おじろよんぱく、何者?

月芝

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649 高月中央商店街、慰安旅行

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 貸し切りの観光バスが三台、列をなしては高速道路を西へとひた走る。
 早朝に高月の地を出発した高月中央商店街の一行が向かうの国産みの地・淡路島。
 さっそく一杯ひっかけては顔を赤くしている者もいれば、カラオケのマイク片手に陽気に歌う者、持ち寄った菓子をつまみながらお喋りに興じる者などなど。
 けっこうカオスとなっている車中。
 その片隅にて、やたらとテンションが低いのが尾白探偵事務所の面々。

「あれ? おかしいな。サッカーの試合だとホームゲームはたいそう盛り上がるのに、こと観光になると、ものすごーく盛り下がってしようがない。ちっとも楽しくないぞ」

 おれはぼやかずにはいられない。
 ぜいたくは言わない。せめて同じバスに小百合さんの姿があればよかったのに。
 あぁ、小百合さんっていうのはパン屋「森のくまさん」の美人女将である木崎夫人のことである。高月中央商店街の癒しの女神にて、彼女が視界にいるだけで、ささくれ立った心がほんわか温かくなるという素敵な女性だ。たまにパンの耳をわけてくれる。
 しかしそんな麗しの女神さまは、現在、クマよりもクマらしい生粋の人間のご亭主である浩さんといっしょに二号車の方にいる。
 比べてこちらの三号車は、ほぼ姥捨て山状態である。
 とほほほ。

「四伯おじさんはまだいいですよ、わたしなんてちゃきちゃきの淡路っ子なんですから。うーっ、ほんの冗談のつもりだったのにぃ」

 有馬だ、白浜だとちっとも話がまとまらなかった会合。
 すっかり飽きていた芽衣がたわむれに口にした提案が、よもやの採用となってしまったから、当人もびっくり!
 まさかの満場一致により、一泊二日の淡路島旅行が決定してしまった。

 芽衣は知らなかったのであろうが、ここのところ関西地区の午後帯のテレビ番組では、ロケ地として淡路島がたびたび取り上げられていたのである。
 えっ、理由?
 そんなの知らんよ。たぶん局側や制作サイドの予算と時間などの大人の都合であろう。あの業界もいささか景気が低迷しており、最近ではスポンサーがつきにくいと聞くし。手っ取り早い近場でお茶を濁すつもりなのだろう。そういった意味ではクルマで直乗りできて、日帰りも可能な淡路島は、とても都合がいいわけだ。

 とはいえ不思議なもので、すっかり見飽きた場所も、モニター越しだとやたらと素敵に見えてくる。おそるべきはカメラマジックとアングルや編集の妙。あとなんだかんだでテレビの影響力は絶大なのだ。
 しかし口は災いのもととはよく言った。
 おもわぬ里帰りとなったタヌキ娘は、ご愁傷さま。

 そんなタヌキ娘だが、横合いからひょいと差し出されたミカンを受け取り、愚痴を中断してはもぐもぐタイムへと突入。
 食べ物を与えて小娘を黙らせたのは、第二助手のしらたきさん。
 せっせと皮をむいては、白いすじまで丁寧にとり、ピカピカになった中身を「どうぞ」と配る。
 本日の慰安旅行には彼女も参加している。
 とはいえ彼女の場合、正体が白い手の怪異なので、あくまでおれに憑いてのこっそり参加だけれども。

 しらたきさん、はじめはおとなしく留守番をしていると言っていたのだが、花伝オーナーが「遠慮すんな。どうせ爺婆、動物のごった煮みたいな集団なんだ。怪異のひとつやふたつまぎれこんでいたところで、バレやしないよ」と半ば強引に彼女を誘う。
 花伝オーナーは我が探偵事務所が入居している雑居ビルの大家さん。店子の分際では逆らうこともままならず、そのままなし崩し的に参加することに。
 だが、心なしかしらたきさんもちょっと浮かれているような気がするので、強引にでも連れてきてよかったと、おれももらったミカンを摘まむ。

「って、すっぱっ! このミカン、すっぱっ!」

 脳天を突き抜ける酸味に探偵、悶絶。

  ◇

 やたらとサービスエリアに立ち寄るバスの一行。
 こまめにトイレ休憩を挟むのは、年寄りどもの膀胱がガチガチで、おしっこが近いせい。かくいうおれもそこそこ近い。ここだけの話、必要に応じて大人用紙おむつのお世話になっている。探偵業も楽じゃないのよ。

 順当な道行き。平日ということもあり交通量はたかが知れており快適至極。そうして進むこと二時間ほど経ったときのこと。
 どっと車中に歓声があがった。
 突如として景色が開けて青い空と海がお目見え。
 ずっと山の合間を通された高速道路を走っていたバスが、ついに明石海峡大橋へと到達。本日は快晴につき、淡路島も明石海峡も一望できる。
 おれと芽衣には見慣れた景色でも、高月の住人たちにとってはそうじゃない。
 いよいよ盛り上がりはしゃぐ一行。
 それを尻目に探偵と助手は嘆息。

「そういえば芽衣、おまえ、実家の方には連絡をいれたのか」
「いれてませんよ。一泊二日だし、団体行動だし、寄る時間はなさそうですから」
「とはいえ、島まで戻ってるのに報せなかったら、それはそれで葵の婆さんの機嫌が悪くなりそうなんだけど」
「大丈夫ですよ。バレなければいいんです。バレなければ」
「だといいんだがな。なにせ相手はあの葵の婆さんだぞ。元祖蒼雷は半端ねえから、気配だけで不肖の孫娘の帰還をピコンと察知しそうなんだけど」
「さすがにそこまでのバケモノじゃありませんよ……と思う。たぶん」


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