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792 御前試合
しおりを挟む狸是螺舞流武闘術の遣い手、二代目蒼雷、タヌキ娘の洲本芽衣。
古代エジプトはカノポスの壷より蘇った、アフロ。
ふたりの戦いは初っ端から激しい展開をみせる。
開始のゴングが鳴るとともに、わき目も振らずにいっきに接敵。
間合いを詰めたところで、芽衣は打ち下ろし気味の右ストレートを放つ。
当たれは即終了となりかねない豪拳。
だがアフロは避けない。かわりに左のショートアッパーにより、迫る拳の軌道をそらす。さらにはすかさず右のショートアッパー。ただし狙ったのはアゴではなくて、芽衣ののびきった右腕。
よもやの腕へのかち上げ二連打っ!
喰らった芽衣の右腕が大きく跳ね上がる。これによりがら空きとなった右わき腹。
すかさず懐深くへと踏み込むアフロ。踏み込んだ足のカカトがキュキュッと小気味よい音を立てる。やや落とされた腰がぎゅりんと横回転、下半身から腰へ、腰から上半身へと増幅しながら伝わるパワー。すべてが繋がった瞬間に「ジュッ!」と風切り音。
アフロの渾身の左フック。閃光のごとき拳がタヌキ娘の腹に炸裂……しない?
ガツンと厭な音がした。
閃光の拳を止めたのは、タヌキ娘の左拳。
拳を拳で迎え撃ち、これを寸前で強引に止めたのである。
一歩間違えば両者ともに拳を痛めかねない荒業。
しばし拳での鍔迫り合い。
ごりごりごりごり……。
すりこぎのような音は拳と拳がこすれ合う音。互いに一歩も退かず。毛玉と毛塊の意地と意地がぶつかり合う。
その音がようやく止んだのと同時に、ぱっと距離をとった両者。
かとおもえば次の瞬間にはもう再接近しており、乱打戦を始める。
飛び交う拳。
自在に空を飛ぶ燕のようにひらりはらり、縦横斜めにと八相に変化するアフロのフック。
それを打ち払いながら、大砲のごとき必殺のストレートを当てる機会を虎視眈々と狙う芽衣。
拳を放つ。躱す。拳を放つ。打ち払う。拳を放つ。躱す。迎え撃つ。
ときにカウンターを狙い、ときには虚実を織り交ぜて隙を誘う。
だが両者ともに試合巧者にて、なかなか決定打は入らず。
◇
手に汗握る試合展開。
おれはセコンドから「あーだ、こーだ」とまったく役に立たない素人アドバイスをひたすらわめき散らす。
だってしょうがないじゃない。本当に素人なんだもの。
おれのボクシング知識なんざ、せいぜいマンガレベルである。熱血スポ根マンガを読んでは興奮し、ちょっとシャドーボクシングのまねごとなんぞをしては、窓に映る自分の姿に「ふっ」とほくそ笑む程度なのだ。
とはいえ、そんな素人にでもわかるのが対戦相手の異常さ。
いかに芽衣がちんまい小娘とはいえ、アフロは人毛塊。背丈はせいぜい小型のバランスボールぐらいしかない。それが人型となりひょこひょこ動いているもので、両者の身長およびリーチの差は歴然。
だから芽衣の方が圧倒的に有利なはずなのに、堂々とタメを張っている。
逆に芽衣はかなりやりづらそうだ。なにせ自分よりも小さい相手と戦う機会なんて、そうそうなかったもので。
ひょっとしてこれは危ないのでは?
なんぞとおっさんが案じていると、その危惧が現実になってしまう。
いつの間にやらコーナーを背にしていた芽衣。
リングやコーナーでの戦いに不慣れなタヌキ娘。地の利はアフロにあり。まんまと死地へと追い込まれてしまった。
「なっ、まずいぞ。すぐにそこから逃げろ!」
おれが叫ぶのと同時に、アフロが罠にかかった獲物を仕留めにかかる。
◇
とんっと背中がコーナーポストに接触。
瞬間、芽衣が「しまった!」という表情を浮かべる。
そこへすかさず迫るアフロ。猛打が襲いかかる。
どうにか両腕をあげてガードするも、ガードの上からでも衝撃がガンガン響くほどの高威力。累積していくダメージ。このままではこじ開けられるのも時間の問題であろう。
左右はロープ代わりの包帯により塞がれており逃げられない。
タヌキ娘、絶対絶命のピンチ!
そしてついに左腕が下がってガードが破られてしまう。
その破れた穴をさらに広げようと、アフロの拳が突き入れられる。
だがここでペロリと舌を出したのはタヌキ娘。
「……な~んてね」
ガードを下げたのはわざと。
追いつめた獲物。あとは狩るだけだったのに、勝ちを急ぐあまり土壇場で謀られた!
気づいたときには、アフロは片膝をついていた。
それを成したのは芽衣がほぼ垂直に振り下ろした拳、縦フックによる一撃。
相手が深く踏み込んできたところにカウンターが炸裂。
これにより人型をしていたアフロの頭頂部がぐしゃりと潰れた。
だがアフロはまだ倒れない。なおも不屈の闘志にて立ち上がろうとする。
けれどもそれを座して眺めているほどタヌキ娘は甘くない。
いつのまにやらコーナーを抜け出していた芽衣。横合いから放ったのは、床ぎりぎりを超低空飛行にて突き進む拳。フックとストレートの中間のようなパンチであるスマッシュ。
背中をおもいきりそらせ、腕をめいっぱいに使う。アンダースロー投法のごとき勢いにて放たれるは狙いすまされた拳。
顎先を打ち抜かれて、アフロが宙を舞った。
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