族を見て育った千花は「こいつらダメだ。私がしっかりしなくちゃ」と 店と家を守る決意をした。 けれどもこの店が……、というか扱っている商材の中に、ときおり珍妙な品が混じっているのが困り物。 類が友を呼ぶのか、はたまた千花の運が悪いのか。 ちょいちょちトラブルに見舞われる伯天堂。 そのたびに奔走する千花だが、じつは彼女と九坂の家にも秘密があって…… 祖先の因果が子孫に祟る? あるいは天恵か? 千花の細腕繁盛記。 いらっしゃいませ、珍品奇品、逸品から掘り出し物まで選り取りみどり。 伯天堂へようこそ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

処理中です...