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464 モノコック
しおりを挟む京の都は北東部に位置する南禅寺。
臨済宗南禅寺派の大本山の寺院にて、日ノ本で最初に建てられた勅願禅寺でもある。
ちなみに勅願とは「ときの天皇や上皇がナムナム発起人となる」こと。
まぁ、それだけ寺格が高いのだ。
で、そんなありがたい南禅寺なのだが、いつの頃からか我が物顔で勝手に住みついているタヌキたちがいる。
どれくらい我が物顔なのかというと、その一党を率いる頭領が苗字に寺名を名乗るぐらいに、である。
都入りを果たしたおれ。まず連絡を入れたのが南禅寺照庫寅のところ。
ごてごて電飾で飾ったトラックみたいな名前の彼は、南禅寺一党を率いるいまの頭領。都のタヌキ界のみならず動物界にも顔が利く男。
おれは過去に仕事がらみで何度か相まみえたことがあって、郷に入っては郷に従えではないが、この地で何かをするときには必ず一報を入れておくようにしている。
今回、行方不明となった芽衣を探すにあたっておれは挨拶がてら「誰かいいガイドいない?」と都合をつけてもらおう心積もり。
しかし駅ビル前から電話をしたら、あいにくの留守。何でも急な会合が入ったとかで、いそいそ出かけていったんだとか。
ひと足ちがいで空振り。
当てが外れたおれはつい電話口で「あー、まいったなぁ」と愚痴る。
すると応対していた若い娘が「だったら私が案内してあげましょうか」と言い出した。
◇
京都タワーの展望台より景観を一望する。
ガイド役から待ち合わせ場所に指定されたもので、しぶしぶ料金を払ってのぼってみたが存外悪くない。惜しむらくはすぐ隣の巨大な箱型の建造物がやたらと気になること。
高さ六十メートル、東西に五百メートルほどもある駅ビル。
京都タワーは都一の高さを誇り、土台のビル部分を合わせると百三十メートルほどにもなる。
だから駅ビルを上から見下ろす形になるのだが、ごつい建造物は下から見ても上から見てもやはりごつく、なんともいえぬ存在感を放っている。
「同じ塔でも通天閣の上はやたらと不安になるのに、京都タワーのこのどっしりした安心感たるやいったい……。やはり造りのせいなのだろうか」
おれはひとり言をぶつぶつ。
いかにも鉄鉄したごつい骨組みの鉄塔然とした容姿の通天閣に対して、京都タワーはのっぺりしたおしろい姿。
じつはこの京都タワー、鉄骨は一切使わず特殊鋼板シリンダーにて円筒型の塔に仕上げるモノコック構造なる建築を採用している。
モノコックとはフランス語でひとつの殻の意味。
モノコック構造とは外皮が強度部材を兼ねる構造のことで、自然界では甲殻類や昆虫などが持ち合わせているシロモノ。卵なんかも同じで殻自体は薄く割れやすいのに、握りつぶそうとすると案外むずかしい。
ようは京都タワーは見た目ののっぺり灯台姿のわりに、おそろしく頑丈な建物だということ。
って、展望台の壁に飾られてあるパネルに書いてあった。
なお通天閣の高さは百と八メートル。高さでも京都タワーに軍配があがる。
だがしかし、通天閣の展望台からは隣の天王寺動物園が見下ろせ、動物どもがちょこちょこ動くミニチュアのような景色がちょっとおもしろい。
「なんかごめん。ヘンテコな外観の揚げ足とりばっかりで、ずっとバカにしていて本当にすまんかった」
おれは心のうちでこっそり京都タワーにいままでの非礼を詫び、そして感服しつつ、展望台に備え付けの双眼鏡で京の街並みを堪能。
するとそんなおっさんの肩をトントン叩く者が……。
景色に夢中になるあまり背後がすっかりおろそかになっていたおれはビクリっ!
あわてて振り返るとそこにいたのはセーラー服の少女。
濃紺地に手首と襟のところに白いラインが入っており、首元には赤いスカーフを結んでいるタイプの制服姿。
おでこ丸出しにて髪をうしろに束ねている彼女。「お待たせしました、尾白さん。南禅寺八葉です」と名乗った。
なんと、子だくさんで有名な南禅寺照庫寅の三男六女のうちの下から二番目なんだとか。
頭領家のお嬢さんがわざわざ出張ってきたことには驚きつつも、おれはちょっと困惑する。
なぜなら、おれが求めていたのはただの観光案内のガイド役ではない。
都の表にも裏にも精通しているガイド役であったからだ。
まだ年端もいかぬデコ娘に果たして期待していいものだろうか。
もしもかんちがいをさせてしまったのならば、早々にあやまってチェンジを申し出たほうが……。
おれがそんなことを考えていたら、八葉がにぱっと元気な笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。これでもいちおうは南禅寺家の娘です。京都は自分の庭みたいなものですし、方々にだって顔が利くんですから。そのかわりうまくいったらバイト代をはずんで下さいね」
無邪気さを装って、なかなかちゃっかりしている。
会話の中にさらりと金勘定を織り込んでくるあたり、相当にしたたか。どうやら南禅寺に我が物顔で居座り続けているタヌキの一族の血はしっかり受け継いでいる模様。
おれは差し出された少女の手を握りかえし、「こちらこそよろしく頼む」とあらためて頭を下げた。
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