おじろよんぱく、何者?

月芝

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096 怪しい隣人

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 紗月お嬢さんの用意してくれた豪勢な料理に舌鼓を打ちつつ、酒を飲みたいのをぐっとこらえているうちに、時刻はそろそろ二十一時になろうとしていた。

『リンゴンリンゴン』という音。

 鳴ったのはインターホン。
 たちまちにこやかな雰囲気が失せて、静まり返ったホームパーティー会場内。
 ピリリと張り詰めた空気の中、瑪瑙さんが「どちらさまでしょうか」とモニター越しに確認をすれば、相手は二人。
 マンション最上階にて唯一の隣人であるお宅。そこでお手伝いさんをしている老婆と、これを従えている見知らぬ若い女性。
 淡いパープル色にてエレガントさが漂う、裾がフリルのワンピース。軽くウエーブのかかったふわふわ髪が腰のあたりにまでのびており、いかにもお嬢さま然としたご令嬢。
 で、訪問理由は「これまでの無作法をお詫びかたがたご挨拶に」とのこと。
 いちおう筋は通っている。
 しかし状況が状況ゆえにめっぽう怪しい。
 かといって隣家の人間を名乗る者がわざわざ出向いてきている以上は、こちらも家の者が応じる必要がある。
 だから紗月お嬢さんと瑪瑙さんが玄関先にて応対することに。
 でもってトラ美こと孤斗羅美がこっそり物陰に潜んで様子を伺いつつ、ことあればいつでも飛び出せるように見張ることになった。

  ◇

 結論から言うと、隣人同士の対面はとどこおりなくすんだ。
 本当にただ挨拶をしにきただけ。
 訝しんで、真剣な面持ちにてずっと息を潜め、玄関先でのやり取りに聞き耳を立てていたおれたちは、「なんだよ」「まぎらわしい」といささかひょうし抜け。
 気が抜けたとたんに無性にタバコが吸いたくなった。
 そこでおれはちょいと失敬してバルコニーへ向かう。
 するとカラス女もついてきた。

「べつに中で自由に吸っていいって言われてるが、どうにも気が引けるからなぁ」
「だな」

 愛煙家とヘビースモーカー。そろって「路上喫煙禁止で罰金とか、しちめんどくせえ」「まったくうっとうしい世の中になりやがった」とボヤキつつ、煙をスパスパ。

「そういえば知ってるか、四伯。ここではベランダで布団を干したらダメらしいぞ。あと洗濯モノも」
「なっ、マジかよ。こんだけ立派なバルコニーがあるってのに」

 余計なモノまでなんでもそろっているくせに、アレコレと禁止事項も多いタワーマンション。
 布団や洗濯モノも自由に干せないだなんて。だったらこのスペースはいったい何のためにあるというのか?
 なんぞと考えていたら、ひゅるりと強めの風が吹いて額をピシャリ。「なるほど、こりゃダメだ」と納得。 
 そんな用途不明なスペースなのだが、暗がりにてカタンカタタンと乾いた音がかすかにしている。

「うん? 何の音だ」

 どうにも気になったおれは音の正体を確かめようとする。カラス女もあとに続く。
 余裕でパターゴルフが楽しめそうな長いバルコニーを進んだ先の暗がり。
 目を凝らしてよくよく見てみる。
 一本の闇色のロープが垂れさがっており、風に揺れていた。そいつが床をペチペチしている音であったらしい。
 ロープがどこからきているのか目で追う。
 はて、屋上のヘリポートの方からのびているような。
 おれとカラス女は互いに顔を見合わせる。
 どうやら怪盗だか怪人だかわからないが、何者かがバルコニーに潜んでいた模様。
 でもっておれたちはタバコを吸うために窓を開けて外に出てしまったから……。

「やばい」「しまった」

 二人同時につぶやいた直後、室内にてガチャンと食器が割れる音に悲鳴と怒号が重なった。
 あわてて駆けつけようとするも、おれたちが出入りに使った窓は閉じられており、ご丁寧にカギまでかけられていやがるっ!
 なんてこったい、マヌケにも締め出されてしまった!
 窓ガラスの向こうでは紗月お嬢さまを庇う瑪瑙さんの姿と、ファイティングポーズをとっているトラ美と芽衣。
 対峙しているのは緑色のパーカーに目出し帽というスタイルの怪人インソール。
 小脇に抱えている箱は、室内のサイドテーブルに置いてあったもの。中身はもちろん例のアレだ。
 ヤツのパーカーに赤染みが出来ている。あの色味はたぶん芽衣が飲んでいたブドウジュース。
 まんまと忍び込んで獲物を手に入れたまではよかったが、なんらかのハプニングが起きてジュースをかぶったせいでご自慢の光学迷彩とやらが解けたっぽい。
 荷物を抱えた怪人インソール。対峙するのはタヌキ娘とトラ女。
 おやおや? ひょっとして状況的にはこちらが俄然有利なのではなかろうか。
 さしもの怪人とてあの二人を相手にしてはとても無事ではすむまい。これはボコってあっさりお縄にしてしまうかも。
 なーんて期待は次の瞬間に裏切られる。
 怪人インソールが空いている方の手を天へと掲げたとたんに、シュバッと激しい閃光! カメラのフラッシュの強化版みたいなもの。
 で、光が消えたらヤツも消えていた。
 あの野郎、逃げやがった!
 しかしヤツの動きを的確に追うことができていた者が一人いた。
 いつもサングラスを身につけている安倍野京香。不良刑事には目くらましは通用しない。
 ドンドン窓ガラスを叩きながら「玄関に向かったぞ。追え、絶対に逃がすな」と叫んだカラス女。
 その声に呼応して駆け出すトラ美。長テーブルに手をつきダイナミックに飛び超える。躍動感あるその動きは森林にて獲物に襲いかかるトラそのものであった。
 これにタヌキ娘も意気込んで続こうとするが、ゴツンと何かでスネをぶつけて「うぎゃっ」と転んだ。
 涙目で悶絶する芽衣、紗月お嬢さんと瑪瑙さんも近々でまともに光をあびてふらふら。
 おれはバンバン窓を叩きつつ「誰でもいいからここを開けてくれ」と怒鳴るばかり。


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