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616 鳥獣乱画
しおりを挟むあいかわらずの大胆不敵と神出鬼没っぷり。
警備員に変装して兎梅デパートに潜り込んでいた怪盗ワンヒール。
「それではまたいずれ熱く素敵な夜を過ごそう。アデュー」
気障な台詞を残し颯爽と去っていく警備員姿の怪盗。
遠ざかる背中をぼんやり見送っていたら、ほんのまばたきひとつの間に、その姿が女性の買い物客のものと早変わり。そのままデパートの来場客らにまぎれて消えてしまい、おれはたちまち見失った。
「ふむ。毎度毎度おもうけど、アイツ……、本当に人間か?」
見事な化けっぷり。ほとほと感心しつつも首をひねる。
「はて? そういえばいまさらだが、どうしてアイツの変装がおれにはわかるのかしらん」
何度も対峙し、散々に煮え湯を飲まされたから。
ということもあるが、なんていうか妙に鼻が利く、ピンとくる、探偵の勘が働く。
まぁ、だからとて自分の観察眼が優れているなんぞと自惚れられるほど、おれもおめでたくはない。むしろ年々、物忘れが増え、注意力も散漫、集中力はへろへろ、老眼やんわり進行中にて、夕方になると目がかすんでしばしばする。あとわけもなく背中が痛むときがある。
「ひょっとしたら何かの病気かも」と疑って前に菜穂に診てもらったが、「特に異常なし」と笑顔で渡されたパンフレットは、リハビリ専門のトレーナーがいるスポーツジムのだった。
昇った太陽が沈むのと同じように、人生もまた山なりに進行する。
心はいつまでも十代ピッチピチだが、身体は相応に草臥れていく。ましてやなんのケアもせずに酷使するだけであればなおのこと。
それでも老化を自覚したときは、けっこうへこんだものである。
なんぞと思考が脇道にそれていたところで、急に背後から「おい」と声をかけられ、おれはビクリ。
おそるおそるふり返れば、そこには芝生綾が立っていた。
ただし様子がおかしい。まぶたは閉じられたままにて、危なげにゆらりふらり。まるで夢遊病者のよう。声もやたらとドスが効いており、高月東高校のマドンナ教師のソレとは完全に別物。
が、おれはその声に聞き覚えがある。
和歌山は南部の地にて緑鬼の集団と対峙したときに……。
◇
声の主は芝生綾の意識下に潜む何者か。そいつがいまは眠っているであろう彼女の身体を使い突然話しかけてきたもので、おれはゴクリと生唾を呑み込み固まるばかり。
そんなこちらの態度にはかまうことなく、何者かは一方的に文句を言い始める。
「おい、へっぽこ探偵。おまえ、もうすこしうまいことやれないのか? おまえが挙動不審なせいで、うちの綾がずいぶんと不安がっている。いらぬ負荷をかけるんじゃない。この子は優しくてマジメなんだ。だから考えなくてもいいことまで考えては、自分のせいかもとか思ってしまう。おかげでココロがずっとざわついておちおち寝てもいられやしない」
人差し指で、おれの鳩尾をブスブス突き刺しながらの繰り言。
うぅ、地味に痛いんですけど。
「とはいえだ。おまえの体質についてはこちらでも把握している。それなりに努力もしているみたいだし、今後のこともある。綾の心の平穏のために、私も少しだけ手を貸してやろう」
「?」
「内側からチカラを加減して、おまえが綾の前でも平気でいられるようにしてやると言ってるんだ」
「ならいっそのこと、全オフにしてくれるとありがたいんですが」
「……それはダメだ」
「どうして?」
「綾の身を守るのには最低限必要なことだからだ」
よからぬことをたくらむ輩を近づけぬための自衛手段。
それをはずすことは、あまりにも無防備がすぎる。現在の日ノ本の国防ばりにあてにならなくなってしまう。
「どれだけこちらが友好と親愛を示そうとも、悪意を持って寄ってくる者はいるからな」
そう言われては、おれに返す言葉はない。
正義と悪が戦って、必ず正義が勝利するのは物語の中だけでのこと。現実では、一切の制約がない分、悪がやったもん勝ちとなることが多い。
「おっと、そろそろ綾の意識が目覚める。じゃあ、今度からはなるべくこの子と自然に接してやってくれ。ただし、もしも遊びでちょっかいを出したら、生きたまま鳥獣乱画の刑にするからな」
「へっ、ちょ、ちょっと待って、何そのおっかなそうな刑は? 内容がすごく気になるんですけど」
しかし回答は得られず。にへらと意地の悪い笑みを浮かべただけ。
言うだけいうと、ガクリと膝から崩れおちる芝生綾の身体。
おれはあわててそれを抱きとめるも、そのタイミングでパチッとまぶたを開けた女教師。
さて、このような状況の場合。
ふつう女性はどんな反応をする?
その一。
まるで映画のワンシーンみたいにうっとり。
その二。
いきなり男から抱きすくめられている状況に混乱して「キャーッ!」
初心な女教師は、躊躇なくその二を選択。
しかもビンタのおまけつきときたもんだ。とはいえそれも無理からぬこと。なにせ先の屋上での痴態をまのあたりにしているのだから。
バチンと強烈なのを一発はられて、おれは「へぶしっ!」
でもめちゃくちゃ嫌われて、次からは向こうから避けてくれることになりそうなので、結果オーライ?
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