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320 獣王武闘会 悪意の胎動
しおりを挟むまたまた大会が中断している。
なにせ平多紀理の放った「屋島蓑山流四十八霊、絶技・冥穴」にて舞台中央が大きくえぐれ、洲本芽衣の放った「狸是螺舞流武闘術、終の型、唯我独尊派生・震撃」からの「断の型、まな板透し」によって、円形状の石舞台がキレイに真っ二つになっちゃったもので。
おかげで裏方連中が総出で「ヒイヒイ」言いながら修復作業にてんてこ舞い。
一方でおれはまたしても大会運営本部に呼び出しを喰らって、ネチネチ嫌味まじりの厳重注意を頂戴する。
いや~、まいったまいった。
まさか芽衣の攻撃の余波が舞台のみならず、客席をもザックリしただけでは飽き足らず、前回ぶち壊した貴賓室のかわりに用意されたVIPルームまで一刀両断しちゃうとはねえ。
さいわいなことに赤鬼の長である桜花朱魅はまたしても鷹揚な対応にて。
「見事な妙技の応酬、たいしたものだ」
カラカラ笑って許してくれたけど、そんな女主人につき従っていたおれの元相棒である伽草奏からは首根っこを絞められて「何度も何度もなんなの? わざとなの? ねえ、わざとなの?」とめちゃくちゃ怒られた。
◇
つけられた首の爪痕をさすりながら「おー、痛え」とおれが会場内の廊下を歩いていたら、壁にもたれているローブ姿を発見する。手にはくしゃりとつぶして雑巾のようにねじられた茶色の紙袋のゴミ。
「アレはあんたの仕業だったのか」
おれの言葉にうなづく仮面の女。
チーム・パンドラを率いるオコジョくのいち・かげり。動物至上主義を掲げ、テロ行為も辞さない危険団体・聚楽第のメンバー。
「やだなぁ、眉間にシワなんて寄せちゃって。あのままだとにらめっこで試合が終わりそうだったらか、ちょっと発破をかけてあげただけじゃない」
平多紀理と洲本芽衣の対戦中。
互いに仕掛けるタイミングをはかりながら、存分に気を溜め準備を整えていたさなか。
緊迫感が最高潮に達したところで「パンっ!」鳴った音。
あれが引き金となって二人は動くことになる。
けれどもあのギリギリの局面で、第三者が不用意に介入することがいかに危険な行為であるかは、武術にはさっぱりのおれでも容易に想像ができる。
それを、さもちょっとしたイタズラみたいな感覚で行う。
やはりこの女は危険だ。いっそすぐにでも近衛師団の隊長さんに頼んで拘束してもらった方が……。
なんぞとおれが考えていたら、仮面の穴からのぞいている目が笑う。
「怒んないでよ、探偵さん。そのお詫びと言っちゃあなんだけど、次の試合ではおもしろいモノを見せてあげるからさ」
「おもしろいモノ? それって例のオモチャとかいうやつか」
「あれ、どうして探偵さんがそのことを……って、あー、桜花さんが話しちゃったのか。そういえば探偵さんってば、あの怖い鬼女からずいぶんと入れあげられてるみたいだねえ。いやぁ、モテる男はつらいですなあ」
「うぐっ、冗談じゃねえやい。おれは鬼の囲われ者になる気なんてさらさらねえよ」
全国展開している業界最大手の桜花探偵事務所。
これを率いるのは桜花朱魅なる人物。いつもキャメル・ベージュ色のトレンチコートを羽織り、煙管をくわえているスーツ姿の女。名に桜とあるが、どちらかというと曼殊沙華を連想させるおっかない系の美女。その正体は赤鬼族の長。
彼女にはちょっと困った趣味がある。
気に入った才を持つ人物を囲うという収集癖。単なるパトロンではなくて囲うというあたりがいやらしい。
囲われたが最後である。飼い殺しにされて、彼女が飽きて興味を失うまではけっして手放してくれない。
そんな桜花朱魅がなぜだかおれこと尾白四伯に食指を動かしご執心。
ほら、あれかな? 美味しいものばかり食べていると、たまに無性にジャンクフードが恋しくなるみたいな。
なんにせよ、目をつけられたおれにとってはいい迷惑である。
ゲフンゲフンと咳をして動揺をごまかし、おれは目の前のかげりに意識を戻す。
「次の試合でって……。次はあの佐藤晋太郎が率いる姫路アニマルキングダム選抜との対戦だぞ。悪だくみをする余裕なんてあるのかよ」
圧倒的強さを誇る近衛師団の位階三のゴリラ拳闘士。
平多紀理のような華々しい天稟も、弧斗羅美のようなインパクトも、洲本芽衣のようなデタラメさもない。
だがヤツは強い。
無駄なく無理なく必要最小限の労力にて、的確に、冷徹に、淡々と獲物を仕留める。
あのキリングマシーンのような戦いぶりを思い出すだけで、おれは肝が冷えて寒々しくなってくる。
だというのにオコジョくのいち・かげりはこう言った。
「わかってるよ。あの強さ、だからこそ今回の実験の総仕上げに相応しい。本当は決勝戦でバーンと派手にやりたかったんだけど」
実験? 総仕上げ? バーン?
この女はいったい何のことを言っている。
より詳しいことをおれが聞き出そうとした矢先のこと。
『石舞台の修繕がまもなく終了しますので、準決勝第二試合に出場する両チームはスタンバイに入って下さい』との場内アナウンス。
「おや、もう行かないと。じゃあね、探偵さん」
きびすを返したかげり、おれが止める間もなくスタスタ遠ざかり、さっさと行ってしまった。
ぽつんと一人残されたおれは思案ののち、芽衣たちのところに戻るまえに、警備主任として詰めている近衛師団の隊長さんのところに顔を出す。
「次の試合、連中が何かを仕掛けるつもりだ」
との情報を伝え用心を促しておいた。
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