おじろよんぱく、何者?

月芝

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463 捲土重来

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 いささか時を遡る。
 これは探偵と助手が不法投棄業者を、カラスたちの特殊部隊「白夜」に引き渡した直後のこと。
 一斉摘発の現場にいたカラス天狗の監査役の者。
 見届けた一部始終について、戻り次第報告する。
 すると仲間のうちの誰かが言った。

「二代目蒼雷か……。おれ、いまだに夢でうなされることがあるんだよなぁ」

 そうつぶやいた声のなんと情けないことか。
 これを耳にして噛みついたのが、まだ年若いカラス天狗。

「例の渡月橋黒の惨劇事件とやらですか? ふん、日頃はやたらと先輩風を吹かせて威張っているくせして、そのことになったとたんにひよるんだから」

 若いカラス天狗はビビッている先輩を小馬鹿にしつつ、憤りを隠そうともしない。
 あの事件はいまなおカラス天狗たちに深い影を落としている。そればかりかことあるごとに持ち出されては嘲笑の的にされることさえも。
 はっきり言って屈辱以外の何者でもない。
 そのことが若いカラス天狗にとっては、耐えがたい恥辱。
 一方であの夜を経験している者の大半は憤りを抱えつつも、身の内に刻まられた恐怖が勝るせいで、どうしても意気消沈してしまうばかり。

 ようやく愛宕山の御大将である太郎坊大天狗さまから仰せつかった仕事を片付けたというのに、蒼雷のことがまるでノドに刺さった魚の小骨となってカラス天狗たちをお通夜ムードにしてしまう。

「……やってやりましょうよ。捲土重来けんどじゅうらいです。これぞ天の采配でしょう。いまこそ失われた誇りを取り戻すとき!」

 この先も恥辱を抱えたままなんてまっぴらごめん。
 ゆえに絞り出すようにして吐いた想い。
 これがおもいのほかに熱を持ち、次から次へと仲間内に伝播していく。
 みな大なり小なり思うところはあったのである。

「たしかに先代の蒼雷にはコテンパンにしてやられた。だがまだ未熟な二代目ならば」
「そうだ! 青かろうが熟れていようが、勝ちは勝ち」
「いま我らに必要なのは勝利し、自信を取り戻すこと」
「そのためにはなんとしても、その二代目とやらをやっつけねば」
「さりとて若いのにかなりの遣い手だと聞くぞ?」
「それでもかつて我らが対峙した初代と比べれば、まだまだ」
「そうか? 姫路アニマルキングダムで行われた獣王武闘会の西国予選の映像をみたが、相当な剛の者であったが……」
「あぁ、さすがは二代目を襲名するだけのことはある。だがしかし、いまだ初代には遠くおよばず」
「さすればいまが好機!」
「いいや、唯一の勝機!」
「ふーむ、とはいえ闇雲にちょっかいを出したのでは、前回の二の舞になりかねん。ここはより慎重にことを運ぶべきではなかろうか」
「だとすればまずは身辺を洗うべし」
「だが気をつけよ。けっして悟らせてはならぬ。うっかりバレて淡路島よりあれが出てきたら……」
「ひぃいぃぃぃぃぃぃ」

 初代蒼雷である葵と戦ったとき、ただ数を頼りに攻め立てた結果は散々であった。
 ゆえに今回は万全を期してリベンジマッチに挑むべし。
 そう大勢が決したところで、誰が言い出したのか「捲土重来」の言葉を呪文のように唱えはじめ、じきにみなもこれに倣って連呼するようになる。

「「「「「「「「捲土重来っ!」」」」」」」」

 異様な熱に冒されたカラス天狗たちの大合唱。
 かくして、もう前向きなのか後ろ向きなのかよくわからない、難癖私怨まみれの戦いの火ぶたが、一方的かつ理不尽に切られることとなった。

 着々と進む悪だくみ。
 そしてカラス天狗どもが準備万端整えたところで、ついに計画決行当日を迎える。

  ◇

 桔梗より出稽古に誘うメールがきたとき、当初、芽衣はちっとも乗り気ではなかった。
 だから「パス」と返信するも、すぐに「稽古が終わったら、京都のスイーツを食べ歩きしない?」との提案が届く。
 これには芽衣もクラっときた。おしゃれな街での甘味巡り。乙女ならばたいていが惹かれるパワーワード。
 そこにトドメをさすべくもうひと押し。

「株主優待券やクーポンがいっぱいあるから」

 それすなわちタダでスイーツが食べられるということ。
 さすがは高月随一の歴史を誇る呉服店「阿紫屋」のお嬢さま。女子高生で株主優待券をヒラヒラちらつかせるだなんて。
 とすっかり感心した芽衣。「だったら行く」と誘いに応じたのだが……。

 当日はなぜだか京都駅の烏丸中央口より出て、バスターミナルを突っ切った先にある京都タワーの角にて待ち合わせ。
 なんでも桔梗にはすませておかなければならない用事があるそうで、先に道場の方へ向かっておいてとのこと。

「迎えのクルマを用意しておくから」

 とのメールがきた。せっかく用意してもらったものを無下にもできないので、芽衣もこれに従うほかない。
 で、約束した場所にいけば、ピカピカに磨かれた黒塗のモダンなハイヤーが止まっており、芽衣が近づくなりすかさず運転席のドアが開いて姿をみせたドライバーが恭しく頭を下げてくるではないか。
 これにはおっかなびっくりのタヌキ娘。
 勧められるままに後部座席へと乗り込んだところで、今度は「フレッシュマンゴージュースのウエルカムドリンクです」とグラスを差し出される。
 これまた勧められるままにありがたく頂戴したタヌキ娘。ストローに口をつけてちゅうちゅう。超美味! 濃厚で上品な甘味におもわず頬がゆるむ。
 気分はもうすっかりセレブリティ。
 と、そのときのことであった。
 シューッというガス漏れのような音が車内のどこぞより聞こえてくる。
 しかし鼻をひくつかせてもまるで匂いはなし。

「うん?」

 小首をかしげつつも、いったん車外に出ようとドアノブに芽衣が手をかけたのだが動かない。そこで運転席にいるドライバーさんに「ちょっと」と声をかけたら、後部座席を振り向いた彼の顔にはなぜだか、ごついガスマスクが装着されてあった。

  ◇

 後部座席がすっかり静かになったところでハイヤーがゆっくりと走り出す。
 黒いクルマは烏丸通をひたすら北上してゆく。


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