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202 白樺マンション
しおりを挟む「アイタタタタ」
事務所のソファーにうつ伏せとなり、半ケツ姿で助手に湿布を張ってもらっている探偵。
「この湿布ってどうしてクシャっとシワが寄るんでしょうか。うー、なんだかモヤモヤする」
タヌキ娘がキレイに湿布を貼れないことにイラ立っている。
いくらピンと張ってからくっつけても、ぐにゃりとシワが出来たり、端っこがよれたり。しかもやり直しているとみるみる粘着力が下がるから、とにかくネチャネチャしてスッキリしない。
それに膝とか肩とか貼る部位によっては難易度がさらに跳ね上がる。「わざとか? わざとイライラさせる仕様なのか?」と疑いたくなるぐらいのめんどうくささ。
だからおれは断然、塗り薬派だね。
しかも液体じゃなくてクリームとかジェルタイプの。
なのに光瀬女医ときたら、やたらと湿布ばかり出しやがる。それも白い湿布。せめて肌色の方のやつにしてくれたら粘着力も強いから、少し動いたぐらいではペロンとならずにすむというのに。
やはり診療点数だの報酬だのという大人の事情がからんでいるのだろうか。もしくは医薬品メーカーからマージンでも貰っているのかもしれない。
まぁ、ツケで診てもらっている身分でえらそうに文句を言えた立場ではないが……。
「しかしなめてたわ。あの動き、素人じゃねえぞ。パルクールとかの選手かな」
パルクールとは、高い身体能力を駆使して障害物を次々とクリアする競技。
地形を活かして軽快に、走る、跳ぶ、登る、などの移動を素早くこなす。
まぁ、現代版忍者みたいなもの?
もとはフランスの軍事訓練から発展し、ゆくゆくはオリンピックの競技にまでなろうというのだから、たいした成り上がりっぷりである。
「わたしも油断しました。まさか出会いがしらにフラッシュを焚かれるとは思いませんでしたから」
不覚をとり悔しがるタヌキ娘。
上から駆けおりてくるピンポンダッシュ犯と、下からこれを迎え撃とうとした芽衣。
三階の階段途中で鉢合わせするも、いきなりピカッとやられて「あっ」とタヌキ娘がたたらを踏んでいるうちに、ふわりと頭上を超えられてしまったという。
一階分相当の高さは楽々飛び降り、空中や不安定な足場でも体勢を崩さないバランス感覚……、たんに運動神経がいいだけではこなせない所作の数々。
「なんにせよただのイタズラ小僧じゃない。自治会のお歴々が躍起になっても捕まえられないのも納得だ」
「ですよねえ。しかしそんなハイスペックな肉体を使ってやってることがピンポンダッシュってところはナゾですけど」
「ナゾというか、むしろちょっと怖えよ。何がヤツをそうまでして駆り立てているのやら」
「う~ん、……なんとなくニオイがあの人たちに似ている気がする」
芽衣の放った「あの人たち」との言葉におれはギクリ。脳裏にこれまであえて頭の中から除外していた連中の姿がパッと浮かぶ。
怪盗ワンヒールと怪人インソールダブルエックス。
片やべっぴんさんの使用済みハイヒールの片っぽに異常に執着する白のタキシード仮面、片や女子たちの履物の中敷きをこよなく愛する黄色のパーカー野郎。
意味不明なことに、情熱と才能と心血を注ぐ筋金入りのド変態ども。
芽衣から言われるまでもなく「あっ、あいつらと同類かも」とは思っていた。でも考えたくなかった。信じたくなかった。
何よりもこの愛すべき高月の地に、第三の怪人が登場したことを認めたくなかったのである。
「おかしいな。日々マジメに探偵業を勤しんでいるだけなのに、どうしてこうおれの周囲にばかり変態どもが群がってくるんだろう。それともおれが知らないだけで、どこの街でも似たようなものなのかな?」
悩める探偵。
だというのに助手は「さぁ、でも類は友を呼ぶとか」と肩をすくめてみせた。
「むっ、失敬なっ!」
◇
災いの芽は育つ前に摘み取るのにかぎる。
雑草の処理に横着は禁物。後回しにするとわっさわさ。
というわけで、今度は第二の現場へとお邪魔したおれと芽衣。
白樺マンションは屯田団地の敷地に隣接しているマンション群。AからPまでの全十六棟。大きさはまちまちだが、全棟エレベーター完備。十二階建て。
マンションといっても今風の建築とはかなりかけ離れている。なにせ団地に遅れること十年ほどあとに建てられたシロモノで、立派にレトロの領域に属しているからだ。
ゆえに今のマンションほど至れり尽くせりではない。
外観こそはマンションだが、中身は団地に毛が生えた程度の造りにて大差はない。トイレとかむしろちょっと狭いぐらいだし。
それでも建造された当時は「壁がオレンジ色、なんてハイカラ!」「床がフローリングだと?」「おぉ、エレベーターがある!」というだけで近隣にて話題沸騰だったとは、団地の古株連中の証言。
そんな白樺マンションの建屋には共有部分の外廊下がある。
各階一直線にてピンポンダッシュをするにはこれ以上ないシチュエーション。端から順に呼び鈴を押しながら走るのは、さぞや楽しかろう。
しかし現場を確認しておれは「まいったな」と頭をぼりぼり。
タバコでも吸いながら考えをまとめようとするも、壁に飾られた「館内共有スペース全面禁煙」のプレートを目にして、ぐぬぬと断念。
マンション敷地内には同様の直線がたくさんある。
敵にとっては活動しやすく、迎え討つこちらにとっては難易度があまりにも高すぎる。
地の利は完全に敵にあり。
「はぁ、まずは防犯カメラの映像をチェックしてみるか」
手がかりを求めて探偵と助手はマンションの管理員室を訪れる。
映像を見せてもらうが案の定、手がかりはなかった。
どうやら犯人は事前に入念に下調べをしているらしく、カメラの死角から死角へと移動しては犯行におよんでいる模様。
ますますもって「ピンポンダッシュ犯、ド変態説」が濃厚となり、おれはうげえと顔をしかめずにはいられない。
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