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月芝

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009 釣り

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「うひゃひゃひゃひゃ」

 幻想的な霧けむる湖畔。
 静かな水面に響くのは乙女の嬌声。
 えっ、誰の声かって?
 わたしだよ。ポポの里の可憐な花一輪、チヨコだよ。
 いやはや、しかし笑いが止まらないねえ。
 予想したとおり。ここの魚はちっともスレてないから、ずっと入れ喰い状態。
 おかげでわたしの竿がちっとも休めやしないよ。
 すぐに魚籠がパンパンになってしまいそう。こんなことなら大きな背負いカゴでも持ってくればよかった。
 ちなみにここがどこで、なぜわたしが釣りに勤しんでいるのかというと、時を少しばかりさかのぼる。

  ◇

 今朝、父母妹と朝食を摂っていたら、ふいに「新鮮な魚が食べてえ」と思った。
 なんの脈絡もない。
 ただカラダが欲したのである。
 串に通し、岩塩をふった魚を炭火でじっくり。パリッと焼けた皮、じわっとにじみでる旨味成分、ぷりぷりの白身……。そいつをガブっとはふはふ。
 なんぞという心の声が、自然とわたしの口からだだ漏れ。
 すると家族がそろってゴクリ。

「そういえば、ここのところ干物ばかりだったわねえ」と母アヤメ。
「養殖池のは、いまの時期まだ小ぶりだから」とは父タケヒコ。
「カノン、おいしいお魚が食べたいなぁ」

 愛妹がちょっと悲しそうにぽつり。
 わたしは即断した。「よし、お姉ちゃんにドンとまかしとき!」

 思い立ったら即行動。
 わたしは釣り道具一式を手に、勇者のつるぎに乗る。
 ギューンとブイブイひとっ飛び。
 向かった先は、ポポの里の北東部。
 深い森を抜けると見えてくるのが、トンガリ帽子のような形をした山三つ。
 これに囲まれるようにしてあるのが、ソラ湖。
 近隣では一番大きな湖。深さはわからないけども、かなりの深淵とのウワサ。
 里から湖までの道程は、けっして楽なものでない。
 けっこうな難所続きにて、大人の足でも四苦八苦で数日がかり。
 ミヤビがいないと自力来訪はムリ。
 でもそんな場所だからこそ、人があまり立ち入らない絶好の釣り場だろうと、わたしは考えた。 

  ◇

 わたしがにらんだ通り、釣果は上々。
 満足したので、そろそろ引き上げようと準備をしていたら、聞こえてきたのは「おいてけえ、おいてけえ」というナゾのしゃがれ声。
 山奥ではときおりふしぎなことが起こるもの。
 だからムシして帰り支度を整えていると、声がしつように続く。
 あんまりにもしつこいから、わたしも根負け。

「金ならないぞ。あと乳もない。だから他を当たれ」

 するとザワザワ揺れだす湖面。
 心なしか周囲の空気すらもが、ビリビリ震えているような。
 いかにも大物が登場するぜい。という雰囲気にて身構えていたら、案の定、ソラ湖の底からぬらりと姿を見せたのは、超デカいカメ。
 里で唯一の二階建て建築である里長の自宅兼役場よりも、ずっと大きい。苔むした甲羅の中からにょきっとのびた首だけで、うちの里では一番背が高い教会の鐘楼ほどもある。
 あまりの巨体に、わたしあんぐり。
 固まって見上げていたら、デカいカメがあきれた調子にて言った。

「バカタレ。ワシがおいていけといったのは、魚籠の中にいる子持ちの魚のことじゃ」

 デカいカメの主張はこうだ。
 お腹にタマゴを抱えるメスを乱獲されると、湖の生態系がおかしくなる。
 それにこれから出産という難事に挑もうとする生命に、敬意と慈悲を示せ。
 もっともなご意見である。
 わたしは素直に従い、子持ちの三匹を放流。
 放たれた三匹は、ゆるゆる湖の底へと消えていく。
 それを見送りながら「オスはいいの?」とたずねたら、カメは「かめへん」とにやり。

 ……どうしよう。
 ここはウソでも愛想笑いのひとつでも浮かべるべきか。それが大人の対応なのかしらん。
 わたしが苦慮していると、ミヤビが「しけたおっさんの酔漢どもといい勝負ですわ」とバッサリ。
 さすがは勇者のつるぎ、カメの戯れ言なんぞ一刀両断。
 場の空気を読むことなく斬り伏せてしまうとは、おそるべき切れ味。
 あまりにも切れすぎて、わたしはちょっといたたまれない。


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