おじろよんぱく、何者?

月芝

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495 八羅会と雷火組

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 峰藍理子によって乙女ゆめのか通信の本社として使われている教室内に案内された探偵と助手。「ここなら安全ですから」と言われて、ようやくほっと人心地つく。
 勧められたパイプイスに腰をおろす。峰藍理子が茶の準備をしてくれているうちに、おれはそれとなく教室内部の様子に目を走らせる。

 部室内ではいまも十名ばかりの部員たちが忙しそうに立ち回っては、各々の仕事に精を出している。いかにも編集部っぽい特有のガヤガヤ感が充ちた空間。
 窓には暗幕がカーテン代わりにかけられており、外からは室内が一切見えないようにしてある。
 ホワイトボードにはミミズがのたくったような文字がところ狭しと羅列されてある。これは編集会議の議題だろうか。
 机を連結し大きな台とし、そこにはデザイン途中の紙面が広げられている。付箋が張られまくっており、まだまだやるべき作業が残っているみたいだ。
 壁面にあるスチール製の武骨なデザインの棚には、資料とおぼしき品がぎっちり詰め込まれている。隅っこには山積みのダンボール。
 パソコン数台にプリンターのみならず業務用のコピー機まであって、なかなか充実した設備。
 教室うしろの壁には校内の見取り図の拡大コピーが張られており、赤いピンと青いピンが乱立するかのように突き立つ。

  ◇

 おれが興味深げにしげしげ見取り図を眺めていたら、「それは校内の勢力図です」と峰藍理子。
 この世紀末学園……、ちゃんとした正式の学校名はあるのだが、それを記すと関係各所に多大な迷惑がかかるので便宜上こう呼ぶ。

 いつの時代も学内抗争が絶えたことがない世紀末学園。
 しかしそれも無理からぬこと。
 なにせここは東海中から問題児たちを集めている場所なのだから。平治に乱を起こす輩が群れ集えば、どうしたって騒乱が起こるは必定。
 群雄割拠、吹き荒れる暴風、ことあるごとに飛び交う怒号に発生する喧騒。
 そして現在、世紀末学園にて覇を競っているのが八羅会と雷火組。

 八羅会を率いるのは、その冷血っぷりから氷の女王との異名を持つ、蛇波羅怜美じゃばられみ
 眉目秀麗にてれっきとした良家のお嬢さま。
 かつては家柄にふさわしい名門校に在籍していたが、ある日、彼女を悲劇が襲う。
 突然の婚約破棄!
 親同士が決めた許婚の男性が「ボクは真実の愛を見つけてしまった。すまないがキミとはいっしょになれない」と駆け落ちしちゃったんだとか。
 これに蛇波羅怜美はたいそう傷ついた。
 ただしフラれたことにではない。
 完全無欠の自分の経歴に思わぬ傷を入れられたことに、である。
 加えて屈辱的であったのが名門校内にて、あっという間に広がった不敬なウワサ。
 やれ捨てられただの、惨めな女だの、傷ものだのと、陰でこそこそ言いたい放題。向けられるのは憐れみと蔑みが込めらた視線。
 これにブチっと切れた蛇波羅怜美が起こしたのが「血の火曜日事件」である。
 詳細は省くが、その日、名門校は沈黙し、ひとり笑っていたのは両の拳を血で濡らした蛇波羅怜美のみであったという。

 雷火組を率いるのは、その豪快さと苛烈っぷりから炎神との異名を持つ、大文字桃子だいもんじももこ
 実家は工務店を営んでおり親子三代に渡って大工をしている。周囲はつねに屈強で威勢のいい野郎ばかり。粗野で荒々しい環境に身を置くうちに、彼女も気づけばちゃきちゃきの姉御肌に育っていた。幼い頃から角材や工具などの重たい品をオモチャ代わりにしていたせいか、腕っぷしが尋常ではなく、小学三年生にして担任の男性教諭の腕を、腕相撲でぽしゃった逸話を持つ。
 そんな大文字桃子、生来の面倒見の良さが災いし、中学の時にトラブルに巻き込まれた友人を救うためにみずから火中へと飛び込んでしまった。
 そのときの出来事は「港湾地区の決戦」と呼ばれ地元では伝説となっている。
 詳細は省くが死屍累々がひど過ぎて、地域医療の崩壊をも招いたんだとか。

 天の采配か、はたまた前世の因縁か。
 そんな女傑ふたりがよりにもよってそろって同じ時期に入学することになってしまう。
 まるで水と火のような両雄、ことあるごとにぶつかるようになるまで、さして時間はかからなかった。
 なお蛇波羅怜美、大文字桃子、いかにも動物が化けていそうな雰囲気ではあるが、これでも両名ともに生粋の人間である。

  ◇

 峰藍理子の説明に、おれと芽衣はあんぐり。
 だって、そうだろう?
 いまのご時世、こんな校内暴力が吹き荒れている学校がまだ残っていただなんて……。

「あー、それはですねえ、うちの卒業生ってばけっこうな傑物揃いなんですよ。政治や経済など各方面で成功している先輩も少なくないんです。ほら、いまでこそ暴走族とかヤンキーって社会から煙たがられていますけど、もしも戦国時代とかに産まれていたら一転して勇ましいってことになるわけでして……。ここの厳しい環境でもまれた生徒って、かなり精神的にも肉体的にもタフになるせいか、妙に根性が据わっているんですよ。いまどきの勉強ばっかりできて、打たれ弱いモヤシとはわけがちがう。だから人材として欲しがる企業も多いから、なにげに就職率も高いんですよねえ。たまに東大とか海外の一流大学に進学する子もいますし」

 ひと口に問題児といっても玉石混合。
 人間関係や環境に苦しみドロップアウトした者もいれば、周囲の無理解からはじかれた鬼才もいる。
 それらをまとめて受け入れては、ガンガン砕かんばかりに激しく研磨する。
 それがここ、世紀末学園という場所。


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