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141 むーむーむー
しおりを挟むトントン拍子に物事が進むときってのは、たいていその先にぽっかり落とし穴が待っていたりするもの。
ましてやカラス女が殊勝な態度を見せた時点で、予兆はあったんだ。
とはいえその手のことに気がつくのは、あとからと相場が決まっている。
その都度ピンときて対処できていたら、誰も人生に苦労はしていない。
◇
安倍野京香に頼んだ公園付近の防犯カメラの映像。
「ちょうど行方不明者の捜査ついでに署の方にデータを取り寄せてあるから、好きにしろ」と言われたのでご厚意に甘えることにしたおれは、彼女と別れたその足で高月警察署の方へ顔を出す。
今夜は飲み屋との縁が薄い。しようがない、どうせ暇だから面倒ごとを先に片付けてしまい、明日からはまたゴロゴロしよう。
そんな風に柄にもなく仕事に前向きになったこともまた、常ならぬことではあったのだが当人に知る由はない。
小型の重機を乗せたトラックなんて、街中でバンバン見かけるようなモノではない。
日にちや時間が限定されていることもあって映像の確認をはじめてすぐ、わずか二十分足らずでお目当ての相手を見つけた。
トラックのナンバーのみならず、車体に印字されてあった文字から業者名もすぐに特定。
アニマル公園からさほど離れていない造園業者のモノだとわかったので、さっそく向かうことにする。
ただし先方に連絡は入れない。
もしも窃盗犯だったら勘づかれて証拠を隠滅されたり逃げられる恐れがあるので、こっそり調べることにする。
◇
造園業をしているだけあって敷地は広め。だが周囲をブロック塀でかこっているわけでもなければ、フェンスも設置されていない。丸見えのモロ出し。不用心と言えば不用心だが、高月らしいといえばらしいか。
よく手入のされた木々。庭に使うのであろう大きな岩石類がゴロゴロ。石の灯篭や手水鉢なんかの姿も。他にはいろんなサイズの鉢なんかが大量に保管されてある。
瓦屋根の和風の母屋と車庫兼倉庫のプレハブが並ぶも、そのどちらにも明かりはついていない。
暗く静まりかえっており人の気配はなし。
どうやら家の者たちは留守のようだ。番犬らしき影もない。しめしめとおれは敷地内に侵入する。
さすがに家の方に立ち入るのはマズいので、倉庫の方をのぞくことにする。
のぞくと言ったってシャッター全開なので、外から建物内部が丸見え。
「あの荷台にカエル色をしたユンボを載せてるのが防犯カメラの映像にあったやつだな。どれどれ」
トラックにはクレーンも付いており、おそらくはこれで樹や岩などの積み下ろし作業をしているんだ。
「ふーん、なるほどねえ。この技術があればスプリング遊具を掘り出すのも、手早く積み込むのも楽勝だな。だが造園業者がどうしてあんなモノをという疑問が残る。芽衣の唱えたマニア説の可能性も否定できんが、こういっちゃあなんだが買おうと思えば買えない値段じゃないし」
捜索の過程でスプリング遊具についてもひと通り調べたところでは、十万円ぐらいから手に入るし、高くても五十万円ぐらいまで。中古とかセールやアウトレット品を探せばもっと安く手に入るだろう。
「あの妙ちきりんなデザインがよほど気に入ったのか。あるいは他に盗まざるをえない理由があるのか」
などとつぶやきながらトラックの周囲のブルーシートを順繰りにめくっていく。
三枚目にしてついに目当ての品を発見。おれはほくそ笑む。
いつにないスピード解決。冴え渡る灰色の脳細胞。我ながら自分の探偵としての才能が恐ろしい。ここのところの目覚ましい活躍ぶりといい、いよいよ名探偵尾白が覚醒しちゃうのかもしれない。
なんぞとニヤニヤしていたら、急に近くで「トンっ」と物音がしておれはビクリ!
あわてて周囲をキョロキョロするも、誰もいない。
かとおもえばふたたび「トンっトンっ」と連続で鳴った。
「なんだ、いまの音? どこかにネコでもまぎれこんでいるのか」
耳をそばだてて音の出処を探る。
倉庫内に停められてある古い国産車の方から聞こえているようだ。それも車内ではなくてトランクの方。
だから開けてみて、おれはびっくり!
そこには手足を縛られ、猿ぐつわをされた女の人が横たわっていたのだから。
「むーむーむー」と鳴く囚われ人。
なんだこれ? 新手のマニアックプレイ? 変態の一大産地である高月だから、さもありなん。どうしよう、邪魔しないほうがいいのかな。
でも涙目で必死に何かを訴えかけてくるものだから、とりあえず口元を自由にしてやろうと猿ぐつわに手をのばしたところで、いっそう大きな「むーむーむー」声。
身をよじる囚われ人。カッと目を見開き見つめていたのは、おれではなくて背後の空間。
だからふり返ろうとしたのだが、直後に「ガン!」という重たい鉄の音と衝撃に襲われる。
ゆっくりとかしいでいく自分のカラダ。どうにか踏ん張ろうとするも足にチカラが入らず支え切れない。そのままどさりと倒れる。
くそっ、油断した。どうやら当たり所が悪かったらしい。
視界に闇の帳が降りてくる。
おれが最後に見たのは泥だらけの長靴を履いた誰かの足であった。
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