おじろよんぱく、何者?

月芝

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 伊佗佳が果敢に攻めては、顔面包帯ぐるぐる男の五十七巳にはね返される。
 これをくり返すこと、すでに三度目。
 そしてたったいま四度目の攻防へと突入した。
 戦いの様子をうしろから眺めている芽衣とタエちゃん。

「伊佗佳ちゃんが攻めあぐねてる……。あのミイラ男、かなり強いね」
「あぁ、気づいたか、芽衣? あんにゃろう、戦いはじめた場所からほとんど動いちゃいねえ」
「うん。にしてもあれが累か。タエちゃんが言った通り、何も知らずに突っ込んでたら、速攻で絡めとられていたかも」
「だろう? とにかくウネウネして、やたらとねちっこいんだよ、あの累って武術は」
「いかにもヘビ族にぴったりって感じだけど、そういえばタエちゃんは累、習わなかったの?」
「あー、小さい頃にほんの数回だけ道場に顔を出したっけか。でも、おばばさまの『この子は無理に型にはめるよりも、好きにさせた方がよさそうだから、放っておきな』っていう鶴の一声でナシになった」

 タエちゃんは天才肌。実戦を通じて様々なことを吸収し、それをとり込んで、分解再構成、熟成させて己の糧として成長するタイプ。
 通常、あまりいい意味では用いられない「我流」という言葉。
 それを地でいく女。先人の作った道の上を歩くのではなくて、自らの手で切り開き進む。
 白妙幸の前に道はなく、彼女が通ったあとに道ができる。
 後々の世で始祖、開祖などと呼ばれるような器量の持ち主。
 さすがはおばばさま、その片鱗をいち早く見抜いていたようである。

「そんなタエちゃんの目からみて、伊佗佳ちゃんの実力ってどんなものなの?」

 芽衣が問えば、「うーん」と考え込んだタエちゃん。
 しばらく眉間にしわを寄せてから「悪くない。ああ見えて、きちんとやるべきことはやる女だからな。それになんといっても、あいつはスタミナがやばい」と答えた。

 ヘビの里には学校の類がない。
 それがあるのは山をいくつも越えた先にある町だ。
 伊佗佳は、幼稚園から小中高と現在に至るまで、それらに走って通っている。
 里の長の孫娘だからとてクルマで送迎なんてしてもらえない。
 だから毎日毎日、雨の日も風の日も雪の日も、山道をひたすら走って走って走って……。あと、なにげに皆勤賞だったりもする。
 鍛錬に加えて日々の営みの中で育まれた強靭な下半身、スタミナは無尽蔵かと思うほど。おまけにタエちゃんの弟の望くんを執拗につけ狙う変態粘着質にて負けず嫌い。
 そんな人物が累を遣う。

「うわぁ、本当にねばっこくてしつこそう。ほとんどホラーだよ」
「だろう? そんなのと顔を合わせるたびに絡まれるこっちの身にもなってくれ。たまんねえぜ」
「それはたしかにたまんないよねえ」

 芽衣とタエちゃんがしみじみ、そんな会話をしていたら……。

「ちゃんと聞こえてんぞ、こらっ! あとで覚えておけよ、おまえらっ」

 ミイラ男相手にがんばっている伊佗佳、ぐりんと首だけ回して吠える。
 その仕草が気持ち悪かったもので、驚いた芽衣とタエちゃんはおもわず数歩あとずさり。

  ◇

 ミイラ男と伊佗佳。
 五十七巳と七十七巳
 攻防はすでに二桁に突入。
 なのにいまだに牙城は崩せず。
 こうなれば得意の持久戦も辞さずとの構えの伊佗佳。
 対する五十七巳は終始落ちついている。経験してきた場数の差であろうか。

 だが、ここでずっと戦いの様子を見守っていた芽衣があることに気がつき「あっ!」と小さな声をあげる。

「どうかしたのか?」

 隣にいるタエちゃんが首を傾げる。
 芽衣は言った。

「わたし、わかっちゃったかも。この試練の意味……」
「意味?」
「うん、だって変じゃない? あれだけの実力の持ち主だよ。その気になれば、いつでも伊佗佳ちゃんを両脇の崖下に落とせそうなものなのに、ちっともそれをせず。ばかりか自分からはまるで動こうとはしない」
「そういえばずっと受けと待ちばかりだな」
「で、思い出したの。さっきあの人が言っていたことを」
「?」

 ミイラ男がことある事に繰り返していた言葉。
 それは『この先に行きたくば、私を越えていかれよ』や『この壁、生半可なことで越えられると思うなよ』といったこと。
 この台詞、一見すると自分を倒し、その屍を越えていけ!  みたいに聞こえるが、じつはそうじゃなかったとしたら。
 もしも文字通りのことを言い表わしているとしたら、意味合いがガラリと変わってくる。
 とどのつまりは……。

「なるほど。そういうことかい、だったら!」

 後方の外野で交わされる会話にしっかり聞き耳を立てていた伊佗佳。
 乱打戦のさなかに放たれた相手の長腕を利用し、これを踏み台にして跳躍。
 あえてみずから宙へと身を踊らせる。
 態勢が思うままにならぬ中空。もしもここで攻撃を喰らったら、崖下へと叩き落とされる。
 けれども攻撃が飛んでくることはなかった。
 伊佗佳の身は五十七巳の頭上を越えて、その背後へとスタッと華麗に着地を決める。
 とたんにぴたりと動きを止めた五十七巳。まるで自分の仕事はここまでといわんばかりの態度にて、もう伊佗佳の方を見向きもしない。

 立ち塞がる者を倒すのではなくて、越える。
 それこそがこの試練の正解。
 いかにもなシチェーションや雰囲気のせいで、生じる勝手な思い込み。
 その思い込みこそが視野を狭め、思考を停止させる。真の敵は己の中にこそあり!


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