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314 獣王武闘会 準決勝第一試合 完全獣人
しおりを挟む領域内に入った敵を自動で迎撃するかのごとき、安房野弁天の遣う屋島蓑山流四十八霊。
対する弧斗羅美が遣う滅爛虎慄紅武爪術。チカラでごり押しするだけではなく、新たに身につけた部分獣人化にて緩急自在の速度を得たことにより、ひといきに畳みかけるのかと思いきやさにあらず。
打撃に蹴撃などを織り交ぜつつ激しく攻め立てるものの、それ以上に間合いを詰めようとはしない。
とはいえトラの膂力による殴る蹴る。
一撃は重く、鋭く、通ればただではすまない。
これを懸命にさばく安房野弁天。
だらりと脱力状態にて攻撃を受け、喰らったチカラや衝撃を自身の回転運動へと変換することで、打撃を無効化する技「屋島蓑山流四十八霊、天崩し」にてしのぎ続ける。
しかし平多紀理が出灰桔梗との戦いで見せたのとはちがい、体勢がかなり異なっている。
まるで重力を無視したかのような異次元の動きをしていた平多紀理に比べて、安房野弁天のソレはしっかり地に足がついており、ほとんどの攻撃を両の腕にてのみ処理。指先の動き、手首の返し、上腕での流し、肘のひねり、肩まわしなどなど、生じる円や回転が極めて局所的かつ小さい。それらを単一、もしくは連動させることで技と成している。
おそらくはこれが通常の天崩し。
平多紀理が行っていたアレが規格外過ぎたのであろう。
安房野弁天はトラ美の攻撃をよく防いでいた。
技もきちんと機能している。
なのに彼女の身にはいつの間にやら無数の切り傷が……。
それはトラ美が放っていた攻撃の中にときおり混ぜていた「滅爛虎慄紅武爪術、一の段、徒花(あだばな)」のせい。
この技は両の手足に爪をジャキンと生やすというもの。
トラ美は拳での戦いを好むがゆえにあまり爪を用いることはなかったが、流派の名前に武爪の文字が入っているのは伊達ではない。ゆえに彼女は爪の扱い方も熟知している。それを踏まえつつ、行っていたのは打撃の中にランダムで斬撃や刺突をまぎれ込ませるというもの。
瞬時に出たり消えたりする凶器。
あえて出しっぱなしにしないところがいやらしい。
しかしまるで獲物をいたぶるかのような戦い方。
どうにも豪快さが信条であるトラ美らしくない。
彼女はなぜこんな戦い方をしているのか?
おれが首をかしげていると芽衣が「たぶんわたしのためだと思う」とぽつり。
わざと勝負を長引かせて、屋島蓑山流四十八霊の戦い方、その奥義の数々を出来るかぎり白日の下にさらし、これらをタヌキ娘に見せるため。
すべては平多紀理との大将戦いに備えての布石。
それすなわちトラ美は平多紀理の実力を認めるのと同時に、警戒をも強めているということ。
屋島の天才お嬢さまタヌキは、パワーアップしたトラ美の目にも脅威と映っている証。
これからそんな難敵との死闘に挑む友へのささやかな餞別。
◇
舞台中央では攻防の嵐が吹き荒れている。
無数の拳が飛び交い、蹴りが空を斬る。
じりじりと相手を追い詰めるトラ美。
渦中にてひたすら耐えていた安房野弁天。
このままではじり貧にてついに反撃へと転じた。
向かってきた拳にはトラの爪がギラり。
これをそらすのでもいなすのでもなく、安房野弁天はあえて正面から受け止めた。
右の手のひらに深々と突き刺さった爪、鮮血を滴らせながら貫通し手の甲から鋭い突端がこんにちわ。
けれども安房野弁天はひるまない。逆に五指を閉じトラの拳をがっちり掴んだところで奥義発動。
「屋島蓑山流四十八霊、天地明察!」
相手の重心を崩し、狂わせ、不明とし、まともに動けなくする技「人崩し」の上位版。
厳かに奉納舞いを踊るかのような安房野弁天の体さばき。
これにより間合い内の空気が渦を巻き、歪む視界。「人崩し」は錯覚を起こさせ混乱させることで致命的な隙を産み出すものであるが「天地明察」はそれだけではない。脳に直接影響をおよぼし機能障害を引き起こす。技を喰らった者は、ほんのわずかな時間ながらもありとあらゆる感覚が反転。それこそ天地がひっくり返ったかのような衝撃に襲われて、芯を失い立っていることもままならず、ぐにゃりとなってしまう。
安房野弁天が起死回生を狙って右腕を犠牲にして放った技。
まともに喰らったトラ美。女性にしては大柄な身がぐらり。そのまま片膝をつくかと思われた、次の瞬間。
「滅爛虎慄紅武爪術、三の段、百花斉放(ひゃかせいほう)」
トラ美を中心にして覇気が爆発した。
少なくともおれの目にはそのように映る。
溜め込まれて溜め込まれて、ぐぐぐっと圧縮され、解き放たれる時をいまかいまかと待っていた覇気がいっきに膨張し、ドカンと大噴火。
舞台袖にいたおれたちはもとより、客席の観客たち、この会場に集いしあらゆる者たちがゾゾゾと総毛立つ。
あちらこちらにてポン、ポン、ポポン。
人化の術が解けて本来の動物の姿に戻り「きゅうぅぅぅ」と目を回し失神する者たちが続出。
畏怖を宿したみんなの視線が舞台中央へと注がれる中、ゆっくりと立ち上がったのはトラの獣人。
ヒトとケモノとの完全なる融合体は神々しいまでに美しい。
以前に奈良で目撃したときには、肉食獣の狂暴さが前面に押し出され荒々しい外見であったのだが、いまの彼女はとても落ちついている。たたずまいには王者の風格のみならず女王の品格すらも漂っている。
まるで別物……。
おれの口が勝手に「完全獣人」との言葉をつぶやいていた。
会場中を一瞬にして震撼させるような覇気。
そいつを至近距離でモロに喰らった安房野弁天は気を失い戦闘続行不能となる。
先鋒戦は弧斗羅美の勝利。
まずはチーム・尾白探偵事務所が星ひとつ。
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