おじろよんぱく、何者?

月芝

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437 ぽんぽん山

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 ときには灰色どころか真っ黒な世界に飛び込むことも必要なのが探偵業。
 だからちょっとだけ。
 部分化けによるカギ開けスキルを発動し、おれは従業員用の扉を開く。

「いまどき警報機のひとつも設置していないとは、ずいぶんと不用心だな」

 ギィイィィィと音がしないよう、スチール製の扉をゆっくりゆっくり慎重に。
 ここで一度周囲に視線を走らせる。誰もいない。確認してから奥へと身を滑り込ませる。
 開けた時と同じく静かに扉を閉じる。
 完全に不法侵入なので見咎められたら一発アウト。
 だから素早く先ほど聞こえてきた音の正体を探ろうとしたのだが……。

「な、なんじゃこりゃあ!」

 おもわず発した己の声に驚きあわてて口元を手で押さえる。
 しかしそれもこの光景をまのあたりにすればしようがないこと。
 何もなかった。
 店内はがらんどうにて、コンクリートの床や壁などがむき出し。
 賃貸契約前の物件のような状態。
 夜逃げにしたって根こそぎすぎる。
 というか、それもありえない。
 さっき最寄りの自販機に缶コーヒーを買いに行った際に表の方にも顔を出したが、ガラス越しにのぞいた店舗内の状態はいつも通りであったのだから。

 おれが店内の様子に唖然としていると、またしてもコトリと音が鳴った。
 どうやら奥の保管庫の方から聞こえているらしい。
 店の異常な状況からして行くべきではない。すぐに回れ右をして逃げ出すのが正解だ。
 だというのにおれの体は意思に反して保管庫の方へと歩き出す。

 ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメ……。

 ココロが、本能が激しく拒絶する。
 なのに手がついに保管庫の扉の取っ手を握ってしまった。
 いっそロックでもかかってくれていたらと願うも、それはかなわない。
 取っ手を持つ腕にチカラを込めたとたんに扉はあっさり横にスライドする。
 たちまちひんやりとした空気が内部より溢れてきて、おれの全身が冷気に包まれる。
 冷気が外部に漏れないようにと垂らされてあるビニールののれん。
 その向こうに人影が見えたような気がした次の瞬間、ビカッと強い光!
 おれはたまらず「あっ」
 そこで視界は暗転した。

  ◇

 意識を取り戻したおれはまぶたを開けるも、真っ暗。
 どうやら目隠しのアイマスクをされているらしい。
 手足はピクリとも動かない。がっちり固定されている。
 背中の感触は柔らかすぎず硬すぎず。歯医者にある診療用のイスに近くけっこう快適。
 台の上に大の字に寝かされ拘束されている。
 耳は聞こえているけれども声はダメ、何も喋れない。
 いったん落ちついてから化け術にて抜け出そうと試みるも、肝心の術が発動せず。化けチカラ自体は発生しているものの、その巡りが何かに邪魔されている模様。
 現状、打つ手なし。
 まいったなと心中でつぶやきつつ、おれはおとなしくしていることにする。

 スピー、ぐぅ、ふごっ、ゲホゲホ。

 自分のヨダレでむせた。加齢によるノドや首回りの筋力低下にともなって、ヨダレがうっかり気管の方に入ることにより起こる現象。
 いつの間にか眠りこけていたようである。ここのところの徹夜続きがやはりこたえていたらしい。あと我ながら図太い神経をしているとホトホト感心する。

 目覚めてもおれの状態は変わらず。
 けれども周囲にいくつかの気配を感じる。
 どうやら寝ているおれを見下ろしている者たちがいるっぽい。

「またか? どうしてこう地球人類はムダに知的好奇心が強いのだろう。その熱意を別の分野に向けていれば、とっくに銀河連邦の仲間入りを果たせていたはずだろうに」
「まったくだ。……うん? おい、こいつは人間じゃないぞ。動物だ。しかし該当する生態パターンがない。高月の地で新種発見?」
「いやいや、さすがにそれはないだろう。おおかた垂れ流された産業廃棄物とかで発生した突然変異じゃないのか」
「うーん、どうだろう。しかしどうする、珍しい例だし本星に標本として送っておくか」
「それなんだが当面何も送ってくるなって通達があったぞ。なんでも地球産の生物はどれもこれも気が荒くてたくましすぎるから、面倒をみるのがたいへんらしい。なんでも竹と納豆菌にあやうく博物館惑星のひとつが占拠されかけたんだとか」
「おっふ、あれだけ扱いには注意しろって言ったのに。でもまあ、実際のところここの連中、やたらと好戦的だしな。自分の国どころか自分たちの星を何十回も壊滅させる兵器を大量にこしらえるとか、どう考えてもイカれてやがる」
「一方で平和の祭典とかいってスポーツではしゃいでいるんだから、よくわからんよ。握手しながら、あいてる手で殴り合っているようなものだもの。いったい何がしたいのやら」
「まったくだ。そういやあ、死海文書の公開時期っていつだったっけ」
「あー、たしか……」

 自分の枕元で繰り広げられている超次元の会話。
 ひょっとして宇宙人? ははは、まっさかー。
 とか現実逃避していたら全身にビリっときた。
 電流か何かを当てられたらしい。
 ふたたび薄れゆくおれの意識。
 うう~ん。

  ◇

 朝陽を浴びて目覚めたおれは「うーん」と大きく背伸び。
 吸い込んだ空気が清々しい。
 周囲をキョロキョロしてから、首をかしげる。

「あれ、なんでおれ、こんなところで寝てたんだ?」

 ぽんぽん山。
 高月近郊にある標高六百五十メートルの小山。景色はたいしたことないけれども、お年寄りから子どもまで気軽に楽しめるハイキングコースとして人気。
 なお名前の由来は山頂に近づくほどに、足音がぽんぽん鳴るからと云われているけれども、鳴ったためしがない。

 ケーキショップ「幸蔵」の裏口に張り込んでいたはずが、気がつけばぽんぽん山の頂上に。
 二日酔いみたいに頭の奥に鈍痛が。昨夜の記憶がごっそり失せている。
 何かがおかしい。
 ふらふらする足どりでおれは山を降り始める。
 するとジャケットの内ポケットに入っている愛用のガラケーがプルプル震えた。
 電話の相手は今回の依頼人。
 てっきり催促かと早とちりしたおれが進捗状況を口にするよりも先に、依頼人が言った。

「今回はありがとうございました。報酬の方は指定された口座に振り込んでおきます。それでは」

 一方的に言うだけ言うと切れた電話。
 わけがわからない。
 けれどもいちおうは依頼完了で……いいのかな?


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