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522 嵐の前
しおりを挟むサーバルキャットの兄弟をやっつけたタヌキ娘とキツネ娘。
ハイタッチの後、芽衣は自分のスマートフォンを取り出す。
連絡を入れたのは尾白のところ。
「四伯おじさん、おじさんの読み通りだった。例のネコ兄弟、こそこそと玲花ちゃんたちをつけ回していたよ。うんうん、ちゃんとぶっ飛ばしてノシておいたから。それでこれからどうしたらいい? えっ、他にも仲間がいるかもしれないから、このまま玲花ちゃんたちを見守るの。ただし、あくまでこっそりとだね。わかった、じゃあね」
芽衣が電話を切ったタイミングで桔梗が声をかける。
「玲花さんたちの警護につくのであれば、いっそのこと事情を打ち明けて合流すべきなのでは?」
「あー、それはダメなんだって。今回の件はあくまで内々に処理するって、四伯おじさんが」
「……なるほど、そうですか。ふふふ、尾白さんはなんだかんだでフェミニストですものね」
「いや、フェミニストっていうよりも、あれはただのカッコウつけだよ。でもわたしも四伯おじさんの考えに賛成かな。もしも自分のせいでお姉ちゃんが言いように操られてひどい目に遭っていると知ったら、きっと玲花ちゃんはめちゃくちゃ自分を責めると思うから。けどそれっておかしいよね? だって悪いのは銀髪三本傷の英円なんだもの。なのに被害者が負い目や引け目を感じるのはぜったいに変だよ」
「ええ、たしかに。しかしいいのでしょうか? 私たち二人ともにこちらに残ってしまって。あちらは尾白さんだけになってしまいますけど」
「まぁ、なんとかするんじゃないの。今回は相手にかなりキレているみたいだし、まともに戦わなければたぶん四伯おじさんは無敵だから」
「百化けの尾白の本領発揮というわけですね。その勇姿をじかに見物できないのが、いささか残念です」
「そう? わたしは経費で北海道の幸が食べ放題の方がうれしい……って、あぁーっ! ちょっ、待てこらっ!」
急に会話を中断して芽衣が素っ頓狂な声をあげる。
ビクリと驚いた桔梗もあわててふり返れば、さっきまでぐったり地面にのびていたはずのサーバルキャットの兄弟が、すたこら逃げてゆくではないか!
人化の術を解き、本来のネコの姿にてシュタタタタタッ。
怪我を負っているというのにすごい逃げ足にて、ずんずん遠ざかる二頭の背中。
「逃がすか、こんにゃろうめっ!」
「往生際が悪い。お待ちなさい!」
芽衣と桔梗がすぐさま駆け出すも、入り組んだ迷路のような細い路地裏はネコがもっとも得意とするフィールドのひとつ。
ゆえに追いつくこともままならず、あっという間に見失ってしまった。
サーバルキャットの兄弟にまんまと逃げられ乙女たちはがっくし。
「あいつら、ネコのくせしやがってタヌキ寝入りをしていやがった」
「なんてしぶとい……油断しましたわ。さすがは世界をまたにかけては、包囲の網を潜り抜けて逃げおおせている悪党の仲間だけはありますね」
とはいえ芽衣たちにこっぴどくやられたので、これ以上サーバルキャットの兄弟が弧斗一家にちょっかいを出すことはないと思われるが、万が一ということもあるので警護の手を緩めるわけにはいかなくなった。
それすなわち仕事にかこつけて北海道の幸をのんびり味わおうという、芽衣の目論みがご破算になったことを意味していた。
「ぢくしょう。こんなことならもう二三本骨をへし折って、ろくに身動きできないカラダにしておくんだった」
悔しさのあまり四つん這いとなり慟哭するタヌキ娘。
その背を撫でながらキツネ娘が「こうなっては仕方がありませんわ。その代わりと言ってはなんですが、帰りの飛行機に乗る前に、空港で味噌ラーメンでも食べましょう」と慰める。
◇
北海道へと飛んだ芽衣たちから、首尾よくサーバルキャットの兄弟をぶちのめしたとの報告を受けたとき、おれの身は大坂の道頓堀にあった。
橋の欄干に両肘を預けながらぼんやり眺めているのは、かつてとは比べものにならないほどにキレイになった水の流れ。
「あのドブ川がよくもまぁ、こんな風になったもんだよ。いやはや、たいしたもんだ」
と感心しつつ、「でも元を質せば汚したのも人間なんだよなぁ」とぼそり。
おれがここにいる理由……。
それはもちろん英円のたくらみを阻止し、トラ美を救い出すため。
実際に畿内中央に足を踏み入れてわかったのだが、想像以上にヤバい状況になりつつある。
現状をひと言であらわせば「混沌」という言葉がぴったり。
英円がトラ美と組んで暴れ回ったせいで、一帯の勢力図がごっそり入れ替わっており、新旧勢力が入り乱れては、さながら群雄割拠の様相を呈している。
闇雲に暴れているように見えて、しっかりパワーバランスが崩れるところをピンポイントで狙って動くあたり、英円はやはり狡猾だ。
混迷の度合いを深める事態を受けて府警までもが本格介入を始めており、そこかしこにてピリピリムードが蔓延中。
さながらパンパンに膨らんだ風船状態にて、いつ破裂してもおかしくない。
ちょいと小突けば、たちまちパァン!
問題はその最後のひと突きを誰が行うのかということ。
血と抗争を産み出す総仕上げ。だからてっきり英円自身が行うのかとおれは当初にらんでいたが、たぶんちがう。
あの銀髪女に関する情報を集め、その動向を探るうちに、否が応でもトラ狂女への理解が深まっていく。
それを踏まえた上でおれが導いた答えは「トラ美に最後のトリガーを引かせる」ということ。
これによって弧斗羅美は名実ともに悪党の仲間入り。
英円は妹弟子を散々に貶め、自分のいる地獄へと引きずり込む算段なのだ。
そしてこれをもって師匠への復讐をも果たす。
手塩にかけて育てた自慢の弟子が闇落ちする。
意趣返しとしては、これ以上ないぐらいに陰湿かつ効果的であろう。
だがそうは思い通りにはさせない。すでにトラ美を縛る枷ははずされている。あとは彼女にそのことを伝えるばかりなのだが……。
「くそっ、ちっともつながらねえ。やっぱり電源は切られたままか。おそらくは外部とのやり取りを遮断するために英円がそうするように命じているなり、スマートフォンをとり上げているなりしているんだろうが」
ならば直接会って伝えようと試みるも、肝心のトラ美たちの行方がわからない。
ここにきて彼女たちの足どりがプツンと途切れてしまった。
これまでの派手な動きがウソのよう。
嵐の前の静けさにて、焦燥感ばかりが募ってゆく。
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