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097 トラと怪人
しおりを挟む音もなく玄関の扉を締めた怪人インソール。
電子ロックをカチリとかけ、ホッ。
そのままエレベーターへと向かって歩き出したが、ほんの数メートルも進まないうちに背後にて爆音が鳴り響く。
驚いてふり返れば吹き飛ばされた扉。くの字に折れ曲がって壁にめり込んでおり、室内からのそりと姿をみせたのは大柄な女。
つい先ほど対峙していた四人の女たちのうちの一人。
どうやら玄関扉の三重ロックの外し方がわからずに、めんどうになって蹴破ったらしい。その破壊力のなんと凄まじいことか。とても人間技とはおもわれぬ。
怪人インソールの目出し帽の奥の双眸がカッと見開かれる。
いまいましい小娘にうっかりジュースをかけられたせいで光学迷彩に傷害が生じて、正体がバレてしまうというドジを踏んだ怪人インソール。
いろいろ計算ちがいは起きたものの、まんまと獲物は手に入れたのですぐにおさらばするつもりであったというのに……。
「バケモノめ」
この女は危険と判断した怪人インソールは一目散にエレベーターへと向かって駆け出す。
追うトラ美。動きはこっちの方が速い。逃げるパーカーへとのばした指先が、あと少し。
というところで、くるりと反転した怪人インソール。
その手にはスプレーが握られていた。
トラ美はとっさに腕を引っ込めて顔をかばいつつ、後方へと跳んで退く。
間髪入れずに放たれたシューッ。
勢いよく噴き出されたのは催涙スプレー。
小型ながらも射程が長い。四メートル以上にも渡って煙線がのびた。
そのせいで完全には避けきれなかったトラ美。カラダをひねるもほんのわずかだが顔を掠めることになり、形容しがたい刺激にて右目が使い物にならなくなってしまう。
たまらずトラ美がひるんだ隙に怪人インソールが懐より取りだしたのは一丁の拳銃。
続けて発射。ただし銃口から飛び出したのは弾丸ではなくて、コードのついた電極棒。
ターゲットに接着した瞬間に高圧電流を流し込むテーザーガン。
数十万ボルトもある電圧に襲われたトラ美。「がはっ」うめいたのと同時にその身がびくんびくんとおかしな挙動をとり、たちまちぐらりと前のめりに傾いだ。
鍛えあげた屈強は軍人すらをも一発でノックアウトする電気攻撃。それをモロに喰らったので早や倒したと判断した怪人インソールは、もう彼女をかえりみることなくすぐさま逃走を再開しようとする。
だが、唐突に背後にて膨れ上がった殺気。
怪人インソールの全身に鳥肌が立つ。
恐怖のあまり足がうまく動かない。身がすくんでついしゃがみ込んだのは、たまさか。
直後に彼の頭上を轟っと通り過ぎたのは剛拳。
トラ美の放った左フック。狙いを外したものの壁に激突し、表面にクレーターを発生させて大きく粉砕する。
全身からプスプス湯気を立て、白目をむいているのにもかかわらず、猛るトラ女が雄叫びをあげた。
廊下全体がビリビリと震える。
あまりの暴虐っぷりに「ひっ」と怪人が怯えた声を発すれば、そこに飛んできたのはトラ美の右のつま先。
腕を交差させてなんとか防ごうとするも、そんなものごと豪快に蹴り飛ばされる。
「なんだと? ぐわっ!」
たやすく浮いた怪人インソールの身。天井へとぶち当たり照明を割りながらしばらく進んだのちに床へと落下するもなお止まらず。三度ばかり跳ねてようやく止まったのはエレベーターの扉の真ん前。
たったの一撃がかすっただけでズタボロにされた怪人インソール。
瀕死のカラダにムチを打って立ち上がると、すぐさまパーカーの袖からコードを引き出し操作盤に接続。
とたんに扉が開く。
しかし当然ながらそこには乗り込むべきカゴの姿ない。
あるのは階下へとのびているエレベーターシャフトの空洞ばかり。
ためらくことなく奈落へと通じる穴へ身を躍らせた怪人インソール。
シャフト側面に設置されてあるガイドレールに何やら滑車のついた小型の機械をはめ込み、そのまま猛スピードで下降を開始。
ふらつく足どりにて頭をふりながらトラ美がエレベータ―のところにやってきたときには、すでに怪人の姿は遥か階下にあって豆粒のようになっていた。
◇
瑪瑙さんに窓のカギを開けてもらい、ようやくバルコニーから室内へと戻れたおれとカラス女。
スネをぶつけてウゴウゴしている芽衣を飛び越え、玄関から外へと向かう。
しかし玄関先および廊下はえらいことになっていた。
あまりの惨状に「なんじゃこりゃあ」となる。
で、エレベーター前で壁にもたれているトラ美に声をかけると「わりぃ、油断した。まさかあんなモノまで持ち出してくるなんて」と少しばかりしんどそう。
床に転がっているスプレーやらテーザーガンを拾いながら、カラス女も顔をしかめている。
おれはこわごわとエレベーターシャフト内を覗き込むも、当然ながらとっくにヤツの姿は影も形もない。
「やっこさん、箱はしっかり持っていったか?」との言葉に「ああ」とうなづいたトラ美。
その返事におれはニヤリ。
いや、なにせあの箱の中身はスニーカーのみにて、中敷きはおれのジャケットの内ポケットにあるもんで。
ちょっとズルいかなぁと二秒ばかり悩んだものの、勝負は勝負。ゆえに非情に徹することにした。
よし! これでまずは一勝。
とよろこんだのもつかのま、すぐにあることに気がついてハッとなる。
「ちがう、ちがうぞ。あのロープは怪人インソールのじゃない。あいつならばハイテクで堂々とここのセキュリティを破れるはずだ。その証拠に逃げるときにはそうしている。だとすればあれは……いかん!」
二から一をひけば一となる。
変態は二人いる。
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