おじろよんぱく、何者?

月芝

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769 五十七巳と七十七巳

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 迂回路のない細い一本道。
 その中央付近にて行く手を遮るのは、手足がひょろ長いガリガリの男。
 まるで山奥で修行を重ねているヨガの修行者か仙人のよう。顔は包帯ぐるぐる巻きにて正体はわからない。

「私は百巳がうちのひとり、五十七巳。この先に行きたくば、私を越えていかれよ」

 声までしわがれておりガリガリであった。
 百巳とはヘビ族に伝わる武「累」を修めた精鋭百人のこと。五十七ということは、ちょうど真ん中ぐらいの実力の持ち主。まずは小手調べということであろうか。
 三人娘、ここで「ちょっとタイム」と要相談。なぜなら地形のせいで、ひとりずつしか通れないからである。「さて、誰がいく?」

「わたしがいこうか。一本橋での決闘なら経験があるよ。まえにカラス天狗らとやったけど」
「いや、芽衣はダメだ。おまえは『累』を知らないだろう? ただでさえ動きが制限される場所で、いきなり当たるのはまずい。最悪、どハマりして瞬殺されるぞ」
「だったらここはあたしの出番だね」

 そう言って拳をボキボキ鳴らしながら一歩前に出たのは阿伊佗佳。
 彼女もまた百巳がうちのひとり。与えられている現在の番付は七十七巳。
 数字だけみれば相手の方がずっと格上になるが、必ずしも実力による数字とならないのが、この百巳のややこしいところ。野球の背番号みたいなもので、登録された時期やら、兼ね合い、その他などによって時々にて変動するから、あくまで目安みたいなもの。
 ぶっちゃけ五十巳以降は、かなりごちゃごちゃしていたりする。
 また周囲に百巳であることを公言している者もいれば、いま立ちふさがっている相手のように、正体をひた隠しにしている者もいる。

「……ということは、ここであんたをぶっ飛ばせば、あたいが五十七を貰ってもいいってこったね?」
「ふっ、できればな。七十七のお嬢ちゃん」
「よし! 言質は取ったぞ」

 いきなり駆け出した阿伊佗佳、頼りない足場をものともせずに突き進む。

  ◇

 地形ゆえに正面からぶつかるしかない。
 初手は五十七巳。
 ひゅん、長い腕を突き出しての手刀。
 頭をさげてこれをかわす伊佗佳。同時に強く踏み込んでいっきに懐へと潜り込もうとする。だが直後のこと、ぐにゃりと歪んだのは五十七巳の腕。槍のごとき動きから、一転して縄のようなしなやかさ。指、手首、肘などの関節、その稼働域が尋常じゃないぐらいに広く柔軟。
 その指先が追尾し狙うのは、伊佗佳の襟首。
 柔道でいうところの奥襟を取りにくる。

 もしもこんな場所で掴まれたが最後、あっという間に左右の切り立った崖下へと落とされてしまう。
 しかしそんなことは伊佗佳も承知していた。
 駆けながら上体をひねる。その際に肩で近づいてきた手を払い、受け流しつつ、己が身のねじりの反動を利用して跳ねた。逆に五十七巳の腕を取ろうとする。
 その攻防はまるで二匹のヘビ同士が絡み合いながら、相手を締め殺そうとしているかのよう。

 これこそがヘビ族に伝わる武「累」の特徴。
 しゅるりしゅるりと這い寄る。いったんまとわりついたら、もう離れない、離さない。次から次へとくり出される技によって、全身のあらゆる部位を極めにくる。締め技、関節技に特化しており、一度決まったら最後、抜け出すことはかなわない。

 なにやら人間の総合格闘技みたいかも、と思うかもしれぬがさにあらず。
 やっかいなのがヘビの持つ肉体強度が加味されるということ。
 全身が特異な骨格と筋肉で構成された蛇体。これが食い込み破壊するのは獲物の関節だけではない。その気になればどこでもギチギチ締めて、ボキリとひしゃげてしまう。
 またヘビが持つ研ぎ澄まされた肌感覚も忘れてはならない。
 四肢を持つ他の動物とはちがうがゆえに磨かれた触覚。他の者らが手足を通じて認識することを、全身でもって把握する。身体の感度がとにかく敏感にて、処理能力はまるで別次元。
 ゆえに合気道の達人が気の流れを読むようなことを、平然と行う。
 とどのつまり、いったん肌を重ねたら、こちらの動きや考えが筒抜けとなってしまうということ。
 腕を払って逃げようとすれば、それを読まれて先手を打たれる。カラダをよじって暴れようとするも、させてもらえない。先の先をとられ、ことごとく封殺されてしまう。 
 この武を累(かさね)とはよくいったもの。

  ◇

 掴まれたら終わり。
 ならばそれより先に打撃にて倒せばいい。
 というのは素人の浅知恵。

 ガッ、ガッ、ガッ!

 重い打撃音が三連。
 ぱっと離れたのは伊佗佳。

「ちっ、こいつ、懐が深い。間合いの使い方が巧い。守りが固え」

 攻めきれずに後退を余儀なくされる。

 拳と拳、肘と肘、膝と膝。
 固い部位同士がぶつかり弾かれた。
 ヘビ特有の肉体は、打撃においてもいかんなく発揮される。
 柔軟性のある筋肉、稼働域の広い関節、四肢を鞭のようにしならせることにより、産み出される打撃は重く鋭い。

 同門対決ということもあり、互いの手の内はわかっている。
 となればあとは経験と純粋な技量の差がモノを言う。

「五十七巳だからとて侮るな。これでもおまえが生まれるよりも前から戦っているんだからな。この壁、生半可なことで越えられると思うなよ」

 言われた伊佗佳、ギュツと唇を噛みしめる。


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