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902 獣王武闘会本戦 幕間 敗者の病室
しおりを挟む試合をすれば当然ながら勝者と敗者が生じる。
健闘およばず一回戦で破れたチーム。
満身創痍にて敗北のショックも引きずっているはず……。
そんな連中のところに勝者がのこのこ顔を出す。
「さすがにちょっとデリカシーがなさすぎでは?」
とのおれの大人の意見はするっと無視された。
でもって試合を終えた尾白探偵事務所チームが、その足で向かったのは医務室Bである。
ちなみに医務室はふたつあって、勝者がA、敗者がBへと振り分けられる。受けられる医療内容は同じで設備も同じ。ようは同じところに放り込まれたら、気まずいだろうとの運営側の配慮である。
いざ、医務室がある区画へと赴けば、バタバタしておりそこは野戦病院のごとき喧騒に包まれていた。
それもしようがない。なにせ激しい試合の連続につき、勝っても負けてもズタボロで運ばれてくるんだもの。
だがおれの考えは取り越し苦労であった。
負けた連中、傷心で落ち込んでいるのかとおもえばさにあらず。
包帯ぐるぐるで病床にありながらも、どいつもこいつも元気いっぱい!
「おのれ、次こそは勝つ!」
「血が足りねえ。肉だ、肉をもっと持ってこい」
「こっちには野菜だ。野菜をじゃんじゃん寄越せ」
「魚は? 新鮮な生魚はないのか?」
「ついでに酒も持ってこい」
「では、わたくしはミルクティーを」
「ここは喫茶店でも居酒屋でもレストランでもありません!」
「うぅ、あそこでこうしていれば……」
「くやしいぃぃぃぃ」
「ちくしょう、負けたぁ」
「おっ、新技思いついた!」
「だーっ、うるせぇ、傷に響くだろうが」
「はん? そんなもんツバをつけとけば治る」
「ちょっと、そこ! 勝手にベットを抜け出さないっ。あとそっち、病室内をうろうろするな」
ずらりとベッドが並ぶ医療室Bの中は、まるで学級崩壊した教室のようなありさま。
これにはおれたちも揃って「えー」
「おいおい、どんだけタフなんだよ」
心底呆れるおれ。その脇をこそこそ抜け出そうとしていたのは、ワールドベアーズのチームメンバーのひとり。
とたんに奥から「そいつを捕まえてっ!」と声が飛び、反応したのはおれのうしろにいた零号。陰からさっと右手を出しては相手の腕を掴んだところで、ビリビリビリと電気ショック。
「あんぎゃーっ!」
悲鳴にてぐったりのびたクロクマのジョニー・デック。
逃亡未遂にて強制確保されたクロクマさんは、看護師らの手によって引きずられてベッドに戻っていく。
受け渡しの時に看護師らが「いい図体をして注射がこわいとか」「まったく勘弁してよね。余計な手間をかけさせるんじゃないわよ」とぶちぶち文句を垂れていた。
病室の喧騒を抜けて、一番奥へと向かうおれたち。
お目当ての相手は窓際にて、しぶしぶペットボトルのミルクティーをちびちび呑んでいる。
チーム四国連合のリーダーである平多紀理。金髪、縦巻きロールがトレードマークの屋島太三郎狸の直系のお嬢様。
一回戦第五試合の大将戦でロストブラッド率いる蛾舎泰造に敗北。
おれたちが彼女のもとを訪れたのは、お見舞いかたがた戦いの詳細を彼女の口からじかに訊きたかったから。ロストブラッドの他のメンバーらの戦いぶりは、試合を見てある程度把握できたものの、蛾舎泰造に関してはほとんどわからずじまい。
決着の刻、平多紀理が放った絶技・冥穴の中でいったい何があったのか。
その辺の詳しいところをちょっと知りたい、といった次第にて。
「……何があったか。それは違いますわね。むしろ何もなかったのですわ」
と平多紀理。屋島蓑山流四十八霊のチカラが凝縮された破壊の嵐の中を、蛾舎泰造はものともせずに突き進み、ただ腕をのばし掴んだだけ。
ただし首を掴まれた瞬間、まるで牙を突き立てられたかのような感覚に襲われて、一瞬にして意識を刈り取られていた。
肉食獣は獲物の喉元に噛みつき、一瞬にして確実に頸動脈を貫き即死させる。
あるいは気道に噛みついて窒息死させる。
噛殺にて獲物を狩る。
それは生き残るために親から子へ、子から孫へと連綿と受け継がれてきた原始にして最古の技。
動物界にて種族ごとに各々の特性を活かした武芸が発展していく中にあって、蛾舎泰造のそれは狩り。滅びゆく者がその最期の刻を迎えるまで足掻こうと、必死に身につけたもの。倒すという概念がそもそもない。
仕留める。あるのはただその一念のみ。
「怖い方ですわ。手をもがれようが、足を千切られようが、腹が裂かれようが、たぶんあの方は止まらないし、止められない。その命が尽きるまで牙を突き立てようとしてくる。おそらくあの方にとって負けは死なのでしょう」
覚悟ならば自分も持って試合に臨んでいたつもりであった。
だが質も重さも何もかもが違った。
肉体の強靭さもさることならが、真に恐ろしいのは常在戦場の境地、死線を越えた先に宿る心。
「恥ずかしながら、ほんの一瞬ですが怯んでしまいましたわ」
それが敗因だと言葉を結んだ平多紀理。ペットボトルを持つ手がかすかに震えていたのが印象的であった。
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