おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
697 / 1,029

697 マーメイドプリンセス・ボム

しおりを挟む
 
 乙姫さんからの極秘依頼。
 それは家を飛び出した娘・夜光やこう、御年十三歳を連れ戻すこと。
 たかだか家出娘の捜索に何を大袈裟な……。
 と文句を言いたいところだが、そうもいかないのが夜光の立場。
 乙姫さんがマーメイドクイーンなので、当然ながらその娘である夜光はマーメイドプリンセスということになる。
 でもって陸の上でもゴタゴタが絶えないように、海の中もまたゴタゴタが絶えない。
 深海帝国やら人魚族にもいろいろとあるらしく、けっして一枚岩というわけではないとのこと。強硬派、過激派、融和派、穏健派、中立派などなど。
 もしも今回の件を敵対勢力に嗅ぎつけれられて娘の身柄をおさえられたら、ちょこっとマズイことになりかねない。
 ラグナロク計画とやらが前倒しとなり、最悪、海底大戦争とか星の覇権をかけての戦いが勃発しちゃったりとか。

「ちなみに私は中立寄りの穏健派の筆頭なの。まったく武力侵攻なんぞしなくても、文化と経済の両面侵略で地上制覇なんて余裕だと思うんだけどねえ」と乙姫さま。

 文化的侵略とは、売れない作家を全面バックアップして、人魚と王子さまの儚い物語を書かせては普及させたり。より幼い子どもらにも浸透するようにと絵本にして世界中にばらまいたり。あるいは某大手アニメ制作会社と提携して、人魚が主役の長編アニメーションを制作上映したり。キャラクターグッズにて荒稼ぎをしたり、人魚や海をモチーフにしたテーマパークを建造したり。水族館を経営したりなどなど。

「ほら、可愛い人魚が登場するアニメとかマンガって、定期的に登場するでしょう? あれって全部、うちの差し金だから。いわゆるひとつのイメージ戦略ってやつ。おかげで人魚の好感度、爆上がりよ」

 でもって経済的侵略とは、ここのように物流拠点を各地に設けたり、海運業に進出したり、人間社会に深く食い込むこと。

「いやぁ、でも飛行機が登場したときは、マジで焦ったわね。でも積載量に限界があるし、大型タンカーでのコンテナ輸送が発展してくれたおかげで、助かっちゃった」

 しれっと恐ろしい内情を暴露する乙姫さま。
 人間どもが良かれと思って推し進めてきた物流革命をも、いつのまにか利用されていたという驚愕の事実。
 我々が気づいていなかっただけで、とっくに侵略の手はすぐそこにまで伸びていたのである! 危うし人類っ! 危うし陸の生き物たち!

  ◇

 娘の顔写真一枚と、当座の活動資金の百万円の束を渡され、無事に解放されたおれこと尾白四伯。気前がいいのはありがたいけど、自分の手に星の命運がかかっているかと思うと、胃がキリキリ痛む。

 タバコに火をつけながら写真を眺める。
 写真の中にておさげ髪の少女が笑っている。
 青味がかった黒髪にて、瞳はほんのりコバルトブルー。いかにもくりくりよく動きそうな円らな瞳にて、元気いっぱいといった感じ。
 なお家出の理由は男漁りである。
 とはいえけっしてふしだらな娘というわけじゃない。

 なんていうか人魚の女性というのは、積極的で情熱的な方が多いらしい。
 それは人魚をモチーフにした数々の物語が如実に語っている。
 助けた王子恋しさに、怪しげな魔女の薬を飲んでケフッ。陸にあがってえんやこら。あれこれがんばって支えたあげくに、その王子をどこぞの馬の骨女に寝取られて、報われずに泡と消えるなんぞ、かなりキテいる。
 こうと決めたら即行動にて、突っ走る、鉄砲女。
 それが人魚族の女。

 で、年頃になってきた夜光ちゃん。
 たまさか視聴したリトルなマーメイドでプリンセスな長編アニメーションにすっかりどハマりして、テレビシリーズ全クールまで完走したばかりか、DVDにブルーレイBOX、サウンドトラック、キャラクターソング集、主題歌が収録されたアルバム、はてはノベライズ本にまで手を出す始末。
 あげくに「よし! 私もイケてる王子さまをゲットしよう」と考えたそう。
 よもやの文化的侵略のブーメラン!

 この話を乙姫さんから聞いた時、おれは「いい男ぐらい、海の中にもいるだろうに。どうしてわざわざ陸にあがるのかねえ」と呆れた。
 すると乙姫さまはすかさず手を振り、こう言った。

「ダメダメ、人魚族の男ってさぁ、なまじ見た目が整っているのがそろっているせいか、ナルシストが多いんだよねえ。四六時中鏡を眺めてはため息をついてる男なんて、さすがにねえ。あと基本的に潮水のせいでねちゃついて、ちょっと生臭いし」

 だから人魚族の女はちょいちょい丘を目指し、そして人魚族の男もまた夏の浜辺へとナンパにくり出したりしているそうな。
 人魚族、半端ねえ。

  ◇

 たまさか通りがかったタクシーに乗り込み、とりあえず郊外から高月中央部へと戻る道すがらの車中。

「しかし大々的に探せないのはめんどうだな。今回、情報屋のアナグマのショーンは頼れない。それどころか聞き込みもままならねえぞ。下手なところに探りを入れたら、すぐに勘繰られてことが露見しかねん。うーん、やっかいだな」

 市中に放たれしリアル人魚姫。
 だが扱い方を一歩まちがえば、たちまち暴発する危険を秘めているだなんて、とんだマーメイドプリンセス・ボム。
 そんなやばいブツはすみやかに回収せねば……。


しおりを挟む
感想 610

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

古道具屋・伯天堂、千花の細腕繁盛記

月芝
キャラ文芸
明治は文明開化の頃より代を重ねている、由緒正しき古道具屋『伯天堂』 でも店を切り盛りしているのは、女子高生!? 九坂家の末っ子・千花であった。 なにせ家族がちっとも頼りにならない! 祖父、父、母、姉、兄、みんながみんな放浪癖の持ち主にて。 あっちをフラフラ、こっちをフラフラ、風の向くまま気の向くまま。 ようやく帰ってきたとおもったら、じきにまたいなくなっている。 そんな家族を見て育った千花は「こいつらダメだ。私がしっかりしなくちゃ」と 店と家を守る決意をした。 けれどもこの店が……、というか扱っている商材の中に、ときおり珍妙な品が混じっているのが困り物。 類が友を呼ぶのか、はたまた千花の運が悪いのか。 ちょいちょちトラブルに見舞われる伯天堂。 そのたびに奔走する千花だが、じつは彼女と九坂の家にも秘密があって…… 祖先の因果が子孫に祟る? あるいは天恵か? 千花の細腕繁盛記。 いらっしゃいませ、珍品奇品、逸品から掘り出し物まで選り取りみどり。 伯天堂へようこそ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

処理中です...