おじろよんぱく、何者?

月芝

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474 女形と湖国名物

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 女形カラス天狗である尾太夫の操る着物や帯。
 保津峡の谷間、闇の中をふわりと舞う艶やかな着物の羽織が視界を遮り、あるいは囮となり、タヌキ娘を惑わす。
 かとおもえば、だらり、いきなりしなだれかかってきては、身にまとわりつこうとする。
 これを嫌って打ち払おうとする芽衣であったが、相手は布だ。暖簾に腕押し状態にて手応えがない。どうにもいつもと勝手がちがう。
 内心の困惑は動作にもあらわれる。注意力が散漫となっているところに、襲いかかってくるのは長い帯。
 しゅるしゅるしゅるとのびた帯は変幻自在に姿を変える。
 風を受けた帆のごとくバンと張っては勢いよくそのまま叩いてきたかとおもえば、先端を畳んで槍の穂先のようになって突いてくる。くるんと丸まり棒状となれば如意棒のごとき働きをしては伸び縮み。一部が団子となりてモーニングスターのように暴れることもあれば、雑巾を絞るように捻じれて太い縄となりて絡まりタヌキ娘を締めあげようとしてくる。
 それらをどうにかしのぎ切り、ようやく尾太夫が間合いに入ってきたので反撃を試みる芽衣であったが、これを防ぐのもまた帯であった。
 瞬時にパタパタパタと折り重なってたたまれた帯、ぶ厚い盾となって拳を受け止める。もしくは巻物のごとく反物に戻って鈍器と化してズドンと小突いてくる。

 黒い翼にて自在に空を駆け、遠中近の間合いを制する尾太夫。
 七本ロープで構成されていた舞台は一本が消失し、ただでさえ不安定かつ狭い足場がいっそう狭くなっている。軽業師よろしくロープの上を跳ねたり、掴まってはぶら下がったりして敵の猛攻をしのぐものの、芽衣は防戦一方へと追い込まれる。このままでは時間の問題であろう。

「うーん、こうも絶妙な間合いをとりながら攻めたてられたらどうしようもない。とにもかくにもあの帯だよ。どうにかしないと……」

 懸命に考えるタヌキ娘。ついに打開策を思いつき、一本のロープ伝いに向かったのは崖の方。敵に背を向けて一目散に走り出す。
 これを目にした尾太夫はてっきり芽衣が不利になったから逃げ出したのかとかんちがいする。

「臆したか洲本芽衣。だが逃がしはせんぞ」

 タヌキ娘はロープ上をひた走っているがゆえに、その進路を予測するのは容易。
 すぐさま帯にて追撃を行う尾太夫。帯が槍となりて背後から芽衣を串刺しにせんとする。
 しかしこれをちらりとふり返ることもなく、身を伏せてかわしてみせたタヌキ娘。足を止めることなく這うように伏せつつ、なおもシュタタッタと駆け続ける。
 二度、三度と逃げるタヌキ娘に向けて尾太夫は攻撃を行うも、すべてひょいひょいかわされた。
 ともすればコミカルに見えるタヌキ娘の回避行動。何やらバカにされているようにて、これにイラっときた尾太夫。「ええい、ならば」
 遠距離からでは埒があかないので、少し距離をつめ確実に仕留めようとする。
 しかしこれとほぼ同時にタヌキ娘の身が大きく跳ねた。「とうっ」
 宙にて一回転し、くり出されたのは飛び蹴り。
 ただし相手は尾太夫ではない。六本のロープのうちの一本、現在、自分が足場にしているそれを崖に固定している器具である。

「どぉぅりゃあぁぁぁあぁぁぁっ!」

 気合一閃。タヌキ娘の蹴りが固定器具を破壊する。
 ひょうしにロープが勢いよくはずれた。
 ピンと張ってあったがゆえに解き放たれた瞬間、ロープはおおいに暴れた。
 これには近づこうとしていた尾太夫もギョッ!
 谷間を巨大なムチとなって荒れ狂うロープ。
 どうにかひらりはらりと舞うようにかわす尾太夫であったが、かわし切れなかったのが愛用の帯。長い身ゆえにうっかりロープに絡めとられてしまった。
 このまま帯を手にしていたのでは、自分まで巻き込まれてしまう。
 そこでとっさに帯を離そうとしたところで、ギョッ!

 波打つ不安定な帯の上を駆けてくるタヌキ娘がいた。
 外されたロープと、己が身、絡まった帯らが一時的につながり、発生した仮初の帯の吊り橋。
 それを伝って猛然と芽衣が迫ってくるではないか。

「なんだと! そんなバカなっ!」

 驚愕する女形カラス天狗にタヌキ娘が吠える。

「おそれいったか? これぞ秘技、湖国名物カイツブリ走り」

 これは淡路島での強化合宿のおり、キツネ娘の出灰桔梗が披露した水面歩行術。
 理屈はとっても簡単。踏み出した右足が沈む前に左足を出す。そして次は右といった具合に、ひたすら繰り返すだけ。
 とはいえいきなり水の上でやるのはムズカシイなので、まずは長いゴザでも浮かべて練習するのがオススメである。

 先にも述べたが内心の困惑は動作にもあらわれる。
 それは芽衣のみではなく尾太夫も同じこと。
 迫るタヌキ娘の拳。込められた必殺を悟ったとき、美しき女形カラス天狗はとっさに顔をかばった。
 舞台に生きる役者なれば顔は命。これだけは、あぁ、これだけは……。
 その想い、意地を汲んだ芽衣、拳の軌道を下げ相手の腹をぶち抜く。

 保津峡七番勝負、第二幕。
 勝者、洲本芽衣。


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