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793 漁夫の利
しおりを挟む芽衣の拳がクリーンヒット!
吹き飛ばされたアフロ、ダウン。
「ワン、ツー、スリー……」
カウントを始めたのは王さまのミイラ。
「フォー、ファイブ……」
ここでアフロの身がびくり、もぞもぞ動きだし、起き上がろうとする。しかしダメージにより膝が笑い立ち上がれず。すてんと転んだ。
「シックス、セブン……」
両の拳を床につき、強引に身を起こすアフロ。ふらつく足下を支えようと、ロープを掴む。
「えーぇぇぇぇぇいとぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ」
ここで急にカウントダウンが間延びする。明らかに不自然な遅延行為。おれはすかさずブーイングするも無視された。
ひょっとして王さまミイラはアフロに買収でもされているのか?
と思いきや、彼がちらちら気にしているのはリング内ではなくて、隣にいる王妃さまのミイラ。
どうやら奥方の顔色を伺っているようだ。
この行動の真意は「うちの奥さんをもう少し楽しませてちょうだい」ということ。
せっかくの御前試合、あまりはやくケリがつくのはダメらしい。
そのかいあって「ナイン」のところで、ついに立ち上がったアフロ。すぐさまファイティングポーズをとるも、ふらつき足が小刻みに震えている。
「いまだ! いっきにたたみかけろっ」
「言われなくても、ここで決める!」
セコンドからの声に芽衣が応じ、いっき距離を詰める。
その気迫に押されたのか、アフロが後退るも、すぐうしろにはロープ代わりの包帯が! これ以上はもう下がれない。
「これでトドメよっ」
芽衣がフィニッシュブローに選んだのは、右のストレート。
全体重を乗せた正真正銘の必殺の拳。
アフロは避けられない。顔面に拳がめり込み、めきゃり。厭な音がした。
が、それと同時になぜだかぐらりと傾いだのは芽衣のカラダ。
芽衣の拳はたしかにアフロを捉えていた。だが攻撃が当たる刹那のこと、これを迎え撃つべくアフロが放った左ストレートもまた、芽衣の顔面に炸裂する。
「なっ、クロスカウンター……だと。それもただのクロスカウンターじゃねえ。わざと肘をロープに当てて、その反動を利用しやがった!」
セコンドから一部始終を目にしたおれは愕然。
アフロの放った拳は、さながらゴム鉄砲のようなもの。ロープの反動を使うことで瞬間的な加速を得ている。さらには腕を相手の腕の内側へとねじり込むように打ち込むことで、拳に回転まで宿す。しかもタイミングはどんぴしゃ。
そんなシロモノをカウンターでモロにくらった芽衣。
衝撃にて頭がぐわんぐわん、大きく顔をのけぞらせる。
だというのに離れない。ばかりかそれた上体を強引に戻し、続けて左ストレートを放つ。
アフロはこれにもクロスカウンターを合わせる。
両者ともに被弾っ!
タヌキ娘、アフロ、ともに衝撃にてぐらり。
しかし崩れない。踏ん張り、さらに攻撃。
ガンっ! ガンっ! ガンっ! ガンっ! ガンっ!
互いに一歩も退かず。
クロスカウンターの五連撃。
一切の防御を捨てた、意地と気力の殴り合い。
みるみる両雄の顔面がえらいことになっていく。
◇
凄まじい戦いの様子に、おれはいまさらながらあることに気がついた。
うちのタヌキ娘、めっちゃタフになってない?
いや、もとから異常に頑丈だったけど、それにさらに磨きがかかっていやがる。
これも修行の成果なのかしらん。
「どうやらヘビの里で相当に揉まれてきたようだな。しかし本当によかった……いっしょに行かなくて」
なにせおれは化けていないときは紙装甲なもので。素の状態ならば、ちょっとガタイがいい小学生の高学年にすらも遅れをとりかねない。
ゆえにこんなバトルジャンキーどもに付き合っていたら、命がいくつあっても足りやしないもの。
なんぞとおれが考えているうちに、リングでの戦いはいよいよ佳境を迎えようとしていた。
芽衣、アフロ、ともにズタボロにてひどいあり様。
片や餓えたカラスもそっぽを向く水にふやけたアンパンのようであり、片や「これなら素手で洗ったほうがマシだ」というぐらいに使いつぶされて、すっかりヘタレた台所スポンジのごとし。
互いにピンポイントに顔面ばかりを狙うもので、なんていうか、もう、とてもではないが見れた面ではなくなっている。いまならたぶんスマートフォンの顔認証をクリアできないだろう。
さらにクロスカウンターを重ねること四。これで合計十。
ふたりともにふらふら、さすがにもう限界だ。
おそらくは次が最後の攻撃になるだろう。
おれはさりげなくリングサイドを移動しつつ、ふたりに接近。向かいながら密かに化けチカラを練る。
この勝負、どちらが勝つにしろ、おれがやることは決まっている。
えっ、何をするつもりなのかだって?
もちろん怪異の捕獲だよ。
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ゲシシシシ、おっさんは悪い笑み。
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