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931 獣王武闘会本戦 準々決勝第四試合 ご指名
しおりを挟む背後から肉迫する気配!
はっとした戦斧遣いの男人魚は、振り向きざまに横薙ぎを放つ。
轟っと風斬り音が鳴り、戦斧の刃が走った。
が、その刃は虚しく空を切る。
直後のこと、眼前に何かが飛んできたとおもった次の瞬間には、男人魚の視界は天地が逆転していた。蛾舎泰造に殴り倒されたと気がつき、すぐに立ち上がろうとするも手足が言うことをきかない。
その拳打は準々決勝第二試合にて、獅子王・千石京志郎がトラ狂女の英円を下した時に放った攻撃と、まったく同じ箇所を打ち抜いていた。
獣化による牙の攻撃と高速移動、からの人化による拳での攻撃……。
一瞬の出来事であった。わずかに動きを止めることもなく、すべてが滑らかに進行し、チカラと得た加速を失うことなく上乗せして、すべてを拳に集約して放つ。それも強者相手に狙ったところに行う。
倒された男人魚、自分を静かに見下ろしている相手の眼を見たところで、「まいった」と潔く負けを認めた。
かくして準々決勝第三試合は、ロストブラッドの勝利となった。
◇
準々決勝第四試合は五鬼とチーム尾白探偵事務所との対戦にて、いよいよおれたちの出番となったわけだが……。
「私と戦え、二代目蒼雷・洲本芽衣!」
闘技場入りをするなり、敵将の乾班目がビシっとタヌキ娘を指差し名指しする。
どうやら元緑鬼副長殿は、和歌山は南部での敗北を根に持っており、リベンジマッチをご所望のようだ。
大会前のセレモニーやら対戦組み合わせ抽選会などのときに、やたらとにらんでくると思ったら、ずっと機会を伺っていたようだ。
「どうする?」
「べつにいいよ。わたしは誰の挑戦でも受ける」
おれが尋ねたら、芽衣は慎ましやかな己の胸をポンっと叩きながら、あっさり了承した。
チームメンバーらにも異存はない。
となれば、問題になるのは、この試合の対戦形式ということになるのだけれども、ここで主催者側が粋なはからいをした。
『ふむふむ、なにやら因縁浅からぬご様子……。わかりました、それではこの試合は勝ち抜け戦として、乾班目と洲本芽衣の両名は、先鋒を担ってください』
とのアナウンスが流れる。
「はて、ふつうこういうのって、一番最後にとっておくものじゃあないのかしらん?」
おれが首をかしげていたら、トラ美に「美味しい物や好きな物はあとで……、とかは人間寄りの考え方だな。餓えた獣ならば、真っ先に食らいつくもんだよ」と言った。
なにせ獣王武闘会は、ケモノたちの、ケモノたちによる、ケモノたちのためだけの武の祭典である。今大会に限っては、いろんなゲストが参戦しているものの、基本的スタンスは変わらない。よって、いきなりクライマックスもまたしかり。
かくして先鋒戦は芽衣と乾班目の対戦と決まった。
「一度勝ってるからって油断するなよ、芽衣。あの野郎、黒鬼になりかけみたいだし、前とは別物とおもったほうがいい」
おれは忠告する。
白黒赤青黄緑、六つの種族からなる鬼たち。
うち白鬼は永遠不滅の絶対女王である七宝院白瑠璃、ただ一人きり。
黒鬼もまた当代には一人のみとなっている。ただし、黒鬼は産まれるのではなくて、すべての鬼の中から適合者が成るもの。ゆえに世代交代のときには、ほんの一時的にだが、先代と次代の黒鬼が揃うことがある。
それが現状、錫城と乾班目のように――。
「わかってるって、四伯おじさん。でも前とちがうのはこっちも同じ」
タヌキ娘が頼もしい。
数多の試練、修行、強敵たちとの死闘を経てきたことに裏打ちされた自信をにじませる。
「でも、たぶんアイツだけで手一杯になるとおもうから、あとのことは頼んだよ」
チームメイトたちと目を合わせながら、芽衣が殊勝な言葉を口にすれば、みながこくんとうなづいた。
「しっかり気張れよ」
「遠慮はいらねえ、ぶっ飛ばしてこい」
「あとのことはお任せ下さい」
トラ美、タエちゃん、零号らの声援を受けて、芽衣はひとり闘技場中央へと向かった。
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