おじろよんぱく、何者?

月芝

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475 保津峡七番勝負、第三幕からは巻きで

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 保津峡七番勝負、第三幕。
 対戦相手は銀次なるカラス天狗にて、武器はさすまた。防犯用に小学校とかに備え付けられてある先が分かれている捕り棒。
 まるでにっこり笑っているかのような形をしている先端だが、いざ戦うとなるとこれがとってもやっかいで、芽衣は苦戦を強いられる。
 もともと暴漢をより安全かつ速やかに鎮圧することを目的に開発された道具だけあって、とにかくやりづらいったらありゃしない。
 近寄らせてもらえず、ぐいと抑えつけられてはウゴウゴ。
 あんまりにもうっとうしいものだから、キレた芽衣が強引にへし折ってやろうとするも、しなやかで丈夫でそのくせ軽いときたもんだ。まったくもってよく考えられた道具である。
 ならば奪いとってやれとするも、うっかり掴もうものならばたちまち返し技にて手ヒドイしっぺ返しを喰らう。
 槍や薙刀、刀などもそうだが長い間合いを誇る得物というものは、接近され懐に入られたらたちまち不利になる。それゆえに、どの流派でもいざというときの対処法は練りに練られている。
 仮にも八咫流七仙家の一派に含まれるがゆえに、銀次のさすまたも同様であった。
 おかげでこの第三幕はえらく長引いた。
 どうにか競り勝った芽衣ではあったが、さすがに疲労の色が見え隠れし始める。

  ◇

 保津峡七番勝負、第四幕。
 対戦相手は藤太なるカラス天狗にて、武器は鎖鎌。
 ぶん回される鎖。先端についた分銅が脳天を砕かんとし、ときに鎌が斬り裂かんと迫る。
 だが、これは楽勝だった。
 鎖分銅ならば祖母の葵が、畑を荒らす害獣相手にしょっちゅう振り回していたもので、芽衣にとってはお馴染み。
 またなまじ藤太の腕が良すぎたのも仇となる。
 投げつけられた分銅の狙いがあまりにも精確無比に急所へと飛んでくるもので、予測することが簡単。
 ギューンと額目がけて飛んできた分銅を「ていや」と蹴り返した芽衣。
 まるで野球のピッチャーライナーみたいにカウンターを喰らった藤太が「あうち!」と叫んでゲームセット。

  ◇

 保津峡七番勝負、第五幕。
 対戦相手は彦左というカラス天狗にて、武器は槍。
 これまた馴染みの武器ゆえに楽勝かと思いきやトンデモナイ! 芽衣は大苦戦。
 黒翼で飛翔する彦左が空を滑空しては、突き出す穂先。その戦い方は中世の騎士たちがランス片手に行った馬上槍試合のごとし。
 小細工無用の突進。
 当たれば即終わる高威力にて、猛然と迫ってはあっという間に離脱する。
 一撃離脱戦法に苦しめられる芽衣。
 これに対してタヌキ娘がとったのは絶壁を背にしての背水の陣。
 けれどもそれは彦左にとっては最大の好機であると同時に死地にも等しい位置でもあった。凄まじい突進力よりくり出される槍。外せば崖に激突し自滅することになる。
 にもかかわらず応じたのは、タヌキ娘の双眸に覚悟を見たから。
 これに応じぬは武人にあらず。

 結果は紙一重であった。
 彦左の槍の穂先と芽衣の拳が正面から激突。
 双方ともに回転が加えらえた強力な突破力を秘めていた。
 勝敗を分けたのはその回転の差。
 長柄の槍、その全体を回すがゆえにどうしてもチカラの一部が分散されて、回転速度がやや落ちる。
 一方で拳は極端に短い間合いながらも身に近いがゆえに、チカラの伝導がスムーズかつムダが少ない。
 腕をのばして遠くにある品を取るよりも、すぐ近くにある品をひょいと取る方がずっと楽なのは誰もが知っていること。
 敵の攻撃をより近くに引きつけてからさばく。
 体術の基本だが武器を手にした相手にそれを行うのには、尋常ではない胆力が必要。
 厳しい修行と数多の強敵たちとの戦いを経てきたタヌキ娘にはそれがあった。

  ◇

 保津峡七番勝負、第六幕。
 対戦相手は杖を手にした老体のカラス天狗で、円心と名乗る。
 長さ一メートルほどの杖は街中でもよく見かける類のもの。
 けれどもそれを目にした芽衣は警戒を強める。
 突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀と云われているのが杖術。
 身近な品を得物とする武術こそが、じつはかなりやっかいなのだ。
 腰の曲がったよぼよぼの爺さまたちが、杖を片手に無礼な若者どもをこてんぱんにしている姿は、高月の街中でもときおり見かける。とっくに三途の川を渡る覚悟を持った年寄りたちの、あの鬼気迫る戦いぶりたるや、お迎えにきた死神が泡を喰って逃げ出しそうな勢いがある。
 戦いも第六幕へと突入し、芽衣の疲労は確実に蓄積されている。
 そして足場はもはやロープ二本を残すばかり。
 完全に綱渡り状態にて、目の前の対戦相手にも足下にも気をつけなければならない。

「いやなタイミングで、いやな相手をぶつけてくる」と芽衣はぶつくさ。

 すると、せっかくの翼をたたんだままでスススと音もなく近寄ってきた円心。
 下手に飛び回られるよりかはありがたいと、これを迎え撃とうとした芽衣であったのだが……。

 キラッと何かが閃く。

 刹那に首筋へと迫る殺気を感じて、あわてて身を伏せた芽衣。
 でも完全には避けきれずに髪が幾筋かはらりと散った。
 芽衣がゴクリとノドを鳴らしつぶやく。

「抜刀術……仕込み杖」

 杖術に抜刀術を組み込んだ武を駆使する円心。
 打撃にときおり斬撃が織り交ぜられ、ときに鞘となっている杖と抜き身の二刀流となり、一が二となり、また一となる。
 ある程度パターンを読み切ったとおもえば、それは罠。
 誘い込まれたところに必殺の抜刀が襲ってくる。
 不利な状況を差し引いても円心は強かった。
 これまでチカラを温存してきた芽衣も、出し惜しみはしていられず、ついには「終の型、唯我独尊」を一部ながら使わされてしまう。
 内より開放されたタヌキの悶々パワーを乗せた拳により勝利を収めたものの、連戦につぐ連戦の末に大技を発動したせいで、疲れがどっと押し寄せてくる。
 その最悪のタイミングで芽衣の前に立ちふさがったのが、保津峡七番勝負のおおとりを飾る猛者であった。


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