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932 獣王武闘会本戦 準々決勝第四試合 タヌキと緑鬼の元副長
しおりを挟む緑鬼の元副長である乾班目は、銀縁メガネとブランド物のおしゃれなスーツがよく似合う、クール系のイケメンだ。
かつてはやる気ゼロなダメ上司である緑鬼の長の朱鷺草翠玉に代わって、一族を束ね世界中の王族やセレブたち御用達である朱鷺草ジュエリーを切り盛りしていた有能な番頭であった。
だがしかし、本心ではずっと鬼族における男たちの惨めな境遇に不満を抱いており、ついには反旗を翻した。
その野望成就のために活路を求めたのが、芝生綾の中に眠る特別なチカラであった。すべての動物を使役し自在に操れる能力、これを我が物とし、白の女王の支配から脱却するを目指す。
けれども、そんな男の野望は第一歩目で頓挫した。
芝生綾をまんまと拉致するところまでは成功したというのに、その折に余計なオマケまで連れ去ってしまい、これが発端となって計画は瓦解していく。
その余計なオマケというのが、誰あろうタヌキ娘こと洲本芽衣であった。
乾班目と洲本芽衣の対戦成績――。
初戦は乾が保有する「緑炎の瞳術」にて、身動きを止められた芽衣が一方的にボコボコにされた。
ちなみに乾班目の瞳術・緑炎は、一時的にだが相手の肉体の自由を奪う。魅了効果もあり。ただし、効果は相手の精神力にかなり左右されるというもの。そして形態変化を遂げれば、それに比例して瞳術のチカラも格段に増す。これを持って芝生綾を意のままに操る、もしくは自分に惚れさせて、利用する腹積もりであった。
続く再戦では、乾は第二形態となるも、瞳術を破った芽衣の怒涛の反撃によって、乾が膝を屈することになった。
なお、そのときに芽衣が放った奥義は「狸是螺舞流武闘術、突の型、釣り鐘砕き」の連打からの「破の型、さざ波」に続いて「破の型、影揚羽」、そしてトドメに「終の型、唯我独尊」によるタヌキの悶々パワー全開の渾身の一撃を見舞う。
これにはさしもの強靭かつ再生力を誇る鬼の肉体強度も追いつかず、累積するダメージに押し切られる形で、敗北を喫することになった。
とどのつまり、因縁のふたりの現在の対戦成績は、一勝一敗のイーブンということである。
闘技場中央にてにらみ合う両者。
乾班目がちんくしゃなタヌキ娘を見下ろしながら傲然と言い放つ。
「私が私でいられるうちに、決着をつけてやる!」
反旗を翻した罪により、乾班目は緑鬼の副長の座を下ろされ、次代の黒鬼となることを定められた。
そして黒鬼は白の女王の守護にして、右腕となる側近、身のまわりの世話もする忠実なる番犬である。
絶対女王の支配から抜け出すことを誰よりも熱望したというのに、逆により深く絡めとられて、服従を強いられる。
人一倍プライドの高い乾にとっては、これ以上ない屈辱であり、罰であった。
『それを知ってこその処置であり、だからこそ黒鬼たる資格がある』
とは、現黒鬼である錫城の言葉である。
黒鬼は産まれるのではなくて成る者、そして成ろうとして成れる者でもない。
牡型の鬼として産まれたことに甘んじることなく、なおも屈せず足掻く。不屈の魂こそが、必要となる。怒り、絶望、嫌悪、渇望などが強ければ強いほどに、黒へと転換したとき、それは白の女王にとっては有益なチカラとなる。
黒鬼に成るということは、これまでの自分ではいられないということ。
思考が上書きされる。肉体も黒鬼の物へと変わる。まるで氷が溶けるかのようにして、自我は薄れていく。そうして魂が牢獄に囚われる。
そうなれば今、抱いている怒りも憎しみも、屈辱も忘れてしまうだろう。
だからこその「私が私でいられるうちに」という発言なのであった。
自分が自分ではいられなくなる。
なんて恐ろしい罰であろうか。
でもそれはもう逃れようがない。
だからこそ乾は真っ直ぐに芽衣へと感情をぶつけてきた。
自分が忘れるのであれば、相手に刻みつければいいと考えて。
そんな手前勝手なエゴを、芽衣は正面から受け止め、逆に言い放つ。
「お気の毒さま。でも自業自得でしょ? それにちょうど良かったよ。錫城さんとはいずれリベンジマッチをと考えていたんだ。悪いけど、あんたにはその踏み台になってもらうから」
タヌキ娘のこの発言に、乾は激昂!
スーツの上着を脱ぎ捨て、眼鏡をもとって、双眸がぎょろり。
かつては両目に宿っていた淡い緑の光……、それがいまでは右目のみになっており、左目の方は白眼の部分までもが真っ黒となっている。
怒りの形相にて、「はぁあぁぁぁぁぁっ」
乾班目が形態変化を開始し、みるみるカラダが大きくなってゆく。
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