495 / 1,029
495 八羅会と雷火組
しおりを挟む峰藍理子によって乙女ゆめのか通信の本社として使われている教室内に案内された探偵と助手。「ここなら安全ですから」と言われて、ようやくほっと人心地つく。
勧められたパイプイスに腰をおろす。峰藍理子が茶の準備をしてくれているうちに、おれはそれとなく教室内部の様子に目を走らせる。
部室内ではいまも十名ばかりの部員たちが忙しそうに立ち回っては、各々の仕事に精を出している。いかにも編集部っぽい特有のガヤガヤ感が充ちた空間。
窓には暗幕がカーテン代わりにかけられており、外からは室内が一切見えないようにしてある。
ホワイトボードにはミミズがのたくったような文字がところ狭しと羅列されてある。これは編集会議の議題だろうか。
机を連結し大きな台とし、そこにはデザイン途中の紙面が広げられている。付箋が張られまくっており、まだまだやるべき作業が残っているみたいだ。
壁面にあるスチール製の武骨なデザインの棚には、資料とおぼしき品がぎっちり詰め込まれている。隅っこには山積みのダンボール。
パソコン数台にプリンターのみならず業務用のコピー機まであって、なかなか充実した設備。
教室うしろの壁には校内の見取り図の拡大コピーが張られており、赤いピンと青いピンが乱立するかのように突き立つ。
◇
おれが興味深げにしげしげ見取り図を眺めていたら、「それは校内の勢力図です」と峰藍理子。
この世紀末学園……、ちゃんとした正式の学校名はあるのだが、それを記すと関係各所に多大な迷惑がかかるので便宜上こう呼ぶ。
いつの時代も学内抗争が絶えたことがない世紀末学園。
しかしそれも無理からぬこと。
なにせここは東海中から問題児たちを集めている場所なのだから。平治に乱を起こす輩が群れ集えば、どうしたって騒乱が起こるは必定。
群雄割拠、吹き荒れる暴風、ことあるごとに飛び交う怒号に発生する喧騒。
そして現在、世紀末学園にて覇を競っているのが八羅会と雷火組。
八羅会を率いるのは、その冷血っぷりから氷の女王との異名を持つ、蛇波羅怜美。
眉目秀麗にてれっきとした良家のお嬢さま。
かつては家柄にふさわしい名門校に在籍していたが、ある日、彼女を悲劇が襲う。
突然の婚約破棄!
親同士が決めた許婚の男性が「ボクは真実の愛を見つけてしまった。すまないがキミとはいっしょになれない」と駆け落ちしちゃったんだとか。
これに蛇波羅怜美はたいそう傷ついた。
ただしフラれたことにではない。
完全無欠の自分の経歴に思わぬ傷を入れられたことに、である。
加えて屈辱的であったのが名門校内にて、あっという間に広がった不敬なウワサ。
やれ捨てられただの、惨めな女だの、傷ものだのと、陰でこそこそ言いたい放題。向けられるのは憐れみと蔑みが込めらた視線。
これにブチっと切れた蛇波羅怜美が起こしたのが「血の火曜日事件」である。
詳細は省くが、その日、名門校は沈黙し、ひとり笑っていたのは両の拳を血で濡らした蛇波羅怜美のみであったという。
雷火組を率いるのは、その豪快さと苛烈っぷりから炎神との異名を持つ、大文字桃子。
実家は工務店を営んでおり親子三代に渡って大工をしている。周囲はつねに屈強で威勢のいい野郎ばかり。粗野で荒々しい環境に身を置くうちに、彼女も気づけばちゃきちゃきの姉御肌に育っていた。幼い頃から角材や工具などの重たい品をオモチャ代わりにしていたせいか、腕っぷしが尋常ではなく、小学三年生にして担任の男性教諭の腕を、腕相撲でぽしゃった逸話を持つ。
そんな大文字桃子、生来の面倒見の良さが災いし、中学の時にトラブルに巻き込まれた友人を救うためにみずから火中へと飛び込んでしまった。
そのときの出来事は「港湾地区の決戦」と呼ばれ地元では伝説となっている。
詳細は省くが死屍累々がひど過ぎて、地域医療の崩壊をも招いたんだとか。
天の采配か、はたまた前世の因縁か。
そんな女傑ふたりがよりにもよってそろって同じ時期に入学することになってしまう。
まるで水と火のような両雄、ことあるごとにぶつかるようになるまで、さして時間はかからなかった。
なお蛇波羅怜美、大文字桃子、いかにも動物が化けていそうな雰囲気ではあるが、これでも両名ともに生粋の人間である。
◇
峰藍理子の説明に、おれと芽衣はあんぐり。
だって、そうだろう?
いまのご時世、こんな校内暴力が吹き荒れている学校がまだ残っていただなんて……。
「あー、それはですねえ、うちの卒業生ってばけっこうな傑物揃いなんですよ。政治や経済など各方面で成功している先輩も少なくないんです。ほら、いまでこそ暴走族とかヤンキーって社会から煙たがられていますけど、もしも戦国時代とかに産まれていたら一転して勇ましいってことになるわけでして……。ここの厳しい環境でもまれた生徒って、かなり精神的にも肉体的にもタフになるせいか、妙に根性が据わっているんですよ。いまどきの勉強ばっかりできて、打たれ弱いモヤシとはわけがちがう。だから人材として欲しがる企業も多いから、なにげに就職率も高いんですよねえ。たまに東大とか海外の一流大学に進学する子もいますし」
ひと口に問題児といっても玉石混合。
人間関係や環境に苦しみドロップアウトした者もいれば、周囲の無理解からはじかれた鬼才もいる。
それらをまとめて受け入れては、ガンガン砕かんばかりに激しく研磨する。
それがここ、世紀末学園という場所。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
古道具屋・伯天堂、千花の細腕繁盛記
月芝
キャラ文芸
明治は文明開化の頃より代を重ねている、由緒正しき古道具屋『伯天堂』
でも店を切り盛りしているのは、女子高生!?
九坂家の末っ子・千花であった。
なにせ家族がちっとも頼りにならない!
祖父、父、母、姉、兄、みんながみんな放浪癖の持ち主にて。
あっちをフラフラ、こっちをフラフラ、風の向くまま気の向くまま。
ようやく帰ってきたとおもったら、じきにまたいなくなっている。
そんな家族を見て育った千花は「こいつらダメだ。私がしっかりしなくちゃ」と
店と家を守る決意をした。
けれどもこの店が……、というか扱っている商材の中に、ときおり珍妙な品が混じっているのが困り物。
類が友を呼ぶのか、はたまた千花の運が悪いのか。
ちょいちょちトラブルに見舞われる伯天堂。
そのたびに奔走する千花だが、じつは彼女と九坂の家にも秘密があって……
祖先の因果が子孫に祟る? あるいは天恵か?
千花の細腕繁盛記。
いらっしゃいませ、珍品奇品、逸品から掘り出し物まで選り取りみどり。
伯天堂へようこそ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる