おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
上 下
792 / 1,029

792 御前試合

しおりを挟む
 
 狸是螺舞流武闘術の遣い手、二代目蒼雷、タヌキ娘の洲本芽衣。
 古代エジプトはカノポスの壷より蘇った、アフロ。
 ふたりの戦いは初っ端から激しい展開をみせる。

 開始のゴングが鳴るとともに、わき目も振らずにいっきに接敵。
 間合いを詰めたところで、芽衣は打ち下ろし気味の右ストレートを放つ。
 当たれは即終了となりかねない豪拳。
 だがアフロは避けない。かわりに左のショートアッパーにより、迫る拳の軌道をそらす。さらにはすかさず右のショートアッパー。ただし狙ったのはアゴではなくて、芽衣ののびきった右腕。
 よもやの腕へのかち上げ二連打っ!
 喰らった芽衣の右腕が大きく跳ね上がる。これによりがら空きとなった右わき腹。
 すかさず懐深くへと踏み込むアフロ。踏み込んだ足のカカトがキュキュッと小気味よい音を立てる。やや落とされた腰がぎゅりんと横回転、下半身から腰へ、腰から上半身へと増幅しながら伝わるパワー。すべてが繋がった瞬間に「ジュッ!」と風切り音。
 アフロの渾身の左フック。閃光のごとき拳がタヌキ娘の腹に炸裂……しない?

 ガツンと厭な音がした。

 閃光の拳を止めたのは、タヌキ娘の左拳。
 拳を拳で迎え撃ち、これを寸前で強引に止めたのである。
 一歩間違えば両者ともに拳を痛めかねない荒業。
 しばし拳での鍔迫り合い。

 ごりごりごりごり……。

 すりこぎのような音は拳と拳がこすれ合う音。互いに一歩も退かず。毛玉と毛塊の意地と意地がぶつかり合う。
 その音がようやく止んだのと同時に、ぱっと距離をとった両者。
 かとおもえば次の瞬間にはもう再接近しており、乱打戦を始める。

 飛び交う拳。
 自在に空を飛ぶ燕のようにひらりはらり、縦横斜めにと八相に変化するアフロのフック。
 それを打ち払いながら、大砲のごとき必殺のストレートを当てる機会を虎視眈々と狙う芽衣。
 拳を放つ。躱す。拳を放つ。打ち払う。拳を放つ。躱す。迎え撃つ。
 ときにカウンターを狙い、ときには虚実を織り交ぜて隙を誘う。
 だが両者ともに試合巧者にて、なかなか決定打は入らず。

  ◇

 手に汗握る試合展開。
 おれはセコンドから「あーだ、こーだ」とまったく役に立たない素人アドバイスをひたすらわめき散らす。
 だってしょうがないじゃない。本当に素人なんだもの。
 おれのボクシング知識なんざ、せいぜいマンガレベルである。熱血スポ根マンガを読んでは興奮し、ちょっとシャドーボクシングのまねごとなんぞをしては、窓に映る自分の姿に「ふっ」とほくそ笑む程度なのだ。

 とはいえ、そんな素人にでもわかるのが対戦相手の異常さ。
 いかに芽衣がちんまい小娘とはいえ、アフロは人毛塊。背丈はせいぜい小型のバランスボールぐらいしかない。それが人型となりひょこひょこ動いているもので、両者の身長およびリーチの差は歴然。
 だから芽衣の方が圧倒的に有利なはずなのに、堂々とタメを張っている。
 逆に芽衣はかなりやりづらそうだ。なにせ自分よりも小さい相手と戦う機会なんて、そうそうなかったもので。
 ひょっとしてこれは危ないのでは?
 なんぞとおっさんが案じていると、その危惧が現実になってしまう。
 いつの間にやらコーナーを背にしていた芽衣。
 リングやコーナーでの戦いに不慣れなタヌキ娘。地の利はアフロにあり。まんまと死地へと追い込まれてしまった。

「なっ、まずいぞ。すぐにそこから逃げろ!」

 おれが叫ぶのと同時に、アフロが罠にかかった獲物を仕留めにかかる。

  ◇

 とんっと背中がコーナーポストに接触。
 瞬間、芽衣が「しまった!」という表情を浮かべる。
 そこへすかさず迫るアフロ。猛打が襲いかかる。
 どうにか両腕をあげてガードするも、ガードの上からでも衝撃がガンガン響くほどの高威力。累積していくダメージ。このままではこじ開けられるのも時間の問題であろう。
 左右はロープ代わりの包帯により塞がれており逃げられない。
 タヌキ娘、絶対絶命のピンチ!
 そしてついに左腕が下がってガードが破られてしまう。
 その破れた穴をさらに広げようと、アフロの拳が突き入れられる。
 だがここでペロリと舌を出したのはタヌキ娘。 

「……な~んてね」

 ガードを下げたのはわざと。
 追いつめた獲物。あとは狩るだけだったのに、勝ちを急ぐあまり土壇場で謀られた!
 気づいたときには、アフロは片膝をついていた。
 それを成したのは芽衣がほぼ垂直に振り下ろした拳、縦フックによる一撃。
 相手が深く踏み込んできたところにカウンターが炸裂。
 これにより人型をしていたアフロの頭頂部がぐしゃりと潰れた。
 だがアフロはまだ倒れない。なおも不屈の闘志にて立ち上がろうとする。
 けれどもそれを座して眺めているほどタヌキ娘は甘くない。
 いつのまにやらコーナーを抜け出していた芽衣。横合いから放ったのは、床ぎりぎりを超低空飛行にて突き進む拳。フックとストレートの中間のようなパンチであるスマッシュ。
 背中をおもいきりそらせ、腕をめいっぱいに使う。アンダースロー投法のごとき勢いにて放たれるは狙いすまされた拳。
 顎先を打ち抜かれて、アフロが宙を舞った。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

残心〈運命を勘違いした俺の後悔と懺悔〉

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:86

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,390pt お気に入り:90

鑑賞用王女は森の中で黒い獣に出会い、愛を紡ぐ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:105

浮気男はごめんです!再会した同級生は一途に愛する

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:19

二つの顔を持つ女 (R15)

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

風変わりな魔塔主と弟子

BL / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:86

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,100pt お気に入り:845

〖完結〗ご存知ないようですが、父ではなく私が侯爵です。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:738pt お気に入り:5,881

処理中です...