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190 緑炎の瞳術
しおりを挟む襲撃現場が一転して事故現場になった。
倒れて破損したヘリコプターへの対応に緑鬼たちが右往左往している中、副長の乾斑目のもとへと引っ立てられてきた芽衣。
意識はあるもののカラダが思うように動かないせいか、これまでのヤンチャぶりがウソのように借りてきたネコ状態、もしくは捕獲された宇宙人のよう。
「なんだ、この小娘は? 誰かに雇われた刺客にしてはマヌケすぎる。が、あの踏み込み速度や拳の鋭さは尋常じゃない。こいつはいったい……」
両腕を抑えられてぐったりうなだれている芽衣。そのオカッパ頭に手をかけ、グイと持ち上げ顔を確認しては、首をかしげている乾。
すると手下の緑鬼の一人が「あっ、こいつは」と声をあげた。
「どこかで見た顔だとおもったら、こいつは芝生綾を拉致するときに現場に居合わせたガキですぜ」
「ほぅ、ということは動物どもが芝生一族の身辺に密かに配置していた警護役か。ならば先の技のキレにも納得がいく。とっさのこととはいえ、この私に瞳術を使わすとはな」
乾班目の瞳術・緑炎。
見つめられたものは一時的に体の自由を奪われる。魅了効果もあり。ただし効果は相手の精神力にかなり左右される。鬼の上位種はみな何がしかの特殊能力を持つ。
あらためてしげしげと芽衣を眺めていた乾は、その制服姿に着目する。
「この格好……、芝生綾の学校の生徒か。ならばちょうどいい。おい、この娘を連れて私についてこい」
言うなり鬼の副長は歩きだす。命じられた部下たちもあわててこれに従う。
◇
日頃の激務によって蓄積されていた疲労と、拉致される際に嗅がされた眠り薬のせいで、朝までぐっすりであった芝生綾。うつらうつら夢心地。
が、突如として聞こえてきた破壊音にびっくりして飛び起きた。
音の正体は副長に蹴り飛ばされた芽衣がぶつかったひょうしに倒れたヘリコプターなのだが、そんなことを知るよしもない女教師は、頭上から降ってきた物騒な音にただただ狼狽するばかり。
「え、はっ、なっ、何? 地震なの! っていうかどこよ、ここ?」
いきなり巨漢どもに襲われて、黒いライトバンに押し込められたとおもったら、気がつけば竜宮城もかくやという和風の超豪華スイートルームの大きなベッドの上。
これでは混乱するなというほうが無理があるというもの。
寝起きとあいまって女教師、しばし呆然となって思考も停止
そんな彼女を現実へと引き戻したのは「トントン」とドアをノックする音。
芝生綾はびくりと身を固くする。
ガチャリとドアを開けて入ってきた男たち。
女教師は内心の不安や動揺を押し殺し、毅然と振る舞う。
「あなたたちはいったい何なのですか。こんなマネをしていったいどういうつもりなの。それに……って、それは洲本さん! ちょっと、うちの生徒に何をしたのっ!」
自分の生徒の姿を目にしてあわてて腰を浮かしかけた芝生綾、すぐにでも駆け寄ろうとする。
これを手で制し、乾が柔和に微笑む。
「やはり貴女のところの生徒でしたか。なに、心配はいりませんよ。少し疲れているだけです。すぐに元気になります」
乾が指をパチンと鳴らすと、背後に控えていた男たちが芽衣の身柄を静かにソファーに横たえる。
それを横目に乾は慇懃な態度を崩すことなく「不躾なお招きをして申し訳ない」「じつは貴女にお願いしたいことがありまして」「そうだ。まずは朝風呂でもいかがですか。ここの温泉は美肌の湯として有名なのですよ」「その間に食事の用意をさせておきましょう」「まずはおくつろぎください。のちほどすべて説明しますので」などと矢継ぎ早やに言葉をつなぐ。
あまりにも流れるように発せられる台詞の数々。
口を挟む余地がない芝生綾は、結果として乾に押し切られることになる。
だが唯々諾々と従わされたのには、最後に彼が発した台詞が特に効いた。
「こちらの女生徒ともどもごゆっくり」
暗に「もしもヘタなことをしたら、かわいい生徒がどうなるか、賢い貴女ならわかるでしょう?」との脅しが込められた言葉。
笑顔の裏に見え隠れしている狂暴性を敏感に察した芝生綾は、ここはひとまず相手の言いなりになるしかないと覚悟を決めるしかなかった。
◇
「それでは、またのちほど」
そう告げて部屋を辞去した乾と部下たち。
女教師と女生徒だけとなったところで、薄目を開けたのは芽衣である。
タヌキ娘はずっとタヌキ寝入りにて機会をうかがっていた。だが、動けなかった。乾が如才なく立ち回っていたからである。鬼の副長は相当にしたたかな人物のようだ。
「洲本さん、よかった。あなた無事だったのね」
ほっと胸を撫で下ろす綾ちゃん先生に「まあね」とピースサインをしてみせる芽衣。けれどもすぐに真顔となって「先生の方こそ大丈夫だった? あいつにヘンなことされてない?」と問いかける。
あまりにも深刻そうな芽衣の態度に、かえって芝生綾の方がキョトンとなるぐらい。
ぐったり動けないフリをしつつ、芽衣は先ほどのやりとりの一部始終を盗み見ていた。
乾班目が女教師との対面中に、ずっとあの怪しげな瞳のチカラを使っていたのも。
けれどもこの様子では芝生綾にはまったく通じなかったみたい。
芽衣は内心でめちゃめちゃ安堵していた。
◇
一方で芝生綾たちのもとを辞去した乾班目はエレベーターへと乗り込んだところで、「はあはあ」と息を乱しながら壁にもたれかかる。
ワイシャツは汗に濡れており、目の下にも疲労の色が濃い。
急にいくつも歳をとったみたいな状態になって、つき従っていた部下たちがオロオロ心配する。
それを邪険に手で払い、乾は「バケモノめ」とつぶやく。
深淵をのぞくとき、自分もまた向こうからのぞかれていることを忘れてはいけない。
己が緑炎の瞳術にて、女教師を操れるのならばそれにこしたことはないと試した結果、乾は逆に自分が丸裸にされるような感覚に襲われた。
ものがちがう。レベルがちがう。次元がちがう。
太陽とマッチの火、いいや、一瞬の火花ほどもの差があった。
「あれが芝生一族の血のチカラか。なるほど、動物どもが禁忌とし遠巻きにするのもうなづける。凄まじいものだ。
だが、だからこそだ。だからこそ、私はあれが欲しい。あのチカラがあればきっと鬼の呪縛から解放される。雌型に仕える働きアリとして生きて、死んでいくだけのみじめな一生なんぞ、私は断じて認めん」
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