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507 喜怒哀楽の怒
しおりを挟む消えたガングロ姫ちゃんを探せ!
ミッションがスタートするなり大文字桃子はまず当人に連絡をとろうと試みる。
しかし携帯電話はつながるも応答はなし。そこで続けて母親に問い合わせてみたのだが……。
「マズイぞ。あの野郎、出所するなりその足で優里亜の母ちゃんのところに姿をみせたらしい」
あの野郎とは、かつて誘拐事件を起こした主犯格の男。
名前を桐生喜怒哀楽(きりゅうゆたか)という。
「喜怒哀楽」と書いて「ゆたか」と読む。感情表現が豊かな子どもに育つようにとの願いを込めたのであろうが、当人は親にキラキラネームをつけられたせいで幼少期より苦労のしどおし。小中高と周囲からイジられからかわれまくったせいで、すっかり性根がねじ曲がり、親の想いとは裏腹に怒りの感情ばかりが増長して育つ。ついには恐喝や保険金詐欺などを生業とする立派な小悪党となり果てた。
それがつい十日ほど前のことである。
桐生喜怒哀楽がふらりと茂木優里亜の母親の勤務先の営業所に顔を出したという。
模範囚にていち早く刑期をすませての更生、社会復帰。
表向きには「いつぞやはご迷惑をおかけしました。あらためてお詫びをと思い立ちまして」と菓子折りを持っての平身低頭。
けれども言葉や態度のはしばし、瞳の奥になにやら不穏な気配を感じた営業所の所長は「あいにくと茂木はただいま営業業務に赴いており留守にしておりまして」ということにしてかくまい、みずから応対した。
この場はそれきりとなりとなる。
以降、桐生喜怒哀楽が営業所に姿を見せることもなく、直接、茂木家に接触をはかることもせず。
ゆえに何やらざわつきを覚えつつも、「わざわざ報せてあえて怖がらせることもあるまい」と周囲の大人たちは優里亜にこのことを伏せていたのだが、どうやらその優しさが裏目に出た模様。
◇
「後門のところで見かけない黒バンが走り去るのを目撃したヤツがいました」
「位置情報アプリによると湾岸方面に移動しているみたいです」
「方々に声をかけて急いで足をかき集めています。じきに頭数がそろうかと」
部下たちからあがってくる報告を受けては、随時さばいては的確な指示を出していく大文字桃子と蛇波羅怜美。
強力なリーダー二人がタッグを組み、学園の生徒たちが一丸となっての大捜査網。
地元の強みと猛烈な人海戦術を駆使しては茂木優里亜の行方を追う。
刻一刻とリアルタイムで進行する事件。
続々と判明する事実に「スクープです、大スクープです! これはぜひとも号外を出さなければ」と熱心に取材メモをとっている乙女ゆめのか通信の記者・峰藍理子。
「尾白さん、見直しましたよ。ただのシケもくオヤジじゃなかったんですね。よっ、尾白探偵、日本一」
興奮しているウサギ娘のヨイショを聞き流しながら、おれは顔をヒクつかせている。
だって口八丁のデマカセが、本当になりつつあるんだもの。
「あぁ、芽衣、おれは自分の慧眼ぶりが恐ろしい。よもや適当な憶測だけで現在進行形の犯罪を暴いて白日の下にさらしてしまうだなんて」
「いやいやいや、四伯おじさん、今回のは完全にまぐれ当たりもいいところじゃないですか。……にしても本当にいるんですね。逆恨みでしょうもない仕返しを目論むケツの穴の小さい男が」
「あー、それに関してはおれも驚いている。もっともそんなしょうもないヤツだからこそ、ずさんな保険金詐欺とかの犯罪に手を出すんだろうよ」
「でもって、ちっとも懲りていないと」
「だな。っていうか塀の中でちょこっと規則正しい生活をしたぐらいで人格が矯正されて腐った性根が治るんならば、とっくに世界平和が実現している。悲しいかな、これが現実だ」
「結局、被害者ばかりが泣き寝入りなんですね。どうにもやるせないです」
「とはいえ今度ばかりはさすがにおいたがすぎたな。前回と同じく港湾地区を選んでいるあたり粘着質っぽいけど、なんにせよ今回は絶望的なぐらいに運が悪い」
「ですよねえ。よりにもよって世紀末学園の羅刹女たちを丸ごと相手にすることになるんですから」
猛り狂った女どもがパラリラパラリラ。改造バイクやらクルマで殺到しての袋叩き。
一生もののトラウマが刻まれることは確定にて、たぶん恐怖のあまり女性が心底苦手になって、あっちの機能も不全に陥ることであろう。
いろんな意味で人生詰み。
キラキラネームに翻弄された人生を歩んできた桐生喜怒哀楽。
最後に残ったのは「怒」ではなくて「哀」になりそう。
まぁ、しょせんは自業自得なのでミジンコの尾っぽの先ほどにも同情は湧かないけれども、探偵と助手はとりあえず手を合わせて冥福を祈りナムナム。
応援ありがとうございます!
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