おじろよんぱく、何者?

月芝

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794 憑かれた男

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 雄叫びをあげ雌雄を決しようとしている、リング上のタヌキ娘とアフロ。
 さりげなくリングサイドからにじり寄り、しめしめと舌なめずり。捕獲のチャンスをうかがう、おれこと尾白四伯。

 いざ! 決着の刻。

 というクライマックスのところで、チーン。
 鳴ったのはゴングではなくてエレベーターの到着音。
 扉が開き、あらわれたのはたいそう不機嫌面の亀松百貨店の副支配人。
 開口一番「おいっ! きさまら、進捗状況はどうなっているんだ? 随時、報せろと言っただろう。『ほうれんそう』なんぞは基本中の基本だろうが!」とのキーキー声。

「ほう」は報告の「ほう」
「れん」は連絡の「れん」
「そう」は相談の「そう」

 会社などの組織にあって、情報を共有し、生産性を高め、仕事をより円滑に進めるために大切とされている三つ。これを略して「報連相」という。社会人として覚えるべきたしなみとされている。だが愚直にこれを守っていると、じきに上司や同僚らからウザがられる。周囲とのかね合いによりおざなりになるもの。

 そんなことを口走りながら、勢いよく怒鳴り込んできた副支配人。どうやら焦れて様子を見に来てしまったようだ。
 だが五階催事場の光景をまのあたりにして「なっ!」絶句し目が点になって固まった。
 まぁ、それも無理からぬことであろう。

 縛られて天井から吊るされている桜花探偵事務所高月支店チームの面々。
 ふんぞり返っては「ホーッホホホ」と高笑いでご機嫌な王妃さまのミイラ。
 隣の妻の顔色をうかがいながも、試合に興奮している王さまのミイラ。
 会場に出現している包帯のリング。
 そこで壮絶な殴り合いをしているタヌキ娘とアフロの怪。
 リングサイドより忍び寄り、コソ泥のごとき動きをしている探偵。

 あらめて指折りかぞえてみると、五階はひどいカオスな状況。
 こんな奇妙奇天烈な場面に遭遇すれば、誰だって驚くわな。
 というわけで、副支配人の反応は至極真っ当なこと。
 よろけたひょうしに、副支配人の頭部の装飾品がずるり。
 その場面を目撃したおれたちは一斉にサッと顔をそむける。
 なぜかって? それが社会人としてのマナーだからだ。正直や素直なのはたしかに美徳だが、それだけでは社会は円滑にまわらないのである。
 明らかにいじったであろう目元や鼻筋、寄せてあげてパッドで底上げされた胸元、服の下に透けて見える矯正下着が拷問具にしかみえない、やたらとカカトが厚いシューズ、いろいろ隠すためにがんばったであろう化粧などなど……。
 ときには嘘や気づかないフリも大事。それが大人の優しさ。

 だから誰もが現実より目をそむけ、耳をふさぎ、口をつぐむ。
 しかし、この局面において、みんなとはちがう行動をとる猛者がいた!
 勇者はアフロ。
 何をおもったのか、アフロは芽衣との勝負をかなぐり捨てて、いきなりリングの外へと飛び出す。

 しゃかしゃかしゃかしゃか……。

 床を滑るようにして猛然と進み、向かったのは副支配人のところ。

「ひぃいぃぃぃっ」

 あわてて逃げようとする副支配人。しかし足が絡まってすてんとズッコケた。
 これにより頭部の装備品が完全に脱げてしまい、地肌があらわとなる。
 無防備にさらされる急所。
 そこに躍りかかるアフロ。
 憐れ、野心家の副支配人、そのまま毛塊の怪異の餌食になるのか!
 とおもわれたのだが、そうはならなかった。

 アフロと副支配人、合体!

 それはまるで磁石のような、あるいはパズルのピースが合わさるかのごとく、ぴたりと結びつく両者。
 必要とする者のところに、必要とされる物が遣わされたとき。
 悠久の刻を越えて奇跡が起こる。
 いまここに、もこもこ頭をした副支配人が爆誕した。

  ◇

「ふんぐぅー」
「と、とれん」
「あ痛だだだだだ、もげる、首がもげるから! あーっ!」

 おれと芽衣は、どうにかしてアフロを副支配人の頭からはずそうとするも、微動だにせず。
 アフロはよほどこの場所が気に入ったらしい。しっかり根を張って、馴染んでしまっている。いや、この場合はとり憑いているのが正しいのか。
 このまま無理をすれば先に副支配人の首の方がもげそうなので、分離は断念せざるをえない。
 ライターで火をつけ浄化するという案もあったのだが、これは却下。
 それだと人間キャンドルと化した副支配人が暴れたら、類焼の危険もあるので。丸亀百貨店全焼とか、目も当てられない。

「いちおう怪異はおさまったことですし、これで依頼は達成なんでしょうか、四伯おじさん」
「う~ん、まぁ、そうなるのかなぁ。アフロは副支配人が引き受けてくれたことだし。いろいろとデリケートな問題が絡んでいるから、今後のことは当事者同士にまかせるとして、しばらくは様子見だな。これで百貨店の怪異がおさまればいいんだが……」

 かくして夜の百貨店を巡る騒動は、いったん幕を閉じた。
 なお支配人と副支配人、尾白探偵事務所と桜花探偵事務所高月支店との争いは、うやむやにされてしまった。
 ラストの美味しい所をぜんぶ副支配人に持っていかれたせいだ。
 さすがにあそこまでカラダを張られては、もう何も言えやしないよ。くくく、ぷーくすくす。
 まぁ、うちとしては依頼料さえきちんと支払われるのならば、それで御の字ということで。

 そしてこれは後日談。
 おれが朝刊を広げると、大きな広告が目に飛び込んでくる。
 告知されていたのは亀松百貨店の『古代エジプト展』が、本日から入場料無料になるという情報。同時に謝恩セールも開催されるそうな。
 どうせ赤字イベントならば、いっそのことタダにして客寄せパンダに使おうという大胆な方針変換。
 やるな、支配人さん。これできっと王妃さまミイラの「もっとわらわをチヤホヤしてたもれ」欲求も満たされるはず。王さまミイラもさぞや胸を撫で下ろしていることであろう。


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