494 / 1,029
494 乙女ゆめのか通信
しおりを挟む壁を越えていったん脱出しようとした矢先のこと。
近くの繁みがガサガサ。
奥からひょこっと顔をみせたのは、緑のハンチング帽に赤い腕章を身につけた女子。
黒豆みたいな小さな目でおれたちを観察するかのごとく眺めつつ、開口一番。
「あー、それはやめておいたほうがいいですよ。うかつにあれに触れたら電気ビリビリです」
学校を囲う高い壁の上に張り巡らされてある鉄条網には、他校からのカチコミ防止対策の一環として、けっこうシャレにならない高圧電流が流されている。
そんな物騒な情報をもたらしてくれた彼女の名前は、峰藍理子(ほうらんりこ)。
この学校の生徒にて新聞部に所属しており、その正体はウサギさんである。
ホーランドロップという垂れ耳のウサギにて、熱烈なウサギ愛好家の間では「ウサギの耳はピンと立ってこそだ!」「いいや、垂れているのがすこぶる可愛い!」と論争が絶えることがない。
彼女の言葉が本当かどうか、試しに近くに落ちていた小枝を芽衣が「えいや」と壁の上に向かって投げた。
小枝は鉄条網に触れたとたんに、バチッと音を立ててはじき返される。
地面に転がるそれの表面は黒くなっており、焦げたニオイがぷーんと……。
「マジかよ!」
「うわー」
探偵と助手、その凶悪なプリズン仕様にドン引き。
しかしあんまりのんびりと呆れてばかりもいられない。
なぜなら追っ手の気配がすぐ近くにまで迫っていたからである。
すると峰藍理子が「とりあえず自分についてきてください。けっして悪いようにはしませんから」と言った。
逡巡している時間はない。
おれたちはその誘いに乗ることにして、彼女に続いて繁みの中へとガサゴソ。
◇
四つん這いにて繁みの中にあるトンネルを進む。
不朽の名作である某アニメ映画にて、女の子が森のけったいな毛玉お化けに会いに行くワンシーンのような状況。
しかし見るとやるとではおおちがい。
この姿勢、おっさんにはただただキツイ!
ときおり先行するお尻が止まる。
そのたびにこちらも動きを止めては息を殺し、様子をうかがう。
安全が確認されたところで、ふたたびハイハイよちよち。
まるで緑の迷宮のような場所にて、すぐに方向感覚が狂ってしまった。自分が西を向いているのか東にケツを向けているのかわからなくなった。
ようやく緑の迷宮を抜けたとおもったら、今度は側溝に潜み、ときに倉庫らしき建物の背後にある外壁との隙間をカニ歩きし、ときに駐輪場の屋根にのぼり、そこから木立の枝伝いに本校舎二階の非常口から校舎内へと。
まるでアスレチックのような行程。
これを経て案内されたのは荒廃した部位だらけの学園にあって、原型をとどめている、というか普通の教室?
入り口脇の壁には「乙女ゆめのか通信本社」と書かれた看板が掲げられてある。
乙女ゆめのか通信。
それはこの学園にて活動している新聞部が隔週で発行している校内新聞のこと。
荒みまくっている生徒たちと乱れまくっている風紀。教師と生徒が拳で語り合うことが日常茶飯事の教育現場。
そんな中にあって唯一、まともに活動をしている部活が新聞部である。
どうしてそんなことが可能なのかというと、ひとえに歴代部長の奮闘の賜物。
表では報道をつかさどり、裏では情報屋として活動することで、網の目のごとく方々に張り巡らされた人脈が、彼女たちの独立独歩を可能としている。
「ケンカ上等! かかってこいやっ」
がまかり通っているバイオレンスな校内にあって、新聞部だけは完全に中立かつ、不可侵な存在として周知徹底されている。
だって情報って怖いからね。
うっかり敵対したらあることないこと言いふらされて、ひどい印象操作をされた日にゃあ、まともに人前に出られなくなるもの。
ペンは剣よりも強し!
ちなみに新聞の名となっている「ゆめのか」は愛知県が誇るイチゴの銘柄である。
艶のある魅惑的な紅光沢。頬張ればあふれるジューシーな果汁。たちまち口内に充ちる幸福感。舌の上ではじける甘味は程よくスッキリとしている。
じつは愛知県、出荷量が全国上位であるイチゴ大国。全国有数の産地にてイチゴ狩りも盛んなのだ。
「なおこの緑のハンチング帽と赤い腕章は新聞部の証です。緑がイチゴのヘタをあらわし、赤が甘い実を表現しているんですよ」
誇らしげに語るウサギ娘。
しかし強すぎる郷土愛を前にして、余所者のおっさんとタヌキ娘はちょっとたじたじ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
41
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる