おじろよんぱく、何者?

月芝

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397 変態と阿呆と動物

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 ファッションショーの方は滞りなく進行している。
 問題が発生していたのは階下で開催されている「世界のハイヒール展」の方。
 ただでさえ来場者の人数制限をかけるほどの盛況ぶりでてんやわんや。だというのにいらぬ騒動を起こしていたのは、室温警部補と愉快な仲間たち。
 そりゃあトラブルにもあるわな。
 目が合った相手に片っ端から職務質問。

「おまえ、いまこっちをじっと観察していたな。うーむ、怪しい、怪しいぞ。もしや怪盗ワンヒールの変装か!」

 言いがかりをつけては、頬っぺたをグニグニつねる。
 その行動は徹底しており、老若男女どころか幼子の頬までつねろうとして、ぶち切れた母親からビンタを喰らうほどであった。
 おかげで主催者側にクレーム殺到。
 あんまりにもヒドイものだから警察の方に展覧会の担当から「いい加減にしてくれ!」とお怒りの電話を入れるも、のらりくらりとまともに取り合ってくれない。
 どうやら警察側も対応に苦慮しており、出来ればかかわりたくないみたい。
 そりゃあ、誰だって貧乏クジなんぞは引きたくないわな。
 そしてついにおれのところにまでお鉢が回ってきた。

「変態といえば尾白、尾白といえば対変態のエキスパート。変態探偵尾白さん、あの変態警部補を何とかしてください」

 各種メディアの取材陣やら観客やスタッフなどなど。衆人環視の中、変態というワードを連呼されつつ、担当から泣きつかれたおれこそがいい迷惑である。
 とはいえさすがに見かねたもので、渋々動くことにする。

  ◇

 会場内をウロチョロしている室温警部補と愉快な仲間たち。
 ただしカラス女の姿はない。おそらくは「ちょっとトイレ」とか言って逃げたな。

「やあやあ、室温警部補どの」

 おれが声をかけつつにこやかに近づけば、挨拶がわりにいきなり頬をぐにりとやられた。
 ムカついたのでしっかりやり返す。それもダブルでムニムニ捻りも添えて。
 芽衣も赤青ネクタイコンビらを相手どり、つねりつねられ。
 で、ひとしきりやり合ったところで、おれはヒリヒリ痛む頬をさすりながら言ってやった。

「どうやら室温警部補どのは大きなかんちがいをしているようだな」
「かんちがいだと。いったい何のことだ、探偵」
「怪盗ワンヒールのことだよ」
「?」
「たしかにやつは変装の名人だ。だがな……」

 そもそも論として、怪盗ワンヒールの正体は俺を含めて誰も知らない。
 便宜上、変態紳士とカテゴリーはしているけど、本当に男かどうかも不明なのだ。
 白のタキシード仮面姿をメインに活動をしているが、ときには美女に化けたりもする。
 化け術道ではちょいと知られたこのおれ、尾白四伯ですらもが見抜けぬほどの完璧な化けっぷり。人間にしておくには惜しい腕前。
 とかいう動物側の裏事情は伏せつつ、かいつまんで説明をしたところで「だからこうして怪しいヤツをしらみつぶしにしているんじゃないか」と反論する室温警部補を制し、おれは結論を告げる。

「いや、だからワンヒールからすれば、わざわざ変装をする必要がないんだよ。素顔で来場していたって誰にも気づかれる心配がないんだから。それに」

 アイツがあらわれるのは、きっと最終日の空中パーティー。
 決戦にふさわしい派手な舞台と配役をわざわざ整えたのは、ルクレツィア・ギアハートからの挑戦状。
 これに臆して応じぬ怪盗ワンヒールではない。
 ということも伏せておいて、おれは「頬をつねって回るだけムダだ。それならまだ会場中を練り歩いて目を光らせているほうが、ずっと抑止力になる」と助言する。
 当たり障りのない適当だが、これを真に受けた室温警部補。「なるほど」とうなづき、「そうとなれば、さっそくパトロールだ」

 警部補どのは部下たちを連れてどこぞに行ってしまった。
 人混みの中に消えた彼ら。
 探偵と助手は見送りつつ。

「あの行動力だけはすごいんだよなぁ。まったく後先のことは考えてないけど」
「京香さんの話だと、たまに当たりを出しているみたいですから、なにげに運と引きも強いですよね、四伯おじさん」
「運というか、ありゃあ悪運の類だな。……にしても、展覧会の担当は悲鳴をあげていたが、ルクレツィアのやつ、たぶんわざと警部補たちを好きに泳がせているぞ」
「えっ、どうしてわざわざそんなマネを?」
「どうしてって、そりゃあ、その方が断然面白くなりそうだからだろうよ」
「あー、たしかに」
「この分だと、警部補たちもパーティー会場となる飛行船に乗り込んできそうだな」
「うわぁ、怪盗と探偵と警察の三つ巴ですか。それはたしかに盛り上がりそうです」

 変態と阿呆と動物が空の上で鬼ごっこ。
 とんだ妙ちきりんな見世物になりそうにて、早くもおれのテンションはだだ下がりである。


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