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386 柿グルイ
しおりを挟む連絡を受けて駆けつけた場所は、高月は北西部郊外の山の麓。
なだらかな斜面に広がるのはのどかな田園風景。
そんな地域にあるぽつんと一軒家。大きなプレハブ倉庫が隣接しており、周囲にはビニールハウスが並ぶ。畑に野菜がほどほどに実っていることから、パッと見にはただの農園のようにしか見えない。
園内へと通じる一本道。その手前には「ひまわりファーム」との手書き看板。
どこぞの社団法人か、慈善団体っぽい雰囲気をかもしだしつつ、その実態は窃盗団のアジト。
証拠ならば倉庫の中にたんまりある。あちこちからせっせとかき集めたお宝がうず高く積まれている。
現場に到着しておれは「まいったな」と頭をぼりぼり。「おもってたよりも本格派だ。あの四人はただの実行犯に過ぎないだろう。たぶんバックに大きな組織がついてるはず」
カモフラージュというにはあまりにも大がかりな舞台装置。
この分だと盗品を効率よく売りさばく流通網までガッチリ抑えているっぽい。
うーん、柿ドロボウを追っかけていたら、とんでもない大物が釣れてしまった。
街の探偵屋さんの手には少々余る、か。
ここはカラス女に出張ってもらうのが一番無難な気もするけど……。
なんぞとおれが思案していたら、早や動きがあった。
ただし窃盗団にではない。
「よ、四伯おじさん、ちょっとあれっ!」
あわてる芽衣が指差したのは、ファームへと通じる一本道の入り口付近。
カラス、ネズミ、サル、イヌ、ネコ、ハト、イタチ、タヌキ、ヌートリア、アライグマ、ハクビシン、スズメ、ハト、イノシシ、ウサギ、キツネ、アナグマ、シカ、ムクドリ、トンビ、ハヤブサ、フクロウ、カワウソ、シカ、キョン、ハムスターなどなど。
わらわらと集う動物たち。たちまちものスゴイ数となる。
どうやら柿ドロボウがここにいると聞きつけて駆けつけたらしい。
目的? もちろん報復である。
やられたらやり返す。それが動物界隈の流儀。とくに食い物の恨みは恐ろしい。
いや、真に恐るべきは柿の持つ魔性であろうか。
第三紀層から柿の化石が発見され、縄文時代や弥生時代の遺跡からは柿の種が発掘、古事記や日本書紀にもたびたび登場し、最古の薬事辞典にも掲載されている。ナウでヤングでとっても雅な平安貴族たちもその季節の恵をとても楽しみにしていた。
古来より日ノ本の甘味の代名詞みたいな存在。
それが柿。
老若男女を問わずどころか人とケモノの垣根をも越えて、みんな大好き柿グルイ。
ちなみにおれこと尾白四伯は可もなく不可もなく。ぶっちゃけそれほどでもない。どちらかといえば秋の味覚としては栗とか梨の方が好き。
芽衣にいたっては淡路島の実家の裏に柿の木が生えており、こいつが毎年せっせと実をつけるものだから、すっかり食べ飽きている。
しかし野生に生きる動物にとって、柿は希少な甘味にして魅惑のごちそう。
そいつをよそ者に奪われたとあっちゃあ黙ってはいられない。しかも自分で食べるのならばまだしも、売りさばいて小銭を稼ぐたぁ、不届き至極!
かくしておれたちが止める間もなく始まった動物たちの大逆襲。
走る毛玉どもが怒涛の津波となりて「ひまわりファーム」を呑み込む。
いきなり優に数千を越えるケモノどもから襲われて、たかが人の身である窃盗団に何が出来ようか。
衣服を破かれ、あちこち噛みつかれ、ひっかかれ、汚物をこすりつけられ、殴られ、蹴られ、踏みつけられて、ボコボコにされたあげくに、ノミ、ダニ、シラミなんぞをたっぷり伝染される。
「ぎぃやぁぁぁあぁぁぁぁぁっ」
ぽつんと一軒家から窃盗団たちの絶叫がこだまするも、すぐに聞こえなくなった。
おれと芽衣は惨状を遠巻きにしつつ、ナムナム連中の冥福を祈るばかり。
◇
かくしてヒッチコックも真っ青なアニマルホラー展開にて、みずからの手で復讐を果たした動物たち。
散々に暴れたあとは、倉庫にあったブツを存分にムシャコラ。あげくにちゃっかりお土産まで担いで「もう用はない」とばかりにすたこらとんずら。潮が引くようにしていなくなる。
不気味な静寂に包まれた「ひまわりファーム」に足を踏み入れたおれと芽衣。
目撃したのは、全身歯形だらけで真っ裸、血みどろとなって口から泡を吹いている窃盗団たちの死屍累々な姿。
いや、本当には死んじゃいない。いちおうは生きているよ。
けれども人としての尊厳とかは確実に死んでるはずだ。
「柿グルイ、おそるべし」
あんまりなやられっぷりに、おれは戦慄を禁じ得ない。
野生のケダモノども、超怖え。
一方で芽衣は「どうします、四伯おじさん。救急車を呼びますか、それとも京香さんに来てもらう?」と冷淡なもの。
しかしそれもしようがない。なにせタヌキ娘の実家は兼業農家。大地とともに生きるたいへんさを幼少期より見てきた。だから丹精込めて育てた農作物を横からひょいと奪うなんぞは言語道断なのだ。
とはいえさすがにこのままというわけにはいかないので……。
「まずは保健所に一報入れておこう。エキノコックスやマダニとかおっかないからな」
※野生動物から人に伝染する感染症は、ときに命にかかわる重篤な症状を引き起こすこともありますので、いくら可愛いからってめったやたらに接触するのは控えましょう。
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