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387 インフルエンサー
しおりを挟む高月の地には駅を挟んで北と南にひとつずつデパートがある。
北の兎梅デパートは若者をターゲットにした品揃えとテナントを多数抱えており、とっても華やか。その屋上にはパリの街角を模した空間とこじゃれたカフェテリアがあり、市内のカップルならば一度は足を運んでいるほどの熱々スポット。
一方で南の亀松百貨店は主にお年寄りをターゲットにしており、派手さはないけどかゆいところに手が届く。その屋上には古き良きレトロな遊園地があって、小さなお孫さんを連れた祖父母らからは「安心して孫と遊べる」とたいそう重宝がられている。
所用にてひとり地方へと出向いていたおれこと尾白四伯探偵。
駅から出るなり魅惑の笑顔で出迎えてくれたのは、ブルネット髪の八頭身見返り美人。
とはいっても実物じゃない。
亀松百貨店の屋上からかけられた大垂れ幕に印刷されたもの。
この美女の名前はルクレツィア・ギアハート。
世界をまたにかけて活躍しているトップモデル。パーフェクトボディ、黄金比の具現者などとも呼ばれており異性同性を問わず大人気。彼女を広告に起用すれば、たちまち売り上げが数十倍にも跳ねあがるものだから、各企業ともこぞって依頼を出しているそうな。しかしいくら大金を積んでも彼女はたやすく首を縦にはふらない。
つねから「自分が認め、納得した品しか応援するつもりはない」と公言しており、たとえ世界的な大企業が相手だとしても一歩も引かず。意に添わない仕事は頑として受けつけない。
そんな毅然とした態度もまた世の女性たちからの厚い支持を集める要因となっている。
彼女の一挙手一投足により何千億どころか何兆円もの大金が動き、世界中の人たちが右往左往する。
とんでもない影響力を持つインフルエンサー、本当にスゴイ美女だ。
だが、そんなスゴイ美女が何をとち狂ったのか高月にやって来るというのだから、驚いたのなんのって。
なんでもルクレツィア・ギアハートがまだ無名の新人時代のこと。
亀松百貨店のオーナーが欧州出張のおりにとあるパーティーで知り合う機会があって、オーナーは芽が出ず足掻いている彼女に「がんばれ」とのメッセージとともに少なくない援助をも行ったんだとか。
このやりとりにいやらしい意味はなく、パトロンというよりも、ファン第一号といった感覚からの行為。
そしてこれがきっかけとなってルクレツィア・ギアハートがトップモデルへの階段を駆け上がったわけでもない。
けれども彼女はその時の恩を忘れてはいなかったらしく。
「今度、うちのデパートでイベントをを行うんだが、よければ出品してくれないかな」
亀松百貨店のオーナーがダメ元で打診してみたら、たちまち快諾してくれたという次第。そればかりか積極的にイベントに加担してくれるもので、ちょっとした展覧会のはずが、何やらどんどん話が膨らんでいき、気がつけば地方発世界的な注目を集める大イベントになっていた。
それはいい、それはいいのだが……。
「どうしてテーマが『世界のハイヒール展』なんだよ」
ルクレツィア・ギアハートが微笑む垂れ幕。その隣に燦然と輝く文字を眺めて、おれはげんなり。
もともとは女性の足下に関連するグッズを集めた展覧会のはずだったのに、あちこちから協賛に手を挙げる企業が続々名乗りをあげ、企画も紆余曲折を経て一流ブランドを集めたファッションショー込みの展覧会となる。
わかりやすく例えるならばパリコレを高月でやるようなもの。
なんという分不相応の場違いっぷり。
噂では言い出しっぺである亀松百貨店のオーナーが「どうしてこうなった?」と頭を抱え、あまりのプレッシャーとストレスでひどい胃痛とイボ痔と円形脱毛に悩まされているんだそうな。
だもんでこの情報が巷を駆け巡って以来、高月の街の空気がどこかふわふわ、浮つきっぱなし。
寄ると触れば話題はトップモデルのことばかり。
芽衣もまったくミジンコレベルで関係ないというのに、有名人来訪にやたらと浮かれている。
ルクレツィア・ギアハートが載っている雑誌を何冊も買い漁っては、事務所に持ち込み読み散らかしている。どうやらタヌキ娘は本代を経費で落とすつもりのようだが、さすがにそれはムリがあるだろう。もしもこれが経費として通るのならば、おれのタバコ代も経費で落ちるはずだもの。
「……にしても、よりにもよってハイヒールかよ。イベント期間中、あいつがおとなしくしていてくれることを祈るばかりだな」
おれは肩をすくめトボトボと歩き出した。
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