696 / 1,029
696 デコトラ
しおりを挟む高月をきわきわの方にまで南下すると、荒涼とした風景が広がっている。
中央からは距離があり、周囲に民家もなく、市バスの経路にも含まれておらず、利便性は悪い。ゆえにみな素通りするばかりにて、都市開発から取り残されてひさしかった区画。しかしいちおうは国道沿いということもあり、ぽつぽつとボロっちい倉庫なんぞが点在していた。あまりの寂れ具合にカラスも寄りつきやしない場所。
そんな雰囲気を一変させたのが、デデンとそびえ立つ巨大物流倉庫。
灯りが絶えることはなく、いつも大型トラックがせわしなく出入りをしている。
近隣随一の存在感、群を抜いての規模と威容を誇る。
ゆえにいつの頃からか「不夜城」と呼ばれるように。
ちなみに草野球チーム・リアルベアーズのメンバーらのほとんどが、ここに勤務している。
しかし、よもやそこのトップが妖艶な人魚さんだとは、誰が予想しえたであろうか。
「というか、ここ、ばりばり内地なんですけど。ふつう人魚といえば海辺じゃないの?」
おれが率直な疑問をぶつけると、「ほほほ」と上品に笑う人魚さん。
「いやだわ、探偵さん。いつの時代の話をしているのよ。いまどきキラー衛星がぶんぶん頭の上を飛び回り、パソコン一台でサイバー戦争を仕掛けられるご時世なのに」
本当にそうなのか? だからとて魚が陸にあがるのはまたちがうような気がせぬでもない。
おれは首をかしげるも、瞬間、ぶるるとカラダが震えた。
おっと、忘れていたが、おれは尿意により目を覚ましたのであった。
昨夜はしこたま飲んだもので、いよいよ膀胱がピンチ。
だもんで「ちょっとトイレを借りたいんですけど」と言えば、「あっちよ」と親切に教えてくれたもので、さっそく広くてふかふかのベッドから抜け出して向かおうとしたのだが……。
「あらぁぁぁぁ?」
ベッドから一歩踏み出したら、床がなかった。
かわりにあったのは水。
あいにくとおれはアメンボではないので、当然ながら水の上なんぞは歩けない。
ドボンと盛大に落ちる。ちべたい、深い! 足がちっとも届かない。沈む。
すぐさま両腕をバタバタ、水をかいて浮上しようとするも濡れた衣類が邪魔をして、うまく泳げない。いや、ちょっと見栄をはった。本当は、それがなくてもうまく泳げない。おれは基本的に運動全般がいまいちなのである。
でもって遅まきながら、この部屋そのものが巨大な水槽であることに気がつく。
さっきまで寝ていたのは中央に浮かべられていたエアーベッドであったのだ。どおりでふよふよ頼りないはずだよ、ゴボゴボゴボゴボ……。
◇
しこたま水を呑み、意識朦朧となっていたところを救ってくれたのは人魚さん。
いや、もとはといえば彼女せいでこうなったのだから、とんだマッチポンプ?
とか考えていたら、ぐったりしているおれの顔へと近づいてくるのは、人魚さんの美貌。
はっ、まさか、全野郎どもの憧れ、美女による人工呼吸なのか。そんな、いきなりは困る。こっちにも心の準備というものが、ドキドキドキ。
なんぞいう男の下心は、直後に振るわれた往復ビンタによって粉砕された。
人魚さん、起こし方がとってもワイルド。
顔をぱんぱんに腫らしたおれ。おかげで目は覚めたものの、すでに尿意は失せている。
いろいろあって、しれっと水の中でやっちまった。
だから素直に「ごめんなさい」とあやまったら、人魚さんは「気にしなくていい。私もたまにやってるし」と言った。
◇
おれの中にあった人魚像を早々に木っ端みじんにしたこの女性、名前を乙姫さんというそうな。
あの浦島太郎で有名な竜宮城の乙姫さまと関係があるのかどうかは「ヒ・ミ・ツ」とのこと。
でもって人魚ってのは妖の類ではなくて、れっきとした海の種族。
陸でいうところの鬼たちみたいなものにて、人魚は人魚という生き物なんだと。
ちなみに深海の奥底には人魚の大帝国があって、虎視眈々と星の覇権を……。
「とまぁ、そんなことはべつにどうでもいいのよ。じつは尾白名探偵の腕を見込んで、ちょっと頼みたいことがあってね」
「いやいやいや! 深海の大帝国とかめちゃくちゃ気になるんですけどっ。あと仕事の依頼ならふつうに電話なりメールをくれたらいいじゃん! なんかまわりくどいっ」
「そんなにかっかしないで。じつはことがことだけに、あんまり表沙汰にはしたくなかったのよ」
「……えーと、それってけっこうヤバめの内容だったりします?」
「いまのところはそうでもないわ。けどことと次第によってはラグナロク計画が前倒しにされて、最悪、海底大戦争になっちゃうかも」
「めっちゃ、責任重大! 街の探偵屋さんには荷が重いっ。他を当たって!」
「えー、でも知り合いに相談したら、あなたに頼むといいって」
「誰だよ、その迷惑な知り合いって」
「南禅寺照庫寅くん」
「むっきー、デコトラかぁーっ」
南禅寺照庫寅(なんぜんじでことら)。
ごてごて電飾で飾ったトラックみたいな名前の彼は、南禅寺一党を率いるいまの頭領。都のタヌキ界のみならず動物界にも顔が利く男。京の都のタヌキたちの仕切り役でもある。愛妻家の子だくさんでも有名にて三男六女のおとっつあん。
なお下から二番目の八葉には、以前に芽衣がカラス天狗どもとひと悶着を起こしたときに、世話になったこともある間柄。
ちくしょう、やられた。デコトラの野郎め、紹介のていをとって厄介ごとをこっちに丸投げしやがった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
にゃんとワンダフルDAYS
月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。
小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。
頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって……
ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。
で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた!
「にゃんにゃこれーっ!」
パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」
この異常事態を平然と受け入れていた。
ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。
明かさられる一族の秘密。
御所さまなる存在。
猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。
ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も!
でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。
白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。
ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。
和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。
メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!?
少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。
蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー
みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。
魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。
人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。
そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。
物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
消息不明になった姉の財産を管理しろと言われたけど意味がわかりません
紫楼
ファンタジー
母に先立たれ、木造アパートで一人暮らして大学生の俺。
なぁんにも良い事ないなってくらいの地味な暮らしをしている。
さて、大学に向かうかって玄関開けたら、秘書って感じのスーツ姿のお姉さんが立っていた。
そこから俺の不思議な日々が始まる。
姉ちゃん・・・、あんた一体何者なんだ。
なんちゃってファンタジー、現実世界の法や常識は無視しちゃってます。
十年くらい前から頭にあったおバカ設定なので昇華させてください。
転生小説家の華麗なる円満離婚計画
鈴木かなえ
ファンタジー
キルステン伯爵家の令嬢として生を受けたクラリッサには、日本人だった前世の記憶がある。
両親と弟には疎まれているクラリッサだが、異母妹マリアンネとその兄エルヴィンと三人で仲良く育ち、前世の記憶を利用して小説家として密かに活躍していた。
ある時、夜会に連れ出されたクラリッサは、弟にハメられて見知らぬ男に襲われそうになる。
その男を返り討ちにして、逃げ出そうとしたところで美貌の貴公子ヘンリックと出会った。
逞しく想像力豊かなクラリッサと、その家族三人の物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる