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840 神さまのお願い
しおりを挟む人知れず高月の地の平穏を守ってきた、土地神さまみたいな存在からのお願い。
でっかい社を建てて敬えとか言われたら、うーんどうしよう……。
どこぞの戦国大名じゃあるまいし、おれにそんな甲斐性はないぞ。ぶっちゃけ小さな祠でも難しい。あー、でも雑居ビルの屋上ならどうにかなるかしらん。
はてさて、いかなる無茶ぶりが飛び出すのか。
戦々恐々と武内宿禰から発せられるお言葉を待っていたのだが、予想に反してお願いされたのは……。
「すまんが、ネット環境を整えてくれんか。立場上、あまりここから離れられんので、どうにも退屈でなぁ。さすがに彫り物も飽きてしまった」
言いながらもじもじ照れている武内宿禰。
この遺跡の前室にあった兵馬俑のジオラマ。あれは暇を持て余した神の遊びであったのだ!
でもって武内宿禰の御所望はインターネットとタブレット。
今どきの小学生ならば、たいてい持っている標準装備。
じつにつつましやかなお願いである。
「まぁ、それぐらいなら」
「ですね」
ほっと胸を撫で下ろすおれと芽衣。
「とはいえ場所が場所なだけに、回線を引っぱってくるのがちとややこしいかも」
「だったらWifiにしたらいいですよ、四伯おじさん。あれなら工事不要で専用の機器を置くだけで済みますから」
「それがよさそうだな。ここなら駅も近いし小高いから電波の受信状況も問題なさそうだし。となればあとは電気回りだが」
「そっちはショーンさんに相談すればいいのでは? 鎮守の森に家族で住んでいるんですから、そのへんのやりくりには詳しいはず」
「フム。となればあとは実物の調達と回線契約とか利用料だが、そっちはおれにアテがある。頼めばどうにかしてくれるだろう。他にはここが地面の下なのがちょっと気になるけど、まぁ、さほど深いわけじゃないし……。あとは実際にやってみて様子をみるしかないだろう」
ちゃちゃっと今後の段取りを決めたおれたち。
武内宿禰より「よしなに頼む」と石室から送り出されて地上へ帰還する。
だが竪穴よりひょっこり顔を出したところで、けっこうギリギリであった。
なぜならちっとも帰ってこないおれたちの身を案じ、上で待っていたショーンがいよいよシビレを切らして消防に電話してレスキューを呼ぼうかと、本気で思案していたからである。
あと五分待ってダメだったら、呼ぶつもりだったらしい。
そうなったらきっと大騒ぎとなっていたことであろう。そして勝手をしたことがバレて、おれたちは関係各所より、しこたまお叱りを頂戴するはめになっていたはず。
ふぅ、危ないところであった。さすがに地元で愛されている天神さんの境内まで出禁になるのは、あまりにも悲しすぎるもの。
◇
武内宿禰の要望は、わずか二時間ほどで叶えられた。
これを可能にしたのは、おれが「アテがある」と言っていた連中の尽力によるところ。
頼ったのは高月や畿内の動物界を牛耳っているえらい方々である。
抜け目のない古参どものことだから、この土地にまつわるあれやこれ、ある程度のことは把握しているはずとにらんだのだが、それがどんぴしゃ!
まず高月城北商店街にて呉服店「阿紫屋」を営む女主人にして、桔梗の母親でもあり、この地のキツネ一家を預かる出灰竜胆に連絡を入れ事情を説明。
続いて高月中央商店街にて雑居ビルを持ちオーナー業のかたわらにて、同ビル二階にてスナック「昇天」をやっている花伝美咲にも一報を入れる。彼女は高月どころか畿内でも屈指の古ダヌキ。その秘密の人脈は多岐に渡っている。
高月屈指の影響力を持つ女傑ども。彼女たちを通じてより上位へと連絡を入れてもらったら、そこから先はとんとん拍子。
いつのまにやら神社側とも話をつけたらしく、いらぬ横槍が入ることもなく、気がつけば石室内にはいろんな機材が持ち込まれており、大型モニターまで設置されてある最新のエレクトロニック・スポーツな空間になっていた。
「あれ? どうしてこんなことになってんの」
「さぁ」
喜んでいる武内宿禰を横目に、おれと芽衣はそろって首を傾げるばかり。
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